ラクスル上場が教えてくれる、シェアリングビジネスの「ある限界」

商用印刷機

日本の印刷業界は年々縮小が続いているが……ラクスルに勝機はあるのか。

Shutterstock/silvano audisio

タレントの清野菜名さんを起用した大々的なCM戦略や、ローソン元社長の玉塚元一氏の社外取締役就任で話題を呼んだ、ネット印刷の「ラクスル」が東京証券取引所マザーズに上場申請し、承認された。

ラクスルの松本恭攝社長は「スティーブ・ジョブズの申し子」と呼ばれ、ビジョナリー経営者として多くのメディアに取り上げられてきた。そのためか、同社の上場についてはすでに様々な形で報道がなされている。

そこで本稿では、これまでに出た記事では触れられていない、ネット印刷業界の構造と「シェアリングエコノミー」のビジネスモデルに着目し、今後の展開を考えてみたい。

ネット印刷は競合相手が余るほどいる

まずは、ネット印刷(印刷通販)業界について整理をしておこう。

ラクスルが東京証券取引所に提出した「新規上場のための有価証券報告書(Ⅰの部)」を読むと、「国内の印刷EC市場は920億円程度の規模」とされている。矢野経済研究所「2013年版 印刷通販市場の展望と戦略」によれば、2013年度の市場規模は543億円だったので、その後5年で1.7倍ほどに拡大したことになる。

ただ、その広がった市場をラクスルが制してついに上場、という筋書きでは全くない。ネット印刷業界には数々の強力な競争相手がいて、実は、ラクスルはナンバーワン企業ですらない。

プリントパック

ネット印刷業界最大手、京都を本拠とする「プリントパック」。

プリントパックHPより

最大のシェアを誇るのは、京都を本拠とする「プリントパック」だ。登録ユーザー数は100万人を突破、売上高は276億円(2017年4月期)で、ラクスルの3倍以上に達する。同社は、電話サポートなどの初歩的なサービスを削減してコストを最大限に抑え、既存の印刷会社の(繁忙時や小ロットでコストに合わない時の下請け)需要に応える戦略を展開している。

また、プリントパックに次ぐナンバーツーは同じく京都の「グラフィック」で、幅広い商品を高品質かつ短納期で仕上げる必要のある広告代理店やデザイン会社をユーザーに抱える。

グラフィック

ネット印刷業界第2位「グラフィック」。

グラフィックHPより

両社ともネット印刷業界ではよく知られるトップ企業だが、ラクスルほどの大々的な広告戦略を採用していないため、世間一般での認知度はさほど高くない。しかし、業績は圧倒的で、両社を合わせたシェアは54%にも上る。

そして両社に次ぐナンバースリーが、ネット印刷業界で唯一自社工場を持たずシェアリングビジネスを柱とするラクスルである。ユーザーサポートとマーケティングに特化し、様々な印刷・集客サービスを展開しているのが同社の特徴だ。2017年度の業績は、売上高が76.7億円、経常利益は約11.6億円の赤字だった。

赤字上場の是非はさほど大きな問題ではない

新規上場(IPO)審査が厳しくなる中、赤字のまま上場した企業のその後の業績が厳しいことから、ラクスルについても同様の疑念が出ている。昨年9月に上場した家計簿アプリの「マネーフォワード」についても、赤字上場の是非を問う議論が起きたばかりだ。

足元の状況を見ると、ラクスルの収益性が同業他社に比べて低いのは事実だ。ラクスルに続く業界4位「プリントネット」(鹿児島)の2017年10月期の業績を見ると、売上高68.5億円に対して経常利益を6.6億円計上しており、収益性は非常に高い。ラクスル上場の影響もあってか、同社もIPOを検討しているとされる。

一方、赤字上場はさほど大きな問題でないと指摘する声もある。

ラクスルは積極的なマーケティングによって顧客獲得を積み上げることに成功しており、また印刷というサービスの特性からユーザーの「顧客生涯価値」(LTV、一人の顧客が取引期間を通じて企業にもたらす総価値)が高い事業を運営しているため、安定収益が期待できるとともに、現状が赤字でも将来的には粗利益率が上がって黒字転換できるというものだ。

競合他社は自前の工場を持っている

しかし、根本的な疑問が残る。

印刷工場を持たずシェアリングビジネスを柱とするラクスルが、今後も順調に顧客獲得を積み重ね、事業規模の拡大に成功したとして、その需要に応じられるだけの委託先があるのだろうか。また、規模の拡大につれて粗利益率が上がり、収益性が高まるという見方は本当に正しいのだろうか。

ラクスル

マザーズ上場が承認されたネット印刷業界第3位の「ラクスル」。

ラクスルHPより

ラクスルの競合相手については、それぞれ自前の工場を保有しているので、最新設備の導入を続けることで「規模の経済」(生産量が大きくなると原材料などの単位当たりコストが下がり、収益率が向上すること)が効いてくると言える。

業界首位のプリントパックは全国9拠点7工場、24時間対応で印刷を行っており、先述の売上高276億円に対して営業利益は34億円。業界4位のプリントネットも山梨と鹿児島に3工場を抱え、2016年(10月期)の売上高58.6億円・経常利益が5.2億円から、2017年の売上68.5億円・経常利益6.6億円へと利益を順調に増やしている。

