東京工業大学情報理工学院で特任助教を務める、27歳のブラジル人がいる。ブロックチェーンをより強固にする技術の研究に取り組む、ベルナルド・ダヴィさんだ。
「いま進めている研究はデータを守るプロトコル(約束事)で、ブロックチェーン上で実行することで、非公開のスマート・コントラクトなどさまざまな応用を実現するものだ」と話す。
東京工業大で特任助教を務めるベルナルド・ダヴィさん。
ベルナルドさんに会ったのは、イスラエルのテルアビブだ。2018年4月29日から5月3日、暗号学者が集まる国際会議Eurocrypt 2018(ユーロクリプト)が開かれていた。
暗号技術は、安全な通信などサイバーセキュリティ技術の根幹でもある。イスラエルは世界最先端の暗号技術で知られ、世界中から400人近い暗号学者らが集まった会場は熱気を感じさせた。
ベルナルドさんがユーロクリプトに参加した目的は、研究員を務めている企業IOHK(Input Output Hong Kong)の研究成果の発表だ。
ブロックチェーン「カルダノ」を進化させる
2015年に設立されたIOHKは、ブロックチェーンのプラットフォーム「カルダノ」の開発に取り組む企業だ。仮想通貨の情報サイト「コインマーケットキャップ」によれば、カルダノ上で取引されている仮想通貨「ADA(エイダ)」は5月2日現在、日本円換算の時価総額が1兆円を超えており、仮想通貨全体で6番目の規模になっている。
IOHKの創業者チャールズ・ホスキンソンさん(30)は、有力な仮想通貨のひとつイーサリアムの創設者の一人としても知られる。同社は現在、暗号学など世界各地の大学教授や博士号保有者とともに技術開発を進めている。
2017年2月には、東工大情報理工学院とIOHKが、ブロックチェーン関連技術の研究のため「Input Output 暗号通貨共同研究講座」を立ち上げている。ベルナルドさんが東工大で所属しているのは、この研究グループだ。
いまでこそビットコインは一定の知名度を得たが、これまでは常に「あやしい」「詐欺だ」といった風評がつきまとっていた。1500種類以上が流通している仮想通貨の中には本当に「あやしい」ものがあるのも事実だ。
こうした風評に対して、IOHKは技術開発のプロセスで、研究グループが論文を発表する国際会議への参加を重視している。同じ分野の複数の専門家が論文の内容を読み、発表を認めるかどうかを判断するプロセスを経ることで、カルダノを支える様々な技術の信頼性を確保する狙いがある。
テルアビブでは、チャールズ・ホスキンソンさん(左から2人目)やベルナルド・ダヴィさん(中央)らが参加したイベントも開いた。
今回、IOHKの研究チームが発表したのは、ブロックチェーンで、コンピュータ同士が通信をする際の約束事を定めた、新しいプロトコル「ウロボロス・プラオス」だ。
ビットコインを支えるブロックチェーンの約束事は、マイニング(採掘)で知られる。ビットコインなどの取引記録を追記する作業で、膨大な計算が必要だ。ビットコインの仕組みでは、マイナー(採掘者)が計算にコンピュータ−の処理能力を提供し、計算に貢献したマイナーに報酬が支払われる。
この約束事はプルーフ・オブ・ワーク(PoW、作業の証明)と呼ばれているが、計算に大量のコンピュータが使われるため、高額の電気代がかかるといった問題がある。
これに対して、カルダノの約束事は、プルーフ・オブ・ステーク(PoS、掛け金の証明)と呼ばれる。保有する仮想通貨の量に応じて、取引記録を追記する資格が与えられる。
プルーフ・オブ・ワークは、たくさん仕事をした人が有利になる仕組みで、プルーフ・オブ・ステークはたくさん仮想通貨を保有している人が有利になる仕組みだとも説明される。
プルーフ・オブ・ステークは、大量の電力消費といった問題は解決できる一方で、膨大な計算作業が発生しない代わりに、セキュリティに課題があるとされる。
ユーロクリプトでの、IOHKの研究チームのプレゼンテーションの様子。
今回、ベルナルドさんらIOHKのチームがユーロクリプトで発表したウロボロス・プラオスは、このプルーフ・オブ・ステークのセキュリティを向上するため、プロトコルを改善したものだ。
「ブロックチェーンのセキュリティに関する課題を理解することは、ぼくらが研究している暗号プロトコルの理論の領域と非常に近いものがある。こうした課題に取り組むのは、おもしろくて、美しい科学的な成果にもつながるんだ」とベルナルドさんは言う。
(文と写真:小島寛明)