日本では財務省の元事務次官のセクハラ事件をきっかけに、少しずつ働く女性たちが職場などでのセクハラについて声をあげ始めているが、アメリカでは、レイプ・サバイバーの高校生の女の子が立ち上がり、対等な男女関係を築くための授業を広げる活動を始めている。
2018年3月に出版されたチェシーの著書。自らのレイプ被害とそれを防ぐために何が必要なのか、現在の活動について綴っている。
撮影:津山恵子
チェシー・プラウト(19)は、名門進学校を卒業する男子生徒が後輩の女子生徒と何人セックスができるかを競う伝統行事の犠牲でレイプされたことを、同校で初めて警察に報告し、司法の場にまで持ち込んだ。裁判で争った後、「匿名」で訴えている限り「被害者叩き」が止まらないとして、テレビ番組のインタビューに応じ、名前と顔も公表した。
名門校にはびこる忌まわしい伝統
チェシーがレイプ被害に遭ったのは2014年5月31日、15歳のときだ。相手はハーバード大への進学が決まっていた同じ学校に通う、スポーツ万能の上級生オーウェン・ラブリー。 2人が通っていたのは、東部ニューハンプシャー州でも有名な寄宿制進学校セント・ポールズ(1856年設立、生徒数500人)。彼女がセント・ポールズに進学したのは、卒業生として母校を愛する父親と、先に進学した姉ルーシーの勧めがあったから。
チェシーはオーウェンに誘われて完全に外に音が漏れない機械室に閉じ込められた。何度もNoと言い、下着も付け直し抵抗したが、その後パニック障害を引き起こし、抵抗できなくなり、被害に遭った。
事件後すぐに学校側に相談するが、「お母さんに話しなさい」と言われ、両親が遠方から駆けつけて警察に行った。 同校でのレイプ事件を警察に訴え、公判に持ち込んだのは、チェシーが初めてだった。
公判で検察の追及によって明らかになったのは、同校にはびこる男子生徒の忌まわしい伝統行事だった。卒業間際の男子は、「シニア・サルート(3年生への敬意)」というゲームで、卒業前に何人の下級生とセックスできるかを競っていた。Facebookのグループも作り、女生徒のリストまで作っていた。特にチェシーは姉妹で在学していたため、誰が姉妹2人をシニア・サルートに誘えるか、校内で最大のターゲットになっていた。
実名の加害者の主張ばかりが拡散
本の共著者でボストン・グローブ記者のジェン・アベルソン(右)と。書店でのイベントには多くの聴衆が詰めかける。
チェシー・プラウト提供
公判中や公判後にチェシーを待ち受けていたのは、同校生徒や社会からの激しい「いじめ」だった。事件後、新学期から彼女が学校に復帰すると、全校生徒が事件を知っていたにも関わらず、かばってくれる同級生は1人だけ。結局フロリダ州への転校を余儀なくされた。
公判では加害者側には十数人の男女同級生が応援に来ていたが、チェシーの応援は女子同級生2人だけ。メディアでもチェシーは「匿名」「音声を変えて」で報道され、実名の加害者の言い分が大きく扱われた。加害者と彼の家族は「そんなことをするはずがない」と無罪を主張し、卒業生や在校生にメールを送り、弁護士費用の寄付を求めていた。
加害者は重罪であるレイプでは無罪となったが、未成年を性器で暴行したことやインターネットを使って未成年を誘い出したなどの軽罪で有罪となり、*セックス・オフェンダーとして登録された。控訴のための保釈中に女性を誘い出し、自宅謹慎を破ったことで、最終的に拘置所に入れられた。
セックス・オフェンダーとは:性犯罪者または性犯罪の前科がある人
実名顔出し後に広まった支援の輪
他のレイプ・サバイバーの女性たちと一緒に登壇し、教育の必要性を訴えている(右がチェシー)
Georgetown Day School提供
判決後も有名雑誌に加害者を擁護する記事が出るなど、執拗な「被害者いじめ」が続いたため、チェシーは2016年8月、NBCテレビの番組で、顔出し、実名のインタビューに応じることを決断する。同年代のレイプ・サバイバーなどと相談した結果、匿名でいる限りは反論できず、真実について説明できないということを理解したためだ。
「私はもう2度と自分のことを恥ずかしいと思ったりしないことを、みなさんに知ってもらいたいのです。ひどい出来事から2年経ちましたが、私は今立ち上がり、自分に起きたことを自分で解釈し、(他の被害者の)人々、女の子や男の子に、恥ずかしいと思ったりする必要はない、ということを知ってもらいたいのです」(NBCインタビューより)
