「伝統、だけど新しい」酒造ベンチャーが開拓する“酒ビジネス”、「伸びしろ」はここにある

MBAホルダーや、外資コンサルタント経験者といった「数字に強い」人材が、日本酒やビール業界への「異業種参入」している。若者のアルコール離れが指摘されるなか、彼らが見るマーケットの勝算とは?

Business Insider Japanが開催したイベント「『酒造ベンチャー』作り手と語る〜スタートアップ×伝統酒蔵で生まれた『新しいお酒』」では、その生々しいマーケットの状況と、ベンチャーの参入余地が語られた。

日本酒イベント

登壇者3人。左から元BCG(ボストンコンサルティング・グループ)で現在日本酒の開発・販売の「WAKAZE」社長を務める稲川琢磨さん、元サイバーエージェントで現在はクラフトビールを作る「Far Yeast Brewing」社長の山田司朗さん、JPモルガン証券、AKB48プロジェクトの事業開発を経てSAKEセレクトショップ「未来日本酒店DAIKANYAMA」を経営する山本祐也さん。

アメリカで激増中のクラフトビール、参入企業は3年で2倍に

国内有数のクラフトビールのベンチャーで、独特の味わいの「馨和 KAGUA」シリーズなどで知られる、Far Yeast Brewing社長の山田司朗さんはこう語る。

ビール

アメリカのクラフトビール業界は金額ベースで▲1.2%、一方、クラフトビールは5%の伸び。

山田:2017年のアメリカのビール業界は、金額ベースで12.3兆円のマーケット。うち、クラフトビールは2.9兆円で、金額ベースで、23%、ボリュームベースで12.7%を占めます。

対前年比で見ると、ビール市場全体はアメリカに限らず、先進国でも1%のペースで落ちています。アメリカの場合、金額ベースでマイナス1.2%(とシュリンクしていますが)、一方、クラフトビールはプラス5%とすごい勢いで伸びています。2、3年前はさらに10%の伸びでした。

日本は、ビール市場全体で約2兆円規模と言われています。クラフトビールは、そのうちおおよそ数百億円と考えられます。

つまり、日本のビール市場全体よりも、アメリカのクラフトビールの市場規模の方が大きいのです。

参考として、企業の時価総額を比べてみると、クラフトビールの業界で唯一、上場しているボストン・ビア社の時価総額は3000億円、一方サッポロビールが2300億円、クラフトビール大手の方が日本の大手より規模が大きい。

クラフトビールへの新規参入は日本でも伸びているし、世界的に見ても同様です。特にアメリカでは3年前は3000社だったが、今は6000社と2倍になっています。

課題は「珍しいビール」からの脱却

ビール

参加者に製法の説明をする山田さん(右)。

山田:私の会社は創業して6年で、17カ国に進出しています。ビール文化は欧米の方が進んでますし、海外で販売する方が楽です。アメリカはビールが文化的にも成熟しているので、わざわざ日本から持ってくる理由が必要です。

17カ国に進出した成果はありますが、このままだと、「珍しいビールだから、日本からわざわざ取り寄せよう」とするインポーターのようになってしまう(という危機感があります)。今後、ビジネスとしてどうスケールさせていくかは、慎重に考えています。

日本酒ベンチャーは難しい、新規参入の障壁は「免許」

日本酒

日本酒の国内での出荷量・酒蔵は2〜3%、毎年減少している。

一方、「日本酒業界の新規参入は難しい」と語るのは、自ら新しい日本酒を仕掛けるWAKAZE社長の稲川琢磨さんだ。

稲川:日本酒業界は毎年、出荷量がマイナス3%で落ち、酒蔵の数も減り続けています。毎年毎年、日本の伝統文化が失われています。海外向けには、日本酒の輸出額は10%くらいの伸び、ワインに比べて輸出額は70倍の開きがあります。この開きはなぜ生まれるか?

これには、2つ理由があります。1つは法律の問題。60キロリットル以上をつくらないと、免許を取れません。免許取得が非常に難しく、新規参入のハードルが高い。もう1つは、メーカーとして老舗蔵がありがたがられること。

(酒蔵にお願いして作ってもらう)委託醸造からスタートし、自社醸造にステップアップしていくのがワイン、ビールでは当たり前のはず。なぜか日本酒では、委託醸造してステップアップできない。ここが本質的な問題点だと考えています。

海外では醸造場が爆発的に増える

日本酒

将来的に、海外と日本を9対1の出荷量にしたいという稲川さん(左)。

稲川:(そこで考えたのが)「その他醸造酒」という分類の免許を使うことです。これなら、6キロリットルで免許がとれるので、ベンチャーでも手が届きます。伝統的な作りもできます。僕はここがチャンスだと思います。