ラクスルも、2015年(7月期)に売上高26.4億円・営業損失17.3億円、2016年に売上高50.8億円・営業損失14.4億円、2017年に売上高76.8億円・営業損失11.6億円と赤字ながら利益を増やしてはいるが、これから印刷受注額が拡大していく中で、工場を持つ競合他社のように規模の経済を効かせることができなければ、利益の伸びは頭打ちを迎えることになる。

実は、ラクスルは印刷設備を購入している

ラクスルの印刷シェアリングビジネスはいずれ限界に達するのではないか。そして、同社はそのことをどう考えているのか。実はその答えは、前出の有価証券報告書にある貸借対照表(バランスシート)と附属明細表に(あまり注目されていないが)ハッキリと記されている。

附属明細表の「有形固定資産等明細表」を見ると、「機械及び装置」「工具、器具及び備品」「リース資産」を合計で7.8億円分保有していることが分かる。従業員数118人(平均臨時雇用者数46人)のラクスルがこれほど多額の機械や工具、リース資産をネット関連で必要とするとは考えられず、同社の事業内容から、これが印刷関連の設備であることは容易に想像がつく。

ラクスルはいつから印刷設備の保有に動き出したのだろうか。上の明細表を見ると、直前期にすでに機械などの残高が記されているので、同社はシェアリングエコノミーを標榜しながらも、生産キャパシティの拡大と収益性の改善を図るために、少なくとも2年以上前から印刷機械を購入してきたと考えられる。

有価証券報告書には「顧客と提携印刷会社を繋ぐプラットフォーム事業であり、提供するサービスの性格上、生産実績の記載になじまない」との記載があるため、自前の工場を持ったのではなく、機械を購入して他の印刷会社に貸与するなどの方法で運用しているのではないか。

2年前の売上規模に達した段階で、他の印刷会社の余剰キャパシティを活用するシェアリングだけでは収益性の向上が難しいと判断したのだろう。

出資で同業他社を「囲い込む」戦略も

ラクスルの松本恭攝社長

ラクスルの松本恭攝社長。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」は、同社が設立時に掲げたヴィジョン。

ラクスルHPより

ラクスルは売上規模の拡大に対応するための方策として、印刷設備の購入だけでなく、同業他社を囲う戦略も取り入れている。

附属明細表の「有価証券明細表」を見ると、埼玉の中堅印刷会社「ニシカワ」の株式を6552万円分、競合相手である前出のプリントネットの株式を2448万円分、それぞれ保有していることが分かる。業務資本提携をして一定の発注量をコミットすることでコストを引き下げ、価格競争力を保つ戦略と考えられる。

(有価証券報告書によると、買掛金はプリントネットが約1億8000万円、ニシカワ印刷が約3200万円)

売上規模のさらなる拡大を目指すラクスルが、今後も設備投資を進めていくことは間違いない。同時に、生産(印刷)をより大規模に委託できる(したがって単位当たりのコストを引き下げられる)企業への投資も増やし、収益力の向上も図っていくことになるだろう。

現時点での同社のスタイルは、シェアリングビジネスと言うより、むしろ「印刷会社2.0」とでも言うべきではないか。

ネット印刷以外の分野でシェアリングビジネスを

ここまで示してきたように、シェアリングエコノミーを活用したビジネスは、ある程度の売上規模を超えると、収益力を維持しながら受注量をこなすために設備投資が必要になるという矛盾を抱えている。

しかし、ラクスルが(印刷そのものではなく)シェアリングビジネスを事業の柱として成長を目指すのである以上、設備投資はなるべく減らしたいはずだ。どうやってこの矛盾を回避したらいいのか。

有力な選択肢の1つは、類似のシェアリングサービスを展開することである。

ハコベル

ラクスルの新規事業「ハコベル」。軽貨物のシェアリングサービスだ。

ハコベルHPより

印刷事業と比べるとまだまだ規模が小さいものの、ラクスルは軽貨物のシェアリングサービスである「ハコベル」をすでに展開している。これは「物流業界のラクスル」とも呼ぶべきビジネスモデルで、ネット印刷分野で企業間取引(B2B)のプラットフォームサービス構築に成功した経験を活かし、類似のマーケティング戦略を使って事業を成長させようというわけだ。

しかし、ハコベルの売上額はまだわずか2億円弱。ラクスルの成長鈍化を補完する役割を求めるには、ここまでのラクスルがそうだったように、ハコベルにも大規模な広告宣伝投資を行っていく必要がある。そういう意味では、同社が上場による資金調達に成功したところで、急激に収益力を上げるという流れにはならないだろう。

また、グローバル展開を図る選択肢もあるが、印刷という事業の構造上、自社だけでサービスを展開するのは難しい。印刷通販をグローバル展開している例として、最大手の「ビスタプリント(Vistaprint)」が挙げられるが、印刷と物流の両方を現地で開拓するのは簡単ではないようで、日本では思うようにシェアを伸ばせていないのが現状だ。

なお、前出の有価証券報告書には「インドネシア及びインドにおいて現地の印刷EC企業に対するベンチャー投資を行っている」との記述がある。海外の印刷シェアリングビジネスに投資をすることで、マーケティングに特化する方針を貫こうという姿勢が見える。

今後のラクスルにとっては、上場で調達する資金を次なる成長カンパニーに投資することが、売上規模と収益性を踏まえた上での最適解ではなかろうか。


桂木 英一(かつらぎ・えいいち)M&Aコンサルタント。大企業からベンチャーまで、M&Aや事業承継など企業活動・戦略に詳しく、企業や投資ファンドのコンサルティングに携わってきた。

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