「今のままの自分でいいのか」「本当にやりたいことが分からない」……。その悩みは日本人の若者ではなく、アメリカの若者たちにも共通している。それはスタンフォード大学のような世界から優秀な人材が集まる大学でも同じだという。
スタンフォード大学でデザインプログラムを教えるビル・バーネットさんは、学生向けの講座をもとに、人生に行き詰まりを感じる人たちに向けて『LIFE DESIGN スタンフォード式最高の人生設計』を執筆した。彼がここで説く「ライフデザイン」とは何か? 日本で変革コンサルティングを手がけるチェンジウェーブ代表の佐々木裕子さんが聞いた。
誰もが人生に行き詰まっている
撮影:今村拓馬
佐々木裕子さん(以下、佐々木):私自身9年ほど前、まさに行き詰まって自分の人生を見つめ直しました。そのときまで、マッキンゼーでコンサルタントをしていましたが、本当にこれが自分のやりたいことなのかと自問した結果、「変革デザイナー」として起業しました。ご著書を読むと、自分に当てはまるところが多く、「当時この本を読んでいれば」と思いました。バーネットさんは、なぜライフデザインを教えるようになったのでしょうか?
ビル・バーネットさん(以下、バーネット):私が教えているスタンフォード大学のデザイン・プログラムとは、デザイナーを生み出すことを目的として作られた、機械工学学科と美術学科の両部門にまたがる学際的プログラムです。学生たちは、卒業後にアップルやグーグルなどから声がかかる優秀な人たちばかり。
世界から優秀な人材が集まると言われるスタンフォード大学でも、学生たちの間には「本当にやりたいことが分からない」という悩みは深い、という。
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それでも「何がやりたいのか分からない」「今の専攻でいいのか分からない」などと迷う人が本当に多かったのです。そこで、「行き詰まりを打開して新しいアイデアを生み出す」作業を普段から繰り返している、デザイナーの手法「デザイン思考」を応用し、人生をデザインするための「ライフデザイン」の講座を開いたところ大人気になりました。
佐々木:それにしても、名門スタンフォード大学の学生でさえ自分の人生や将来について悩んでいるのには驚きました。
バーネット:年齢や職業、地位にも関係なく、誰もが同じような悩みを抱えています。今は学生だけでなく、「ライフデザイン」を社会人にも教えています。ロンドン大学のリンダ・グラットン氏の著書『ライフ・シフト』を読んで、人生が100年時代になり、定年後も20年は働かなくてはいけないことはみんなわかった。でも今、何をしたらいいのか分からないというのです。
佐々木:社会人も悩んでいるのは、世の中の変化が速いことも影響しているのでしょうか?
バーネット:そう思います。今は産業も企業もすごいスピードで変化していて、仕事はかつてほど安定していません。会社も一生面倒を見てくれません。自分で自分の人生をデザインすることを余儀なくされています。
誰もが、行き詰まりを感じながらも何もしない
スタンフォード「ライフデザイン」講座はこれまでに2000人以上が受講し、人生の行き詰まりからの脱却を手助けしてきた。
撮影:今村拓馬
佐々木:変革デザイナーとして多くのビジネスパーソンに会うと、誰もが迷っていると実感します。その一方で、「何とかしよう」と行動を起こしている人は少ないとも感じています。どうしたら一歩を踏み出すことができるでしょうか?
バーネット:人間は心臓発作を起こした後で、初めてスポーツクラブに行き始めるのです(笑)。切羽詰まらないと何もしない。一歩を踏み出すのが難しいのは、「初めの一歩」で大きなことをやろうとするからです。普段まったく運動をしていない人が「マラソンのレースに出る」という目標を掲げてしまいます。それで失敗し、落ち込んで頑張る意欲をなくす。最初から大きな変化を目指すのではなく、「小さな一歩」を踏み出せばいいのです。
ライフデザインを身につけるための5つのマインドセット
1)好奇心(興味を持つ)
2)行動主義(やってみる)
3)視点の転換(問題を別の視点で捉え直す)
4)認識(人生はプロセスだと理解する)
5)過激なコラボレーション(助けを借りる)
バーネット氏の著書『LIFE DESIGN スタンフォード式 最高の人生設計』より。
「小さな一歩」を踏み出せる人は、仲間がいる
佐々木:小さな一歩を見つけるためには、どうしたらよいのでしょうか?