うちは1つの蔵に「その他醸造酒」の分類で委託醸造して、レシピに基づいて、お酒をつくってもらっています。ワイン樽熟成の日本酒や、ゆずや山椒、生姜を発酵中に加えて調和を生むボタニカル(植物原料を混ぜて醸造する手法)で作ったりしています。

山椒、ゆず、レモンの皮を発酵中に入れると、なぜかライチの香りが出ました。これが面白い。最初は蔵に断られることがありましたが、クラウドファンディングで計300万円くらい集め、実績も出ました。

7月には自社の醸造場兼バーを三軒茶屋にオープンします。2020年に向けて、フランスで自社の蔵も作ろうとしています。(Makuakeで実施中の「SAKE醸造所&BAR」のクラウドファンディングはこちらから

海外でも醸造所が爆発的に増えています。フランス、ニューヨーク、ブラジル、カナダ、ノルウェー、中国、台湾、タイ、ベトナム、オーストラリア、ロンドンで蔵がつくられていて、多様性の時代に入っています。

弊社は国内・海外の売上比率が9:1ですが、今後は1:9にしていきたい。これから世界では1000蔵くらいが誕生してくるかもしれない。(私たちは)海外と日本の蔵の数が同数になり、逆転が起きることを危惧しています。私たちが海外に切り込み、リーディングイノベーターとして引っ張りたいです。

日本酒は「アクセサビリティ」が低い

日本酒

日本酒の好みを診断できるキットを作り、吉祥寺に「AI酒バー」をオープンする山本さん(右)。

「酒造ベンチャー」としてお酒の世界に挑む山田さん、稲川さんとは異なり、「酒屋」の観点から参入するのは「未来日本酒店DAIKANYAMA」を経営する山本祐也さんだ。

山本さんは酒の売り手の立場から、日本酒が広まりにくい現状をこう分析する。

山本:弊社は、(日本酒業界において、セレクトショップの)バーニーズニューヨークのような存在を目指して、エッジの効いた商品を発信していこうとしています。コメと麦は世界の二大穀物です。

ビール市場は世界で60兆円、日本酒は今、6000〜7000億円と言われているので、あと100倍は大きくなることが、穀物ベースでは予想できます。

市場規模を狭めている問題はいくつかあります。

日本酒の酒屋の問題点は、1つには、アクセサビリティ(アクセスのしやすさ)が低いこと。例えばコンビニやスーパーの仕入れるものは、大手問屋が間に挟まっています。酒屋が大手問屋から常に仕入れられるのは、100蔵くらい。全国にある1400蔵のうち1300蔵の商品は、そもそもお客さんが気軽に手に取れるコンビニやスーパーにほとんどない。もう1つは、日本酒は「ジャケ買い」が大前提ということ。音楽のように聴いてから買う、味わってから買うというのは無理だからです。

日本酒の好みを分析するアプリ「Yummy Sake」

ai酒バー

山本さんらが開発した、酒の好みの判断アプリ。10種の日本酒を試飲し、診断する。

山本さんは2017年7月から問屋を通さず、直取引のお酒のセレクトショップ「未来日本酒店」を代官山にオープンした。

山本:すべて飲んで買えるようにして、「ジャケ買い」のリスクを減らします。2018年6月は吉祥寺に“AI酒バー”をオープンさせ、今後、ロンドンにも“AI酒バー”をオープンさせる計画です。

AI酒バーは、10種類の日本酒を試飲し、簡単な質問に答え、自分の好みを判定するアプリ「Yummy Sake」(自社開発)を使い、自身に合ったお酒に出合えます。味覚のタイプは、「Kyun Kyun」「Shara Shara」など、オノマトペ(擬音語)で表現できる12のカテゴリーに分類されます(「Yummy Sake」は5月30日〜6月3日まで、渋谷に期間限定のバーもオープンする。詳しくはこちらから)。

日本酒はワインに比べ、パラメーターが多い。精米歩合いや米の状態など、(仕上がりを左右する)要素が多い。

(アプリを使って自分の好みが的確に把握できれば)日本酒の初心者や海外ユーザーも「ジャケ買い」に頼らず、気軽に日本酒を楽しめます。「Kyun Kyunパーティー」など、味覚が合う人だけが集まるイベントもやりたい。例えば、飲食店では、判定結果を見せると、好みにあったおつまみも用意されているといった仕組みも作れます。

日本酒

山本さんが持ち込んだ、食前、食中、食後のタイプ分類のスライド。イベントでは、このほとんどを実際の飲むことができた。

日本酒

6種類のお酒は、同じビール、日本酒でも、味、香り、色が異なり、温度によっても味に変化が出る。参加者は、試飲キットとともに楽しんだ。


酒造ベンチャーの実行者から見る「お酒のマーケット分析」は、非常に興味深い。Business Insider Japanではまた別の機会を設けて、イベントや取材記事を通して「伝統的、だけど新しい」というこのフードビジネスを追いかけていくつもりだ。

(構成・撮影、木許はるみ)

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