ソニーが「宇宙」に参入する理由、ビジネスチャンスとしての“人工衛星向け光通信技術”の全貌

国際宇宙ステーションの写真

Shutterstock

ソニーは人工衛星向けの光通信システムの実証実験を今年後半から開始する。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)とJAXAとの共同研究の上で、2018年後半に国際宇宙ステーション(ISS)を使用し、高度約400kmの宇宙と地上とで通信を行うというものだ。

人工衛星の「光通信」がいま、ビジネスになり得る理由

日本実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォーム

JAXA

人工衛星の通信は、現在は電波で行う方式が一般的だ。

衛星通信向けの周波数帯域は常に取り合いで、「ITU(国際電気通信連合)が定める国際的な周波数調整の割当を遵守する」「衛星打ち上げの2~7年前までに衛星の軌道や技術情報をITUに提出する」など規制も厳しい。一方で、通信衛星や地球観測衛星では、データが大容量になり高速通信ができる帯域の需要は増すばかりだ。

そこで期待されているのが光通信。ここに、ソニーが参入する。

ソニーはこれまで、宇宙分野には積極的には関わってこなかった。宇宙開発に詳しい人なら、2003年に打ち上げられたJAXAの小惑星探査機「はやぶさ」に搭載された小型ローバー「ミネルバ」のカメラに、ソニー製のUSBカメラが使われたことを知っているかもしれない。しかし、これは探査機の開発チームが独自に宇宙環境での試験をして採用したものだった。

また、2007年に打ち上げられた月周回衛星「かぐや」にも、ハイビジョンカメラの開発で参加しているが、開発取りまとめは他の企業が行い、ソニーは画像圧縮技術を提供するという限定的な関わりにとどまっている。

低軌道衛星向けに光通信技術を開発しているMynaric社による、宇宙光通信のイメージ。

低軌道衛星向けに光通信技術を開発しているMynaric社による、宇宙光通信のイメージ。

Mynaric

今回、JAXAと共同研究の上で小型衛星向けの光通信モジュールを開発することで、ソニーは人工衛星搭載機器の分野に参入するとみられる。

これには、人工衛星関連の宇宙ビジネスを取り巻くマーケットの変化が関係していると思われる。理由の1つは、以前の記事で紹介した、多数の小型衛星による「通信衛星網(メガコンステレーション)」だ。

関連記事:イーロン・マスクが挑み、ソフトバンクも出資する「巨大ネット衛星通信網」計画とは?

SpaceXの計画をはじめ数社が計画しており、総衛星数は1万8000機以上になると試算されている。衛星製造の市場が大きくなることで、これまでは「一点物」で開発費ばかりが膨らみがちだった搭載機器にもビジネスチャンスが生まれる。

ソニーの光通信モジュール開発は、JAXAが推進する「太陽系フロンティア開拓による人類の生存圏・活動領域拡大に向けたオープンイノベーションハブ」の共同研究からスタートしている。

JAXAのプレスリリース

JAXAが2015年に公開した「太陽系フロンティア開拓による人類の生存圏・活動領域拡大に向けた オープンイノベーションハブ」に関するプレスリリース。

この共同研究の枠組みは、小惑星探査機「はやぶさ2」初代プロジェクトマネージャーで現JAXA 宇宙科学研究所所長の國中均教授のリードで始まったものだ。研究の大きな目標は、地上の民生機器で培われた技術を、宇宙探査の世界と共通化すること。これまで宇宙に積極的に関わっていなかった企業を呼び込むこと、と言い換えてもよいかもしれない。

光ディスクのレーザー光学技術、集積工学系技術、制御技術を持つソニーは、この宇宙探査イノベーションハブ事業に、JAXAから提案された「課題を解決する」という形で参入している。國中教授はハブ事業の中で多数の企業や大学と対話を行ったと述べている。熱心な働きかけの上で、メガコンステレーションというビジネスチャンスもあったことからソニーが応じた、という形ではないだろうか。

衛星搭載光通信モジュールの研究開発は、国内では情報通信研究機構(NICT)が超小型衛星向けの「SOTA」と呼ばれる機器を開発し、NECが参加している。NECは日本初の人工衛星「おおすみ」開発以来のJAXAの長年のパートナーだが、新たな企業の参入を促すという宇宙探査イノベーションハブ事業の枠組みからすると、別トラックを走っているといえる。また、欧州ではドイツに本拠を置くMynaric社が欧州宇宙機関と共に開発を進めている。

ソニーが参入する光通信は、宇宙産業のキーとなる技術になりえる

光通信方式は、通信システムが小型・軽量化しやすい上に、高速・大容量で通信できる。何より、電波のような厳しい規制の影響を受けない。将来は電波よりも有望な手段とみられており、JAXAが2019年に打ち上げる技術試験衛星9号機でも、伝送速度10Gbps級の通信技術を目指し、衛星と地上の間で光通信実証を行う予定だ。

衛星光通信の需要は、JAXAの技術試験衛星のように重量が数トンもある大型の衛星で求められているだけではない。イーロン・マスクCEO率いるSpaceXが2019年から4425機、将来的には1万2000機の小型衛星を打ち上げて構築する衛星通信網「スターリンク」や、ソフトバンクが出資する800機以上の小型衛星による通信網OneWebなど、「メガコンステレーション」と呼ばれる多数の小型衛星通信網でも大容量通信システムが必要だ。衛星と地上を結ぶだけでなく、衛星同士で高速に通信を中継するためにも必要となる。

ソニーが将来的に狙う「本丸」は、こうした地球低軌道(高度2000キロメートルまでの軌道)を周回する小型衛星向けの光衛星間通信システムだ。

SpaceXのLEO衛星(=地球低軌道、高度100~2000km程度までの軌道の衛星)VLEO衛星(335.9~345.6kmの超低高度衛星)。

SpaceXのLEO衛星(=地球低軌道、高度100~2000km程度までの軌道の衛星)VLEO衛星(335.9~345.6kmの超低高度衛星)。

FCC提出資料『SPACEX V-BAND NON-GEOSTATIONARY SATELLITE SYSTEM ATTACHMENT A』

小型衛星では、サイズが小さいため、搭載できる機器の大きさや重量に制限がある。小型軽量で、しかも電力効率が良く、高速なデータ伝送速度が実現できるという要素を満たすものが、光衛星間通信システムというわけだ。

2017年にソニーが発表した論文では、高速で周回する衛星と、地上局との間で安定した通信を続けられることを目指している。安定したデータレートを維持しながら最大で4500キロメートルの距離を結ぶという。光通信のキー技術となるのは、秒速7km以上と高速で移動する人工衛星間で、極細のレーザー光を正確に捕捉、追尾することだ。

ソニーは小型光学系を用いた精密ポインティング・トラッキング方法を開発し、10マイクロラジアン(1ラジアン:およそ57.3度の10万分の1)のポインティング精度を実験的に検証しているという。 光通信モジュールの重量は約1.5キログラム程度に抑える。

ソニーCSLへの取材では、光通信モジュールの宇宙実証は「2018度後半からの開始を目指して開発を進めています。(通信距離は)1000キロメートル以上を想定しています」という。

また最終的な目標は「衛星間通信を目指しています。実証試験を早期に行うため、衛星-地上間をISSを利用して技術実証をまず行います」と説明している。

(文・秋山文野)


秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい