幼児教育無償化は待機児童対策を遅らせる?増え続ける保育予算の解決策とは

保育園

2018年春も都心部の保活は激戦だった。自治体も保育園を増設し、対策を進めるが、厚生労働省が4月11日に発表した2017年10月時点の待機児童数は全国に5万5433人。前年同時期より7695人多く、3年連続で増加傾向にある。

待機児童対策を進める自治体にとってその財源をどう捻出するかは悩みどころだが、さらに財源問題に追い打ちをかけると懸念されるのが、政府の幼児教育無償化政策だ。

政府は2017年12月、2019年10月に予定する消費税増税による増収分の使い道を変更し、幼児教育の無償化などを柱とする2兆円規模の経済政策パッケージを決定。2020年度から、認可保育園や幼稚園に加え、保育の質が保たれている認可外保育園も無償化の対象とする方針を固めている。

一方、待機児童対策に追われる地方自治体からは財政的な面から「無償化」に反対する声も聞こえる。

Business Insider Japanでは、東京都で最も就学前人口の多い世田谷区の保坂展人区長、保護者の立場として政府に待機児童問題の解消を訴えてきた「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」代表の天野妙さん、幼児教育が専門の日本総合研究所調査部主任研究員、池本美香さんの3人で幼児教育無償化が自治体に与える影響や現状について話し合った。

増加し続ける保育関連予算

幼児教育無償化座談会

左から順に、池本美香・日本総合研究所調査部主任研究員、保坂展人・世田谷区長、天野妙・「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」代表

Business Insider Japan(以下、BI):まず世田谷区の現状について教えてください。

保坂展人(以下、保坂):世田谷区の2018年度の予算が一般会計で約3000億円、特別会計まで含めると約4800億円。そのうち、保育園の整備及び運営に関わる予算は約490億円かかっている。

近年保育ニーズの急増に伴い、予算はどんどん増えている。ただそれでも、国や東京都が特定財源として自治体に援助をしてくれたおかげで、まだ対応できている。

けれど、自治体が負担しているのは保育園だけではなく、学校教育もあり、子ども向け予算は約870億円にも達する。他にも道路が痛んだら舗装しなきゃいけないし、公園の整備もある。

幼児教育が無償化したときにいくら自治体の負担額が増えるのか現時点では分からない、世田谷区では現状区立保育園が50園あって、無償化分を全額世田谷区で負担する可能性が高いと思っている。それで計算すると、20億円ぐらい負担が増えることになる。

保育所の公費負担(現状)とは:私立は国が2分の1、都道府県と市町村が4分の1ずつを負担。公立は市町村が全額負担。

保育関連経費

入園申し込みが急上昇した結果、平成29年度には予算が大きく膨らんだ。

出典:世田谷区

世田谷区としてはすでに3つも打撃を受けている。

1つがふるさと納税によって、約40億円分の税収が区外に納められ、税収が減っている。

もう1つが、地方消費税の算定方式の変更。これで約30億円がなくなった。最後に法人税の一部国有化で約30億円がなくなった。本来あるべきはずの税収が約100億円なくなっている。

これに幼児教育の無償化が加われば、さらに保育園を作る余裕がなくなる。

財政負担の「見える化」

BI:天野さんは親の立場で保育園を作ってほしいと運動してきましたが、その時に自治体の財政を意識したことはありますか?

天野妙(以下、天野):最初はやっぱり、個人的なことが気になりました。入れなかったらどうしようとか、収入が減ってしまうとか。それで、自治体に「保育園を作ってください」とお願いを申し出たのですが、武蔵野市が「やります」と言っている割にブレーキを踏んでいるのでは?と感じることがありました。調べていくと、やっぱり財政負担が大きいと。一方で、海外を見ると、子育て予算の割合が高い。自治体の財政負担が大きく、国の負担や企業の負担が足りないのではないかと思い始めました。

天野妙

2017年2月から待機児童解消を願い国に予算アップを要求するキャンペーンを行ってきた天野妙さん。

BI:池本さんは海外の事情にも詳しいですが、待機児童問題を考えるときに、どうしても財政の壁がある。海外ではどうやってこの壁を越えているんですか?

池本美香(以下、池本):まず海外では、どれだけ公費がかかっているかを親に伝えていることを感じます。世田谷区も以前区報で公表していましたが、0歳児に月何十万円もかかっていると知り、「そんなに税金が使われているんだ」とびっくりしました。それを知れば、0歳児保育より育児休業を増やしてはどうかとか、保育予算の使い方についていろいろ考えると思うんですが、その数字が日本ではあまり知らされていない。

韓国では、幼児教育無償化にあたって、「あなたが保育園を使うことで国から◯円補助が出ました」と、国が親に毎月知らせるようになりました。

そうやって親が公費がどれだけ投入されているかを知ると、保育士にも「そんなにもらってるんだったらちゃんとやってください」と目を向ける。その意識がないと、お任せになってしまう。それを防ぐために、いくら税金がかかっているかを見せている。

児童一人あたり経費

平成27年度の認可保育園における児童1人あたりの経費は月額平均約15.4万円かかっており、保護者が負担している保育料の平均月額は約2.4万円で、負担割合は約15.7%にとどまる。

出典:世田谷区

天野:私は介護もしていて、週5回デイサービスにお世話になっています。介護の場合、年に1回自己負担額がいくら、公費がいくら、介護保険がいくらと、1年間の費用が一覧で送られてくるのです。それを見たら、「公共サービスにめちゃくちゃお世話になっている!」と自覚が芽生えました。保育の場合、「あなたの階層の負担額はいくらです」という通知は来ますが、公費がいくら使われているかはあまり「見える化」されていない気がします。

評価や効率化を進めた後に無償化すべき

BI:天野さんたちは政府に対して申し入れをしていますが、幼児教育無償化の何が問題だと思っていますか?

天野:まず、幼児教育無償化よりも先に待機児童問題の解消が先だろう、と思います。無償化はすでに入れている人に恩恵を与えて、入れていない人に恩恵を与えないのはおかしいのではないかと。あと保育料は応能負担になっているのに、無償化したら高所得者の方が恩恵を受ける。

幼児教育無償化とは:0〜2歳児の保育は住民税非課税世帯を対象に無償化、3〜5歳の認可保育園、幼稚園、認定こども園は所得を問わず無償化する。認可外施設は対象を検討中。2019年4月から一部先行実施し、2020年4月に全面実施予定。

BI:池本さんはどう思いますか?

池本:ほぼ同じ意見。さらに質の悪い保育園にお金が流れるという問題もある。海外だと全ての保育園の質を国が定期的に評価して、その結果を公表し、保護者に選んでもらう。そして選ばれた保育園にお金が入る仕組みになっている。無償化の前提として、きちんとした評価制度があるべきだと思います。

日本は国が定めた設置基準(施設の面積・職員数・設備・衛生管理など)をクリアすれば補助がつくが、基準を満たした認可園でも給食が減らされていた園があったりする。どういう園に公費を投じるのか、保育の質をチェックし公表する制度を入れてから無償化しないと、税金を払う立場として納得できない。

もう一つ海外と比べておかしいと思うのは、海外は効率化を進めて無駄のない制度にしてから、予算をつけている。ニュージーランドの無償化は、ばらばらだった幼稚園と保育所の所管省庁を教育省で一元化して、指針や補助制度を統一し、行政事務の無駄をなくしてから導入された。

日本は厚生労働省、文部科学省、内閣府で(保育園・幼稚園・認定こども園の)所轄がバラバラになっていてそこに手をつけていない。そのほか都道府県と市町村の両方が同じ園を監査する仕組みだったり、保育のICT化も進んでいないなど事務が効率化されていない。

例えばニュージーランドで保育園を選ぶときは、ウェブの地図で近隣の保育園を探すことができ、その園の評価制度もそこで読める。 親からしても、シンプルで情報を得やすい。日本は制度が複雑すぎて情報を探すだけでも大変です。

池本美香

政府、地方自治体の有識者会議の一員として制度設計にも携わる日本総研の池本美香さん。

天野:監査の話も、大半が事前に通告するので、保育施設の方も体制を整えて出迎える。(監査のない)364日は放ったらかしでどうなっているか分からない。監査の体制も年1回ではなく、無許可を含めて抜き打ちで実態を調査すべきではないか。

池本:親たちの意見をどう反映させるかも大事です。海外では、親の意向を園運営に反映させるための委員会の設置を、全園に義務化する国もあります。日本で企業主導型保育園が新しく始まったので、「監査をきちんとやるべき」と事業を担う児童育成協会に言ったら、2018年3月に2017年度上半期の監査結果が、園ごとにどのような指摘があったか、HPで公表しました。保護者からすると「この保育園はどういう指摘を受けているのか」を確認することができる。そうすれば質の確保ができるし、事業者側にはかなりのプレッシャーになる。

企業主導型保育園とは:企業が従業員の働き方に応じた柔軟な保育サービスを提供するために自社内もしくは地域の企業が共同で設置する保育施設。認可並みの補助がつくため、整備が進んでいる。

子どもの立場に立った制度設計

保坂:世田谷区では2018年3月までの1年間で約7000人の子どもが生まれた。今後、保育園や幼稚園通う子どもはますます増えていく。今はまだ定員拡大ラッシュが続いていて、自治体だけでなく、企業などいろいろな業種が保育事業に参入しているが、増えれば増えるほど質が低下する恐れもある。

保坂展人

自治体だけではなく、企業も社会的一員として保育環境の改善にコミットすべきだと訴える保坂展人世田谷区長。

今あるものに対して、無償化の予算を充てていくと、質のバラツキは避けられない。本来はプレスクールのような形で、幼児教育のプログラムを統一していくべきだ。

保育園を利用するのは子ども。子どもの立場に立って、単に就学前教育を詰め込むだけではなく、遊ぶ場をきちんと用意するとか、ちゃんと子どもたちが育っていく場所を作ることは、未来に対する確実な投資になり、リターンがある。

原点に立ち戻って、子どもが育つ環境をどう整備していくべきか、きちんと考えていくべきだと思う。


保坂展人(ほさか・のぶと):世田谷区長。ジャーナリスト、衆議院議員を経て、2011年から現職。

天野妙(あまの・たえ):「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」代表。#保育園に入りたいキャンペーン発起人。国会や政府の検討会で待機児童問題の解決を訴えてきた。

池本美香(いけもと・みか):日本総合研究所調査部主任研究員。専門は子ども・女性政策、社会保障。内閣府規制改革推進会議保育・雇用ワーキンググループ専門委員など、政府・地方自治体の有識者会議委員も務める。

(聞き手・浜田敬子、構成・室橋祐貴、写真・今村拓馬)

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