「スター」のためのプラットフォーム「me&stars」に参加する北島康介さんと、社長の佐藤俊介さん。佐藤さんは多くのスポーツ選手にも参加してもらいたいという。
5月8日、トランスコスモスグループのミーアンドスターズ株式会社が 、執行役員CSO(Chief Sports Officer:最高スポーツ責任者)にオリンピック金メダリストの北島康介さんを迎えると発表した。なぜ「me&stars」が北島康介さんと組むのか。社長の佐藤俊介さんと北島康介さんを直撃した。
me&stars(ミーアンドスターズ )とは:「スター」のプレミアムな商品や体験を提供するライブ配信アプリ。第1号は俳優・山田孝之さんで、2017年9月から運営開始。第1弾の企画として「山田孝之の1日受付」をライブオークションで提供したところ、わずか40分で2700万円超の値段で落札された。
山田孝之、瀬戸内寂聴に次ぐ「スター」
「『スター』の定義は俳優やミュージシャンだけでなく、もっといろいろあっていいと思う」(佐藤さん)
BI:そもそもなぜme&starsの取り組みを北島康介さんとやることになったんですか。
佐藤:康介くんはストリート系などファッションに詳しくて、僕もファッションが好きで、共通の知り合いがいました。
me&starsのコンセプトは「スターのためのプラットフォームを作る」。ファンのためでもスポンサーのためでもなく、スターがやりたいことを叶える場。結果としてファンやスポンサーも興味を持ってくれたらと考えています。ステマ(ステルスマーケティング)とは全く逆の考え方なんですよ(笑)。
山田孝之くんはトップ俳優ですけれど、康介くんのようなトップアスリートも誰もが認めるスターですよね。彼は多くのトップアスリートの方々の気持ちも分かる。是非ご一緒したいと思ってお声がけしました。
BI:北島さんはお話を受けた時、どう思われましたか。
北島:びっくりしました。でも、お会いして佐藤さんのものすごい熱量を感じて、一緒におもしろいことを実現できたらと思いました。
僕も引退して2年経って、ビジネスの世界でいろいろ挑戦している中で、アスリートが今後どうあるべきかということをよく考えています。佐藤さんはデジタルやビジネスの世界で結果を残している。そういうところをもっともっとアスリートたちは勉強しなければならないと思っています。
関連記事:プロスポーツ選手も複業時代——女子サッカー・永里優季さんが会社をつくった理由
オリンピックを狙えない選手のキャリア形成
東京オリンピックを2020年に控え、「オリンピック後の選手のキャリア形成」にも注目が集まっている。
Reuters / Fabrizio Bensch
BI:どういう点に問題意識があったのですか。
北島:選手の多くは、デジタルの領域やビジネスの世界というのはわからないんです。僕自身、選手時代の前半は本当に水泳しかしていませんでした。 気持ち的にも時間的にも閉ざされた世界の中で「もっとこうなったらいいのにな」と思う隙も与えられないぐらい、競技に入り込んでいました。
逆にそうであったからこそ、金メダルを取れたのではないかという気持ちも強いんですが。その気持ちを今、違うことで形にして、新しい分野でもきちんと成功できればと思っています。
BI:スポーツ選手のビジネスの形というと、スポンサーをつけてプロになることが主流です。
北島:オリンピックスポーツでプロといえば野球やサッカーはありますが、水泳を含めてそれ以外は(プロ化も)なかなか難しいのが現状です。僕も高校時代から「億プレイヤーになりたいなあ……でも無理だな、水泳」と思っていました。どうやったらなれるのかと考えたら、やはり世界一になるしかないな、と。
高3で出たオリンピックでは、4位でした。「次こそは絶対金メダルを」と思い、そこからはもういろいろなことを遮断して、ひたすら平井(伯昌)コーチについてトレーニングに没頭しました。
BI:たとえプロになっても、厳しい現実がありますよね。
北島:アマチュアスポーツは大半が学生スポーツです。オリンピックを狙えない、日本一を狙えない選手のほとんどが学生のうちに引退し、就職活動をして企業に入る。トップに行けるのは本当に一握りもいない。僕はそれは当たり前で、次のステップに移行できるという意味では幸せなことだとも思っています。
けれど今、選手寿命もすごく伸びていて、大学卒業後も競技能力が上がることが証明されてきています。30歳を超えても一線で活躍する選手が国内でも目立ってきている。そういう人たちの可能性を僕は無駄にしたくないな、と思っています。
今後、アスリートが選手引退後にどう生きていくか、というところも考えたい。自分はたまたまトップ一握りになれて、現役時代からいろいろな業界の人と触れ合い、経営者にもなって知識を広げることができましたが、他の選手にも、現役引退後のキャリアも含めて、競技以外のことに関するいろいろな知識を得てもらえれば、と思っています。
BI:それがme&starsでは実現できると。
「アスリートに、競技以外のことに関するいろいろな知識をつけてもらいたい」(北島さん)
北島:me&starsは、さまざまな形でアスリートを応援するプラットフォームになり得ると思っています。
選手は見られることによって強くなります。試合観戦やメディア以外でも選手の人間性を見てもらえる機会が増えれば、こういう選手がいるんだ、こういう選手を応援したいな、という人が出てきて、結果としてアスリートの選手寿命が延びることもあるかもしれない。
また、マイナー競技の選手がme&starsでおもしろい企画を実施することで、選手やその競技自体をより多くの人に知ってもらえる機会になるかもしれません。選手たちがアスリートじゃなかったら何をしたかったのか、今後の人生で競技以外に何をしようかと考えたときに、興味ある分野に挑戦する企画もいいかなと。やりたいことは、アスリートを応援することです。
「北島康介がショップ店員に」?
