Facebook「衛星インターネット事業」に本格参入か? ── 2019年に実験衛星打ち上げへ

仏アリアンスペース VEGAロケット

ポイントビューテック社の通信試験衛星「アテナ」を打ち上げる予定の仏アリアンスペース、VEGAロケット。地球低軌道に最大1963kgの衛星を搭載できる。

Arianespace

Facebookが2019年にミリ波通信衛星の実験機を打ち上げ、衛星インターネット事業に本格参入する可能性が浮上している。本当ならば、技術的な点でも宇宙産業関係者にインパクトを与えそうだ。

20018年5月初頭、FCC(連邦通信委員会)は、PointViewTech(ポイントビューテック)社からの通信試験衛星に関する申請書を公開した。同社は、複数の状況証拠から、Facebook子会社ではないかと報じるメディアが出てきた。

FCC文書によると、ポイントビューテック社は、2019年初めに「E帯」と呼ばれる、通信衛星が使う電波の「ミリ波」の中でも高周波数の帯域で通信実験を行う、150kg級の小型衛星「Athena(アテナ)」を打ち上げる。

通信衛星や科学衛星を多数製造した実績を持つ米スペースシステムズロラール(SSL)社が製造し、2年間の運用もSSLが行う。打ち上げは、仏アリアンスペース社の小型ロケットVEGAで、高度550キロメートルの地球低軌道に投入される予定だ。

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ポイントビューテックはFacebook子会社だと考えられる理由

小型衛星プラットフォーム「SSL-100

スペースシステムズロラール(SSL)社の小型衛星プラットフォーム「SSL-100」。画像は通信衛星として利用する場合のイメージ。

Space Systems/Loral

ポイントビューテック社がFacebookの子会社だと考えられる理由は、現在のところ状況証拠にとどまる。本件を報じたアメリカ電気電子工学会の学会誌オンライン版「IEEEスペクトラム」(※)の記事によると、以下の事実の積み重ねによって判断されたもののようだ。

  • ポイントビューテックとFacebookとで同一の法律事務所、弁護士がFCCへの申請を担当していること
  • 衛星通信実験を行う地球局として記載されたカリフォルニア州の住所が2017年からフェイスブックがリースしている土地であること
  • FacebookとポイントビューテックがLinkedInで共通する「衛星およびミリ波に関する経験・知識を持つ地球外プロダクトマネージャー」の募集を行っていること

IEEEスペクトラムとは:世界最大の電気・電子研究団体IEEEのニュースサイトのこと。

「民間でミリ波帯域を使っている衛星は思い当たらない」(衛星関係者)

アテナ衛星の通信実験は、宇宙関係者の間で「衝撃的」ととらえられている。それは、ポイントビューテックとFacebookとの関連だけではなく、衛星が使用する電波の帯域が非常に珍しいということもある。

FCC文書には「E帯の71~76GHzをダウンリンク(衛星から地上局への送信)に、81~86GHzをアップリンク(地上局から衛星への送信)に使用する」と記載されている。E帯とは、衛星通信で使われる電波の中でも非常に高周波数で、マイクロ波よりもさらに波長が短い「ミリ波」と呼ばれる周波数帯に属する。

周波数帯ごとの主な用途と電波の特徴

総務省資料より「周波数帯ごとの主な用途と電波の特徴」。ポイントビューテック(フェイスブック)のアテナ衛星は赤枠の「ミリ波」の帯域でE帯と呼ばれる高周波数帯の電波を利用する。

出典:総務省電波利用ホームページ

波長が短い「高周波数帯域」を使うと、高速通信が可能、通信ビーム(電波の照射範囲)を絞ることができるためアンテナを小型軽量化できるといったメリットがある。だが現実として、これまで衛星通信でE帯の利用は進んでいなかった。

NICT(情報通信研究機構)広報によると、「民間でミリ波帯域を使っている衛星は思い当たらない」と言い、これまでに一部の研究、実験的な衛星を除いて例がないという。これは、この帯域の電波の性質として、雨や霧による影響を強く受け、減衰してしまうため伝わりにくいということがある。

加えて、衛星通信を支える電子機器が追いついていなかったという事情もある。NICT未来ICT研究所フロンティア創造総合研究室の笠松章史氏によると「高周波数帯では高速動作する電子デバイスの開発製造が難しく、無線の信号を生成したり、変復調装置やアンプなどの電子デバイスは低い周波数帯向けの方が種類が多いのです。高速帯域(ミリ波のような波長が短い帯域)で通信したいという需要が出てくれば、装置性能の向上とサービスしたい通信の需要、製造コストとのトレードオフになってきます」という。