NBCへの出演直後、予想外の反響があった。Twitterで全米から支援の手が差し伸べられた。セント・ポールズ在学時代に同級生にいたずらされた60歳の男性や、同校に暴行の告発を聞いてもらえず退学した女生徒などからも連絡を受けた。女性下院議員が励ましのツイートをし、チェシーを応援するハッシュタグが一時トレンドになった。
同じ想いの人が他にもいることを知ったチェシーは、被害者らとともに「#I Have The Right To」というウェブサイトを立ち上げた。サイトには以下のような文章が掲載されている。
「私には権利がある
『被害者とみられる』『告発者』ではなく、サバイバーと呼ばれる権利
NOと言ったら聞いてもらえる権利
恥ずかしがったり、いじめられて黙らされてしまわない権利
回復期間に批判されることなく、一喜一憂したり、がっかりしたり、怒ったりする権利
そして最も大切なのは、みなで共に立ち上がる権利(抄訳)」
スポーツ選手ということは免罪符にはならない
チェシーが実名、顔出しでレイプ被害を告発したことから、教育の必要性などが見直され始めている。
本人提供
チェシーは2019年にニューヨークの有名女子大バーナード・カレッジに進学が決まっているが、ギャップ・イヤー(遊学期間)を取り、レイプされた後のサバイバル体験を綴った『I Have The Right To : A High School Survivor’s Story of Sexual Assault, Justice, and Hope(私には権利がある:高校生サバイバーによる性的暴行体験、正義、希望のストーリー=仮訳、ボストン・グローブ紙記者との共著)』を執筆、2018年3月に出版した。さらに公立校やスポーツチームに対し、「コンセント・エデュケーション」(明確なYesがなければ、性行為に及んではいけないという教育)を広める活動を活発に続けている。現在はワシントンで、学校やスポーツチームなどを訪問している。
Business Insider Japanは、彼女に電話でインタビューした。
—— 現在の活動を具体的に教えてください。
チェシー:非営利団体(NPO)のPAVE(Promoting Awareness Victim Empowerment)のアンバサダー(大使)として、ワシントン近辺の公立学校に行って、レイプに結びつく悪い文化が校内にあること、「Yes」 と言わない限り性行為はできないという男女が平等で健全な関係を築く必要性があることを、授業で教えています。スポーツチームとも提携し、教師やリーダーに同じような話をしています。
アメリカでは高校でも大学でも、スポーツに強いということは男子に大きな権力を与えてしまうからです(注:チェシーの加害者もアイスホッケーチームに在籍し、「ゴールデンボーイ(人気者)」だった)。
私はスポーツ選手だからということで、罪が軽減されたり、起訴されないという文化をなくし、女子が見過ごされるという文化をなくしたいのです。だからスポーツ選手に訴えることはとても重要だと思っています。
—— 具体的にどんな話をするのですか?
チェシー:私はバレーボールチームに入っていましたが、女子はショートパンツをはくのが、男子の関心の的になります。でも、それは女子の体を“もの”のように見ていて、尊敬の念に欠けています。ではショートパンツをはかないのか、というのではなく、女子は女子で、自分の身を守ることを覚えた方がいいのです。
そして女子も男子も、セックスやその合意について互いに意見が言えることが大事です。性教育を受けるだけでなく、恐れずに互いに話をするのが重要なのです。
——反響はどうですか?
チェシー:驚くほど、ポジティブな反応があります。性教育はあっても、コンセント・エデュケーションは公立校ではないので、先生たちに「ありがとう」と言われます。先生も生徒もそういう授業を望んでいるのです。
女性が選ぶ権利があること、自分を守ること、それによって健全な男女関係ができることを、皆が知るべきです。
——具体的な変化も起きているのでしょうか?
チェシー:ワシントン近辺で、生徒が中心となって声を上げて、校区ごとに健全な男女関係を築くためのタスクフォースができ始めています。タスクフォースでは、PAVEが用意したコンセント・エデュケーション、性的暴行のサバイバーを支援すること、見て見ぬ振りはしない仕組みを作ることに焦点を当てて、学校で教えていきます。
男女関係には、合意が必要だということを、本当に子どもは知らないのです。こうしたタスクフォースが増えていくことを、強く願っています。(敬称略)
(文・津山恵子)