BI:具体的に北島さんはme&starsでどのようなことをするんですか。
佐藤:me&starsの放送作家チームでアイデアをいつも考えています。
これは僕のフラッシュアイデアですが、康介くんはファッションが好きで、レア物を仕入れてくるのがとてもうまいので、例えば「北島康介にバイヤーとしてレア物を買い付けてもらう」とかは僕が落札したいですね(笑)。
すでにそういうサービスはあると思いますが、それが北島康介となると全く意味が違ってくる。その人が趣味だと思っていたことが本当はすごい価値になるということもある。
BI:北島さんがやってみたいことは?
「企画で『これウケます⁉』という話をするのも楽しいですね」(北島さん)
北島:「僕は何でもいけるよ」とは言っていて。ただ、スポーツの普及に貢献するようなことを、という話は最初にしました。
20から30の候補があって、逆に「これできんのかな?俺」とか「これウケます⁉」というのも結構あって。そういう話をするのも楽しいですね。もう僕が裸になっても面白くないですしね(笑)。
佐藤:僕らも「絶対ダメだろう」というのも含めて、とりあえず出した企画もありますけどね(笑)。
北島:さっきも出た1日ショップ店員やバイヤーは面白いな、とは思っています。
BI:現役を引退した選手や水泳以外の競技の選手もこれから企画に参加する可能性がありますか?
北島:現役も元選手も、関係なくできますね。それが競技全体に貢献するのではないかと思っています。日本だけではなく、世界で活躍するアスリートにもアプローチしていきたいですね。
日本のスポーツ業界は新しいものを入れたがらない
BI:佐藤さんの事業はレガシーな業界にデジタルをどう持ち込むか、という視点だと思います。me&starsもまさに芸能界やスポーツ界のような「レガシー産業とデジタル」の組み合わせですね。
佐藤:まさにそこが一番自分の得意とするイノベーション領域だなと思っています。
トランスコスモスという会社は主軸の事業がコールセンターやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の会社なんですね。これって思いっきりデジタルに取って代わられる仕事だとメディアなどでは言われますよね(笑)。
ただ一方で、人とテクノロジーを融合させて、逆に未来に挑戦できる立場に僕たちはいます。
「アナログな業界にこそ、人とテクノロジーを融合させたイノベーションの可能性がある」(佐藤さん)
スポーツも芸能界もアナログな世界だからこそ、テクノロジーを活用したイノベーションの可能性があると思うんです。ベンチャー企業的な考えを持った人が入れば、できることもたくさんあると思うし、自分も勝負したいところですね。
BI:北島さんは以前からビジネスをされていますが、その上で悩んでいたことは?
北島:ビジネスを始める前までに自分がいたのはすごく狭い世界だなとは思っていました。本当に水泳だけしかしてこなかったので、もっともっと早い段階で、いろいろなことを知りたかったと正直思います。
スポーツ界にデジタルが普及してくれば、競技の質も変わってくる可能性もあると思っています。今アメリカとヨーロッパが強い競技が多いですが、日本も追いつくようなレベルまでいけるのではないかなと。
日本のスポーツ業界は、新しいものを入れたがらない傾向があります。 今でこそ情報共有の場は増えてきましたが、少し前までは各競技団体ごとでもライバルのような感じでした。
「日本のスポーツを強くする」という意味で、アスリートが強くなるために情報を有効活用してどんな取り組みをしていけばいいのかを、もっと上の人間が考えてほしいなと僕は思います。
スポーツ業界も大企業も「閉じている」
相撲業界、レスリング業界などでは「パワハラ」が問題になった。
Reuters / Yuya Shino
BI:最近、スポーツ界ではいろいろな問題も起きていますね。
北島:結局、閉じているから外の世界が変わっていることに気づかないのだと思うんです。外の世界を知る機会もない、選手の声も上には届かないという壁があったりもする。
佐藤:これは大企業も一緒ですよね。外より内を見てしまう。本来は外を見て仕事をしなければならないはずです。選手たちももっといろんな外の世界を見てもらって、360度で個を発信してほしい。そこから新しいビジネスの芽が生まれるかもしれないですからね。
一つのことを極めた人は絶対また何かを極められる確率が高い。そして今はセンスの時代。ルイ・ヴィトンも元建築家をクリエイティブデザイナーにアサインして世間を驚かせました。どんどん新しいことに挑戦すべき時代だと思います。
北島:僕は北京五輪後の2009年に「人にマネジメントされるより、自分で自分をマネジメントしてみたい」と思って会社を作りました。
でも、自分のマネジメントはいいのですが、その後、他の選手のマネジメントはすごく難しいなとも感じていました。僕は運よくビジネスパートナーを見つけられましたが、みんながみんな、そういうパートナーを見つけられるとは限らない。
佐藤:だからこそme&starsのようなサービスを使ってほしいですね。実は最近、ビジネスとしての企画を飛び越えて、いろいろなアドバイスをしているケースもあるんです。me&starsはスターの悩んでいることの相談に乗る、という側面もあります。
「スターのライブコマースビジネス」の可能性
BI:今までme&starsでは山田孝之さん、瀬戸内寂聴さんがライブコマースの企画に参加しましたが、感触は?
佐藤:ビジネスでの可能性は非常に感じています。「山田孝之の1日受付」のライブオークション企画は、2700万円で企業から落札されたんですね。これはとても日本独特なことなんです。
アメリカなどでは、有名人によるチャリティーオークションが進んでいて、例えばティム・クックのランチ権は7000万円くらいの値段がついている。けれど、みんな個人が落札しているんです。
今回企業が落札したというのは、me&starsは有名人をキャスティングする、オープンなマーケットプレイスにもなった、という見方もできるんです。
BI:どういうことでしょう。
「山田孝之の1日受付」を発表した動画。40分で2700万円超の価格で落札された。
動画:『me&stars』 公式チャンネル
佐藤:旧来のタレントのキャスティングは、テレビCMなどメディアの枠があって、スポンサーがいて、タレントをアサインしよう、となるわけです。メディア枠がないというのはありえない。
けれど僕らはまずタレント(スター)ありきで、そこにスポンサーがついてくる。まもなく発表しますけれど、瀬戸内寂聴さんの企画は、山田孝之くんのオークションモデルとは少し異なり、事前に寂聴さんの企画にスポンサーしたい企業を募りました。
そういう意味で、僕らのやり方って、タレント・生活者・スポンサーのトライアングルの作り方が、実は通常じゃないんですよ。
山田孝之さんはme&starsの取締役CIO(Chief Innovation Officer) に就任している。
写真:西山里緒
既存のエコシステム圏外なんですよね。一般的には広告枠とセットでのキャスティングがビジネスになっているし、それで全体の出演料が高くなり、企業もオファーをしにくくなる。スモールスタートができないモデルです。
僕はこの先、メディアもお金の取り方を変えなければ、なくなっていく可能性もあると思っています。そのモデルを変えていくということが今少しずつ起きている。
今回「山田孝之の1日受付」を買った企業は、メディアでバンバンCMを打っている、知名度のある会社かというと、そうじゃなかったりもする。なので、「山田孝之の1日受付」の企画は、影のイノベーションがたくさんあったと思ってます。
BI:メディア業界そのものをイノベーションしていくと。
佐藤:TVなどの従来メディアもコンテンツやスターの存在が先にあって、それがいいと思ったらスポンサードする、というタニマチのような形が本来の正しい姿だったはずなんです。今では逆にスポンサー最優先、そういう時代になってしまっている気がします。
me&starsは、原点回帰なんです。これは、最初から思っていたことでもありますが、やり始めて気づいたことも多くあります。
ただこれで「山田孝之の1日受付」が10万円で落札されちゃったら、これは言えないですよ(笑)。今回、落札額が2000万を超えたということで、新たな可能性は見えたな、と思っています。
(構成・西山里緒、聞き手・浜田敬子、西山里緒、撮影・今村拓馬)