暴走する米国のトマホーク外交

空爆されたシリアの惨状。

Reuters

「トランプ大統領は〝米国第一〟を掲げ、遠い国の厄介な紛争への関与を避けるという外交方針を転換した」 —— 。シリアのアサド政権軍によると見られる化学兵器使用の後での政権へのミサイル攻撃について、ニューヨーク・タイムズ紙は「方針転換」と意味づけた。

「世界の問題が自分の問題であると気付いた1人の男による感情的な行動」とも書く。記事は(トランプ氏の行動を)称賛する書きぶりである。「感情的な行動」の言葉も否定的ではなく、化学兵器の犠牲になった子どもたちの悲惨な映像に「心を動かされた」というようなニュアンスがある。

シリアで極度に低下していた米国の影響力

トランプ大統領の反応は米国民の素朴な正義感に訴えたのだろう。しかし、米国が世界を驚かせた軍事行動は、シリアと中東で米国が置かれた厳しい現実と無関係ではない。

シリア情勢は昨年11月9日、米大統領選でトランプ氏当選のニュースが流れた後、動き始めた。1週間もしないうちに政権軍がシリア第2の都市アレッポ東部にあった反体制支配地域に大規模な侵攻作戦を開始した。12月上旬にはアレッポ東部はほぼ陥落。トランプ大統領の当選でオバマ政権が身動きとれなくなるのを狙いすましたかのような軍事作戦だった。

アレッポ東部の陥落で懸案となった反体制地域の市民の安全な退避では、ロシアとトルコが協力し、ロシアがアサド政権側、トルコが反体制勢力を押さえて停戦を実現し、退避を仲介した。停戦はその後も維持され、2017年1月下旬にロシアとトルコにイランを加えた3カ国が主導して、中央アジア・カザフスタンの首都アスタナでシリア和平協議が開かれた。アサド政権と反体制派も参加した。米国は現地の米国大使が出席しただけだった。

米国の政治的空白状態の間に、シリア情勢は米国抜きで停戦や和平の枠組みが進んだ。その背景には、シリア内戦をめぐって激しく対立したトルコとロシアの関係修復があった。昨夏、エルドアン大統領がモスクワを訪れてプーチン大統領と会談した。トルコがロシアに接近したのは、オバマ政権がシリアのクルド人勢力を支援して「イスラム国」(IS)と戦う戦略をとったためである。トルコは国内に反体制クルド人勢力を抱え、シリアでのクルド人の勢力拡大を脅威と考えた。

トランプ大統領はオバマ時代に冷え込んだロシアとの関係修復を掲げた。さらにシリア内戦でもISと戦うためには、アサド政権との協力が必要だと唱えた。しかし、トランプ氏が大統領に就任した時、シリアでの米国の影響力は極度に低下していた。そのまま、ロシア主導の枠組みに乗れば、米国のシリアでの影響力はないも同然となる。シリア内戦に関わるサウジアラビアやカタールも、ロシアと話をつけるしかなくなる。米国の影響力は中東全体で失墜しかねない。

トランプ政権で民間人犠牲者急増

米国がアサド政権による反体制地域への化学兵器使用を受けて即座にミサイル攻撃を実施したことは、シリア内戦で影響力を回復しようとする意思が働いたと考えるべきである。

「世界の警察官」の役割を放棄するとしていたトランプ米大統領だが、実はトランプ政権はシリア情勢で軍事的な関与を強めている。米軍がクルド人中心のシリア民主軍(SDF)を使って進めているシリア側の都ラッカのIS掃討作戦での民間人の死者の急激な増加がそれを表している。

「シリア人権ネットワーク」(SNHR)の集計によると、3月の反体制地域での民間人の死者は計1134人で、うちアサド政権軍の攻撃による死者は417人(37%)、ロシア軍の空爆による死者224人(20%)で、米軍が率いる有志連合の空爆による死者は260人(23%)とロシア軍による死者を上回った。1月〜3月の死者合計は403人で全体の17%を占める。オバマ政権時代の16年1年間での有志連合の空爆による死者は537人で、全体の3%に過ぎなかった。

有志連合による民間人の死者の増加は、掃討作戦がラッカに近づいているためでもあるが、今回の米軍の空爆は市民の犠牲を意に介しないほど性急で見境のないものになっている。

トランプ大統領は2018年会計年度の予算案で、国防費を10%増と〝歴史的〟増額を行い、国務省予算を大幅に減らす方針を出している。対外的に外交や援助というソフトパワーを中心においたオバマ政権の手法を転換し、軍事力というハードパワーを使うというトランプ政権の意思表明だろう。政権の軍事強硬策の流れの中に、対IS空爆の激化があり、さらに今回のミサイル攻撃も位置付ける必要がある。

地中海のいる米海軍の艦船からトマホークミサイルを発射するのは、米単独の軍事行動である。この攻撃は、今後、米国が反体制派を支援して、アサド政権に圧力をかけるような、新たな軍事的展開につながるだろうか。答えは「ノー」である。

ロシアとの関係修復も方針転換

米国がアサド政権に圧力をかけようとしても、政権軍と反体制派が対峙している北西部では、米軍には現地で動く手足がない状態である。米軍はオバマ政権の時に、反体制勢力の組織化に失敗し、北東部でのクルド系のSDF以外に共に戦う仲間がいない。反体制地域でアサド政権軍と激しく戦っているのは、今回、化学兵器攻撃を受けたイドリブを支配する元アルカイダ系のイスラム武装組織「シリア征服戦線(旧・ヌスラ戦線)」であり、米国は敵対している。米国が今後もアサド政権に対してミサイル攻撃を繰り返す可能性はあるが、それだけでは政権を封じ込めることはできない。

一方、今回のミサイル攻撃で米ロ関係が悪化することは避けられない。軍事優先のミサイル攻撃にはトランプ大統領が掲げていたロシアとの関係修復という外交戦略を犠牲にするという「政策転換」も含んでいる。この軍事優先・外交軽視が、今後、トランプ政権の中東政策の基調となっていくとすれば、米国は中東の中で孤立を深めることになるだろう。

中東ではオバマ政権がイランとの核問題で合意し、関係修復に向けて動き始めたことで、サウジアラビアなど湾岸諸国には米国への不信感が強まった。トランプ大統領はイランを敵視し、合意の破棄または見直しを公約しているが、湾岸諸国は米国がイランと軍事的な緊張を高めて地域が不安定化することを望んでいるわけではない。

トランプ大統領がアラブ諸国に対する外交面での働きかけを軽視すれば、米国とアラブ諸国との溝はさらに広がることにもなりかねない。トランプ大統領が就任早々出したイスラム諸国からの入国を禁止する大統領令によって、「反イスラム」的なイメージは中東でも広がっている。むしろ、イランとの友好関係を持つロシアの方が地域の安定化のためには頼りになると湾岸諸国の指導者たちが考えるかもしれない。

中東で共に戦う仲間がいないまま、軍事優先で動くならば、トランプ政権はこれからも「米国の敵との戦い」で孤独なトマホーク攻撃を繰り返すしかなくなる。そのたびに、中東の危機も、米国の危機も深まることになる。


川上泰徳:フリーランスとして中東を拠点に活動。元朝日新聞中東アフリカ総局長、編集委員。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを取材。

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