その中で、近年になってまずは地上でE帯を利用する動きが出てきた。ひとつは自動車の車載レーダー需要だ。

「衝突防止や自動運転向けの車載レーダーでは、70GHz付近のE帯需要が大きくなりつつあり、日本のメーカーも活発にやっています。ただし、車載レーダーと宇宙通信では距離や出力パワーが桁違いですから、そのまま利用できるというものではありません」(笠松氏)

コスト面のリスクはさほど大きくない

ただし、研究開発コストの面でそれほどリスクが大きいというわけではない。衛星開発に詳しい有限会社オービタルエンジニアリングの山口耕司社長によると、「SSLの小型衛星ならば開発費はおそらく1機40億円ほど」と言う。山口氏は、日本の超小型衛星開発を牽引し、平成30年度宇宙開発利用大賞における内閣総理大臣賞を受賞した東京大学「ほどよし衛星」プロジェクトチームで、衛星開発を担っている人物だ。

VEGAロケットでの打ち上げ価格は、最大でも40億円程度(実際は複数の人工衛星で1機のロケットをシェアする打ち上げのため、これよりも費用は小さくなる)だ。山口氏は、衛星運用の委託費用を加えても「最大で100億円程度でしょう。Facebookほどの大企業であれば研究開発費としてそれほど大きな金額ではありません」(山口氏)と見る。

ネット不通地域をカバーするには多数の衛星が必要

Facebook CEOのマーク・ザッカーバーグ

Facebook CEOのマーク・ザッカーバーグ氏。

出展:Facebookページ「Facebook for Developers」

ポイントビューテック社のアテナ衛星によるE帯通信実験が成功し、Facebookが独自の衛星通信網構築に乗り出すとすれば、本当の衝撃はそれからだ。E帯の通信ビームが狭いということを先に書いたが、電波の届く範囲が狭ければ、それだけ衛星1機あたりの通信範囲が狭くなる。

FCC申請書に記載された「地球上でブロードバンドインターネットが利用できない、または不十分な地域でアクセス可能にする」という将来の目的を達成するためには、非常に多数の衛星を打ち上げて、地球全体をカバーするように周回させなくてはならない。

同種の「メガコンステレーション」と呼ばれる衛星通信網計画はSpaceXが7518機の衛星を打ち上げる構想を発表しているが、フェイスブックコンステレーションは1万機以上といったさらに大規模なものになる可能性がある。

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そうなると、「多数の衛星を安定して高速に製造する」「大量の衛星を打ち上げる」という面で宇宙産業に波紋を呼びそうだ。例えば、月産で数十機といった人工衛星を生産する場合「製造ラインを複数化できたとしても、(熱環境、振動、電磁適合性といった)試験のラインを複線化するには大きなイニシャルコストがかかります」(山口氏)。

こうしたハードルを乗り越えるだけの設備投資ができる衛星製造事業者は世界にいくつもない。

また、現在の宇宙輸送事業では、小型衛星専用の低コスト小型打ち上げロケットの開発が盛んだが、「地球観測衛星の数十機といった規模ならともかく、通信衛星網のような数百機、数千機の人工衛星ならば、大型のロケットでまとめて打ち上げたほうが効率的ではとも考えられます」(山口氏)と言い、2020年にアリアンスペース社が初打ち上げを予定している「アリアン6」のような大型ロケットの用途が広がる可能性もある。

子会社での打ち上げはSpaceXでの苦い経験を繰り返さないためか

アフリカ向け通信衛星AMOS-6

ユーテルサット社とフェイスブックによるアフリカ向け通信衛星AMOS-6。

EUTELSAT

FacebookはInternet.org計画を通じて、無料Wi-Fi、通信ドローンの研究開発などさまざまな手段を通じて途上国でのネットアクセスを拡大しようとしてきた。アテナ衛星もそのオプションのひとつであり、Facebookにとって全力を傾けて……という性質の研究開発ではないだろう。

ただ、Facebookは2年前に欧州の通信衛星企業ユーテルサットと共同でアフリカ向けにサービスする予定だった通信衛星「AMOS-6」を、打ち上げ前にSpaceXのFalcon9ロケット事故で失ったという苦い経験がある。

2016年9月、Facebookが利用する予定だったAMOS-6衛星(衛星所有はイスラエルのSpacecom)は、SpaceXのFalocon 9ロケットに搭載後、機体試験中に爆発事故が起きて衛星ごと失われた。

今度は他社の衛星を借りるのではなく、より直接的に子会社を通じて、SpaceXの衛星通信網を凌ぐ計画へと発展させようとしているのかもしれない。

(文・秋山文野)

編集部より:初出時、笠松章史氏のお名前の漢字表記などに誤りがありました。読者の皆様ならびに関係各位にお詫びして訂正致します。 2018年5月14日 12:45

秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。

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