就活を続けるうちに、いつしか自分も「就活用」の学生になっていた(写真はイメージ)。
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「もう一度、就活をしてもうまくできる気がしない」
有名私立大学を出て、新卒で大手旅行会社に就職をた都内在住の女性(23)。約2年前の6月に内定をもらったときは、泣いて喜んだ。しかし、入社1年目の配属先で悩み、秋に退社した。転職をしようと、エージェントに登録をしても、「あなたの職歴で紹介できる仕事はない」と言われた。
彼女は就活を「面接の場数を踏んで、就活用の自分になっていた」と振り返る。そして今、進路に迷い、また違う自分が作られているような感覚でいる。
自己PR、企業理念……3冊の就活ノート
売り手市場と言われる中、企業の選択肢が増え、学生たちは短期決戦の就活の準備に追われる。
だがそんな売り手市場で、入社後すぐに辞めてしまう人もいると、就活の取材をする中で学生や既卒者から聞いていた。そんな中で紹介されたのが、この女性だった。
女性が取材に持参した「就活ノート」。ノート3冊と手帳には、就活の情報がびっしり。「自己PR」「会社の強み、弱み」「企業理念」などが、几帳面に書かれていた。
手帳の2016年3月1日の欄には「17卒就活解禁!!」と「意気揚々と書いた」。毎月10社のエントリーシート締め切りや面接の日程が入った。大手を中心に受け、エントリーは36社。第1志望の旅行業界や金融業界が中心だった。
内定は就職先に選んだ旅行会社ともう1社、別の旅行会社の2社から内定をもらった。
「面接で直接、人事部長から内定と伝えられたときは、泣いて喜びました。帰りも泣きながら帰って、お母さんにもすぐに報告しました」
7月以降は研修が始まり、内定者同士の交流も「すごく楽しかった」。
「私と話しているとムカつくのかな」
コールセンターの業務で、彼女は体調を崩した(写真はイメージ)。
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それほどに内定がうれしかった会社。しかし、入社後、彼女が見舞われたのは研修先での苦労だった。コールセンター部門に配属され、4月の入社から7カ月後の10月、会社を退職した。
最も希望しない部門だったが、最初の応対がうまく評価された。「社会人だし、電話対応もうまくならないと」。そう思い、気力を保った。ただ、クレームを受けた時は、「こんなにお客さんに怒鳴られたかったんだっけ」とどうしても疑問がわいた。
夏休み前は特に電話が混み合う。「すごい待たされた」とすぐに怒鳴る相手の声を、今も覚えている。ミスも重なったが、「まだ当時は前向きだった」。
しかし、7月のある日、クレームを1日3件受けた。
「私としゃべってると、ムカつくのかな」「お客さんのわがままをどう受ければいいか」
自身を責め、処理できないことも増えていった。
辞めたいと思って転職サイトを見ると、「いつも募集しているのは同じ会社。辞めたら就職するところがない気がした」。正社員も見つからないと思い、退社を踏みとどまった。
出勤の電車で涙が止まらない
通勤電車の中で涙が流れた。勤務地の近くに行くのも、退職直後は不安だった(写真はイメージ)。
撮影:今村拓馬
徐々に体調を崩した。午前10時出社が定時だが、2時間前出勤が慣習で、「先輩の机を拭いたり、神棚の米と水を交換したり」。遠方の実家から通勤していたため午前4時、5時起きの日々。
「それでも、周りの友人には、『月に40時間残業をした』という人もいて、まだ自分が甘いのかな」と思っていた。しかし、その頃、朝の通勤時間には「カバンを抱えながら泣いていました」。勤務地の直前の駅まで、涙が止まらなかった。退社して、しばらく勤務地に近づけなかったほどに、会社や土地が怖くなった。
