短い期間で再訪した金正恩氏は、習近平氏とは何を語ったのか。
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北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が中国・大連を訪れ、習近平国家主席と会談した。3月末の北京会談に続く短期間の再会談については、「米朝会談を前に関係緊密化を誇示した」との見方が大勢を占める。
しかし、在韓米軍の問題が中朝間の争点として浮上。大連首脳会談で、習氏が金氏に「対米傾斜しないよう」釘を刺したとの観測も出ている。
「撤退要求しない」可能性示唆
北朝鮮情勢に通じた在京消息筋はこのほど、「平壌は在韓米軍撤退を求めないと思う」と柔軟姿勢への転換を示唆した。一方中国は、在韓米軍存続は、中国を敵視する地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)配備の固定化につながるとして強く警戒している。
米朝首脳会談の焦点は、朝鮮半島の非核化と並び、南北コリアが要求する休戦協定を平和協定に替えること。その場合、朝鮮戦争を契機に北朝鮮をにらんで韓国に駐留してきた2万8000人の米軍基地が大きな焦点になる。北朝鮮は従来、在韓米軍の撤退を要求してきた。しかし最近、
南北首脳会談の場となった板門店。米朝首脳会談の場所の候補にもなっている。
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- 北を攻撃する性格の変更
- 法的位置づけの変更
を条件に、撤退自体は要求しない姿勢を示している。韓国の文在寅大統領と近い李起豪・韓信大教授は3月末、筆者に対して「金正恩氏は在韓米軍撤退を主張しないのではないか」との見通しを明らかにした。在京消息筋の発言もこの見方を裏付ける。
縮小の検討指示も
トランプ米大統領は、4月初めのポンペオ米中央情報局(CIA)長官(現国務長官)の訪朝以来、金氏を「尊敬に値する」などと評価する発言を始めた。その背景には、金氏がポンペオ氏を通じ、地上軍撤退を要求しないなど、核問題でのかなり柔軟な姿勢を米側に伝えた可能性がある。
米ニューヨーク・タイムズは5月3日、トランプ氏が在韓米軍縮小の可能性を検討するよう国防総省に指示したと報じた。完全撤収はしないものの平和協定を締結すれば、現在の規模を維持する必要がなくなるという論理だ。ボルトン大統領補佐官は報道を否定したが、「縮小検討」は、平壌の譲歩に対する善意の表明の可能性が高い。
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核・ミサイル開発を急ぐ北朝鮮に対し、習近平政権は、人民解放軍が越境し北の核を管理するのを視野に入れたシナリオを描いたほどだったが、3月末の金氏の電撃訪中で関係改善にこぎつけた。朝鮮半島の核問題に対する中国の政策は、(1)米朝直接対話(2)休戦協定の平和協定への転換(3)米朝国交正常化による平和構築など、平壌の主張とほぼ同様と言っていい。
3不原則で中韓改善
大連会談では、ポンペオ長官の平壌訪問直前に、朝鮮半島の核廃絶に向けた「ロードマップ」を突き合わせ、中朝協調姿勢を確認したのは間違いない。
だが中朝間にも対立がある。安全保障問題では韓国への「THAAD」配備問題である。中国とロシアは、両国を射程に収める配備に強く反対。中国は配備を容認した韓国に対し、1年以上にわたり中国人観光客のボイコットや韓国系スーパーの閉鎖などの「経済報復」に出た。
韓国国内のTHAADの配備について、習近平政権は神経を尖らせる。
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その中韓両国は2017年10月末、
- THAADの追加配備はせず
- アメリカのミサイル防衛(MD)システムに参加せず
- 日米韓安保協力は軍事同盟に発展させず
の「3不原則」を確認し、関係改善に合意。延期されてきた日中韓首脳会談が5月8日に東京でようやく実現したのも、この中韓関係改善があったからだった。
習氏からすれば、米朝がTHAAD配備問題を棚上げしたまま、在韓米軍の駐留で合意するのは容認し難い。THAAD配備を容認する「平和協定」には、ハンコはつけない。台湾中央通信は、大連の中朝会談について習氏が金氏に対し、「米朝会談では簡単にアメリカに傾斜してはならず、アメリカを使って中国を牽制してはならない」と、釘を刺したのではないかとの見方を伝えた。
経済専念路線に転換
先に引用した在京消息筋は、米朝両首脳について「トランプ氏と金委員長は気が合うのではないか。2人とも太っ腹だ」とみる。さらに4月の朝鮮労働党中央委員会総会での金氏の演説内容で特筆べき内容として、
- アメリカとの直接対話は、核・長距離ミサイルと経済改革の並進路線戦略の成果
- 金正日氏が1995年1月以来進めてきた先軍政治の終了宣言
- 演説では科学者、教育者を「革命の主力」と強調しており、今後は経済建設に傾注する路線変更の表れ
と分析した。
非核化については「現在と将来の実験中止を約束した内容であり、既に開発している核の放棄を言っているわけではない。その意味では、事実上の核保有宣言でもある」と指摘し、米朝会談では、「核保有国」としての立場が出発点になるとしている。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。