バーネット:まず「自分を知ること」です。自分が何に関心を持っているのか、自分の心の動きを観察する。そして、少しでも関心を持ったことを、やってみるのです。
次に勧めたいのは、「プロトタイプ・カンバセーション」です。デザイナーは何かを生み出すとき、たくさんのプロトタイプ(試作品)を作って、人に聞きます(カンバセーション=会話)。それと同じことをするのです。
この場合のプロトタイプは、モノではなく“概念的なもの”ですね。自分が関心のあることが浮かんだら、少しでも詳しい人を探して話を聞く。話を聞いているうちに、あなたが関心を持った対象が、イメージした通りのものかどうかが分かってきます。
佐々木:確かに行動を起こせる人には、周りに支えてくれる友達や家族がいるように思います。
バーネット:そうです。デザイナーもいつもチームで仕事をします。行き詰まったり壁に当たったりしたら、協力して解決します。FBのグループでも何でもいいんです。何かを始めたとき、1カ月に1回「できている?」と声をかけるだけで実行率が2倍に上がるというデータもあります。
「変えよう」と思う人、思わない人の違い
日本でも「何がしたいか分からない」人が多いと、佐々木さんは言う。
撮影:今村拓馬
佐々木:仲間の存在のほかに、一歩を踏み出せる人と行き詰まったままの人で違いはありますか?
バーネット:会うたびに「上司が気に入らない」「夫が気に入らない」と言うのに、何も行動を起こしていない人はいませんか? ある時点で、「この状態はおかしい」「これじゃまずい」と思えるかどうかが分かれ道です。「変えたい」と思うことが必要です。
以前、社会人向けにセミナーを行ったとき、著名な法律事務所で働く弁護士が参加していました。彼女は「お金もたくさんあるし、周りの誰もが完璧な仕事だという。でもこの仕事が嫌で仕方がない。私は私の人生が大嫌い」と言うんです。私は「何とかしたいと思わない?」と聞きましたが、彼女は「私にはどうにもできない」と答えました。「何とかしよう」という思いがあれば、時間はかかっても現状を変えることはできるのに、もったいないですね。
企業が、社員のライフデザインに関心を持つべき理由
佐々木:本当ですね。しかしその一方で、もし一人ひとりが自分の人生を追い求め始めたら、企業は困ったことになるのではないかと思います。
バーネット:経営トップの中には、社員のライフデザインに関心を持たない人もいます。「うちの社員が、『この会社で働きたくないかもしれない』ことに気付かせるために、このプログラムを学ぶ? 馬鹿な!」と言うわけです。でもこうした人たちは、社員が退職願いを持ってきて初めて「この社員は会社や仕事に不満があったのか」と気付くことになる。それまで、「ほかに行くところがない」という理由で会社にいただけかもしれません。そんな状態では、とても生産性を高めたり、創造力を発揮したりはできません。
社員のライフデザインに無関心であることは、一人ひとりの持つ大きな可能性や創造性を無駄にすることにつながるのです。すでに一部の企業の人材マネジメント担当者は、ライフデザインをプログラムとして取り入れ、どうしたら社員が仕事に意義を感じ、会社に深く関わるようになるかを知ろうとしています。
採用や人材育成にはコストがかかりますから、社員にはできるだけ定着してほしい。それに、働く人全ての創造性を高めないと、競争に負けてしまいます。
自分の人生のデザイナーは、あなた
佐々木:日本人がライフデザインを実践するにあたって、アドバイスをお願いします。
バーネット:1983年以来、日本に何度も来ていて感じるのは、日本社会はうまく構造化され、ルールに則って機能しているということです。それは一方で、ヒエラルキー(階層構造)があるという意味でもあります。ヒエラルキーの中ではある程度、「判断する力」を組織に委ねることになる。だからこそ日本では社会の調和が保たれる一方で、多くの人が、自分で自分の人生をデザインすることに慣れていないように思います。日本人にとっては、そこが一番の課題となるのではないでしょうか。
佐々木:著書でも「自分の人生のデザイナーは、あなた自身」と強調されていますね。
バーネット:その通りです。私たちは考え方やツールを提供するけれど、人生のデザインをするのは、あなた自身。自分を幸せにできるのは自分だけです。人生をデザインする力を身につければ最強です。世の中の変化に対応できる柔軟性が身について、どんなテクノロジーの進化も怖くなくなります。そして何より、人生が楽しくなるのです。
ビル・バーネット:スタンフォード大学デザイン・プログラムのエグゼクティブ・ディレクター、ライフデザイン・ラボの共同創設者。同大学にてプロダクトデザインの学士号と修士号を取得した後、企業で活躍し、アップル社のパワーブックやハズブロ社の『スター・ウォーズ』アクションフィギュアのデザインで賞を受賞。デザイン・コンサルタント会社のCEOも務める。
佐々木裕子(ささき・ひろこ):東京大学法学部卒業後、日本銀行を経て、マッキンゼーアンドカンパニー入社。シカゴオフィス勤務の後、同社アソシエイトパートナー。約8年間、金融、小売など数多くの企業の経営変革プロジェクトに従事。2009年チェンジウェーブを創立し、変革実現のサポートやリーダー育成などを担う。
(文・大井明子、撮影・今村拓馬)