上司と面談をすることになったが、「向いていると思うよ」と精神論を唱えられた。会社の“配慮”で仕事内容は変更になったが、オフィスのデスクはそのまま。「周りはコールセンター。同期が笑顔でしゃべっているのを聞いて、なぜ自分だけできなくなっちゃったのか」。余計に追い詰められた。
土日も仕事で、休日は疲労困ぱいで寝ていることしかできない。交際相手も転勤で遠方に行ってしまった。交際相手に突然会いに行ったときのことを思い出すと、わっと涙がこぼれた。
もし、私が退社すれば……。OJTで担当してくれた先輩の顔が浮かんだ。。「でも、どうしても逃げたくなった」。メンタルクリニックに通い、診断書を受け、休業を始めた。
休業中は欠勤分が賃金から引かれる「欠勤控除」を受けた。「収入もゼロ、貯金もなく、メルカリで物を売ったり、親にお金をもらったり」。休業した安堵と引き換えに襲ってきたのは、経済的な不安だった。
「あなたの職歴では、案件はありません」
休業中の秋頃に正式に退社した。その後は、4回転職。建築事務所や派遣で大学の事務員などを経験し、今は契約社員として、旅行関係の仕事に就いている。
新卒だけでなく、第2新卒も含めて、空前の売り手市場と言われる。だが、彼女の場合、転職は厳しかった。
転職エージェントに登録をしようとしても、「あなたの職歴では、案件がありません」というメールが大手エージェント2社から届いた。あるエージェントの面談では、「〇〇大学の人に(彼女が希望する)事務とかは頼まない」と言われたという。就職、会社、社会に対する彼女の拒絶感は強まった。
就活用の自分がシナリオになる
面接の回数を重ねるたび、「就活用の自分」ができた。「だって、そうしないと受からないから」(女性)。写真はイメージ。
撮影:今村拓馬
希望の業界に就職したのに、配属先でどうしても耐えられないことがあったら —— 。
彼女は今、就職活動を振り返って、こう話す。
「もう一度、就職活動をしても、うまくできると思いません。就活用の自分が作り上げられていた。じゃないと受からない。面接で何度も答えていたら、それが自分になっていく」
面接の場数を踏めば、「よくいる就活生に自分がなって、話を盛ることも覚えた」。次第に、「作り上げられた自分がシナリオになった」
大学の先輩からは「自己分析が足りなかったのかな」と言われるが、「やってもキリがなくて、そんなの分かる人いるのかな。今も自分が分からない」と疑問に思う。
今の会社は正社員の登用がない。このまま契約社員として働いて結婚して、「生ぬるい感じで生きていくのかな」と思う。でも、今ガツガツ正社員に応募する気にもなれない。新卒の就活の時のエネルギーは、吸い取られていった。
「周りの友人は社会人2年目。私は新卒2年目にして人生に迷走している。就活時の自分には、まさかこんなにいろいろなことが起きるなんて思わなかった」
大学卒業まで浪人も留年もせずにきた。今の自分は“道から外れた”感覚という。
「会社を辞めたことは後悔していないけど、正しいと思っていた道から外れたという感覚はあります。私は社会人になりきれなかったんです」
第二新卒、ミスマッチによる弊害?
ディスコのキャリタスリサーチによると、第2新卒も売り手市場にあるという。上席研究員の武井房子氏は、「第2新卒は、ビジネスマナーなど一通りの研修を受け、経験、スキルがなくても、企業からすると取りたい人材」と話す。
一方で、女性が志望する事務職は、「どうしても派遣や非正規の求人になる。大卒で事務職で正社員は、求人が少ないかもしれない」とミスマッチの可能性を指摘する。「求められているのは、営業職や販売職など、会社で不足している職種。中途や新卒で補えない場合は、第2新卒を充てている」
「もう一度、就職活動をしてもうまくできると思いません」と話す彼女。就職活動は、学生の社会への関心を引き出しているのか。再び“適職”が見つかるサポートは、何があるだろうか。
(文・木許はるみ)