浅草の創業110年の料理道具屋「釜浅商店」がフランスで愛されるわけ

料理道具や食器の店が立ち並ぶ東京・かっぱ橋。この通りの一角で、包丁やかまを売っている釜浅商店が5月、フランスのパリに店を開く。この数年、「包丁を買いたい」と店を訪れるフランス人が増えているという。

店主の熊澤大介さん(44)に話を聞いてみると、5年ほど前から少しずつ準備を進め、進出を決めたという。

釜浅商店の包丁

釜浅商店の包丁は、欧米からの来店客にも人気だ。

地下鉄銀座線の田原町駅から道具街を歩いていくと、大きな黒いのれんを下げた白い店が目に入る。明治41年(1908年)に創業した釜浅商店は、今年で110年になる老舗の料理道具屋だ。

この店では、欧米からの客が包丁を並べて、実際に手に取りながら真剣に選んでいる風景は珍しくない。

フランス語で接客をしている蛭田恵実さん(45)は「口コミで、フランスからいらっしゃる方が多い印象があります。料理人の方からは、日本に来るなら釜浅で包丁を買いたかった、という話も聞きます」と話す。

静かにさびしくなっていったかっぱ橋

熊澤大介さん

店の前に立つ、釜浅商店4代目店主の熊澤大介さん

4代目の熊澤さんが子どものころを振り返ると、かっぱ橋の道具街は、にぎやかな通りだった。しかし、バブル崩壊をきっかけに、街の様子は少しずつ変わりはじめる。

「飲食店がお客さんだから、飲食業界の景気が悪くなれば、直接影響が出ます。バブルのころから、静かに、さびしくなってきた」と、熊澤さんは話す。

それまで、飲食店を開こうと思う人は、まずはかっぱ橋に足を運んで道具をそろえていたが、流通の仕組みも変化した。郊外のホームセンターでも必要な機材がそろうようになり、次第に、インターネットでも安く買えるようになった。

父で3代目の店主だった義文さんには「25歳までは好きなことをやれ。でも25歳になったら帰ってこい」と言われていた。

熊澤さんは学生のころから、休みになると接客をしたり、配達をしたりと家業を手伝ってはいたが、本人の興味は料理道具よりも洋服に向かっていた。学校は、ファッションの専門学校に進んだ。

専門学校を卒業してから4年ほど、中目黒や恵比寿のアンティーク家具屋で働いた。

親の言葉が刷り込まれていたのかどうかはわからないが、熊澤さんは25歳で釜浅商店に戻った。

「強要されたわけではないんですが、実家の仕事は、いろんなことに広げていける仕事だなと思うようになってきた」

迷ったら「良理道具」の視点で

釜浅商店の店内

釜浅商店の店内。観光シーズンには、欧米からの来店客でにぎわう。

30歳で社長になったが、「まったく同じ商売を続けていたら、いずれもたない」と常に危機感があった。

7年前、さまざまな企業や店舗のブランディングを手がけるエイトブランディングデザインに依頼して、店のブランドとコンセプトを見直した。

古くからプロの料理人向けの商売を続けている店が多いかっぱ橋では、「ブランディング」や「コンセプト」といった、カタカナ言葉とは縁が遠そうだが、熊澤さんは、店の核となる考え方は何かを考え抜いた。

試行錯誤の末、コンセプトは「良理道具」に決まった。

釜浅商店で扱っている鉄のフライパンや包丁は、手入れをしながら5年、10年と使い込んでいくうちに、使う人になじみ、良い道具に育っていく。良理道具という言葉には、「長い間、使われている良い道具には、ちゃんと理由がある」という思いを込めた。

新しいデザインの店は、かっぱ橋では目立つ存在になったが、それ以上に、店を支える考え方が定まったことが大きかったと、熊澤さんは考えている。

2つの商品のうち、どちらを仕入れるのか迷ったときは、どちらがより「良理道具」に近いかに立ち返れば、おのずから答えは見えてくる。長く使ってもらうため、包丁の研ぎ方や、道具の手入れを伝えるワークショップも開いている。

そのころ、かっぱ橋の人の流れも変化をはじめていた。これまでのような料理人だけでなく、さまざまな人が街を訪れるようになった。欧米からの観光客を中心に、外国人も増えてきた。

待ち構えてないで、踏み出さないと

蛭田恵美さん

パリ店の責任者になる蛭田恵実さん(中央)。

5年ほど前から、フランス語で接客ができる人材の採用を始め、パリで、短期間店を出す取り組みを始めた。

熊澤さんは「かっぱ橋では、分からないやつは買ってくれなくていい、という下町気質も根強いのですが、良い道具は、より多くの人に使ってもらいたい。そのためには、かっぱ橋で待ち構えていないで、踏み出さないと」と考えている。

2014年から5度、パリのギャラリーなどに短期間の出店をした結果、手応えも得た。この2、3年は、フランスから炭火焼きに使う焼台や七輪、備長炭の注文も増えてきた。

2018年5月18日、パリのサンジェルマン・デ・プレに小さな店を開き、和包丁、洋包丁、炭、南部鉄器などを販売する。

蛭田さんは、パリ店の責任者としてフランスに赴任する。

「フランスでは食への思い、意識がすごく高い。素材にも道具にもこだわる文化があるから、きっと受け入れてもらえます」

(文・小島寛明、写真・小田垣吉則)

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