【佐藤優徹底解説:激動する北朝鮮問題】金正恩の“対話路線”は本物か

佐藤優氏

これまで核とミサイルでアメリカや近隣諸国を“脅し”続けてきた北朝鮮が、突然対話路線に転じたのはなぜか。

ここに来て、北朝鮮側は南北高官対談を急遽中止し、「米朝首脳会談の中止」までほのめかしている。一体彼らの対話路線はどこまで本物なのか。

作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏に北朝鮮情勢を徹底解説してもらう2回目は、金正恩氏の狙いについて。

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「変節」ではなく「戦略的選択」

浜田敬子BIJ統括編集長(以下、浜田):佐藤さんは今の北朝鮮をどうご覧になってますか。なぜ北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、ミサイル・核外交から一転、「対話外交」に、そして非核化に“転向”“変節”したのでしょうか?

佐藤優さん(以下、佐藤):それは、金正恩体制が確立されたということです。象徴的なのは、2018年の元日の国民向けのテレビ演説で金正恩氏が背広を着て出てきたこと。そこには金日成・金正日のバッジがなかったのです。要するに父・金正日(朝鮮労働党総書記)や祖父・金日成(国家主席)の遺訓政治から脱却し、「フリーハンド(自由裁量)」でやっていくと宣言したのです。フリーハンドには、核兵器を作って大陸間弾道ミサイルを作るという選択肢もあれば、それを廃絶するという選択肢もあるということです。

浜田:なるほど。最後まで強硬路線で体制を維持するという選択肢と、大胆に妥協するという選択肢があったと。そう考えると、今回は「変節」というよりは「選択」ということになりますね。

佐藤優さん

撮影:今村拓馬

佐藤:そうです。金正恩氏が戦略的に選んだということです。私が2017年から何度も強調して言っていることですが、世界は制裁と圧力の時代はすでに終わり、対話と妥協の時代に入ったのです。金正恩氏もトランプ大統領もこの基本文法に従っているということです。

浜田:いつの段階から金正恩氏は、その選択肢を考えていたんでしょうか。

佐藤:遅くとも2014年には考えていたと思います。彼の戦略的な“目”や、情報を分析する能力・判断力はとても優れています。

浜田:異母兄である金正男氏など親族を殺害し、朝鮮人民軍幹部を処刑にして、「非常に残虐な人間」という印象もありますが。

佐藤:精神に変調をきたしている人間は、一つのシステムを長期間維持することはできません。金正恩氏の「残虐性」には自らの権力基盤を強化するという合理的計算があります。

もう少し掘り下げて、金正恩氏の内在的論理を考えてみましょう。73年前の日本の「國體(国家の在り方)」を考えるとわかります。1945年8月15日の玉音放送によって日本の戦争は終わりました。諸外国は日本がそういう終わり方をすんなりと受け入れられるか危惧していました。「日本民族が歴史に残ればいい」と考えて、最後の1人までが神風攻撃の延長線上で徹底抗戦を続けるのではないかと。でも日本人はそんな道は選ばなかった。そういう感覚とそれほど離れてはいません。

ただし気がかりなのは彼の責任感についてです。例えば日本の政治家やトランプ氏は、人類を何千人何万人と巻き添えにするような核戦争を起こしてはならないという責任感を持っています。彼にそれがあるかどうかは分かりません。

失わせられるのは攻撃「能力」ではなく「意思」

浜田:となると、日本は北朝鮮の脅威にさらされ続けるということでしょうか?

佐藤:ここでまず、脅威というものは何によって形成されるのかを確認しましょう。脅威は意思と能力によって構成されます。

例えばアメリカは日本全土を完全に破壊するだけの核弾道ミサイルを持っている。でも日本にとってアメリカは脅威ではない。なぜならアメリカに日本を破壊する意思がないから。ロシアや中国も同様です。

ミサイル発射実験を見守る金正恩朝鮮労働党委員長。

ミサイル発射実験を見守る金正恩朝鮮労働党委員長。

KCNA via REUTERS

では、なぜ今、北朝鮮が日本にとって脅威なのか。これまでは北朝鮮には日本を攻撃する意思はあったけれど能力がなかった。現在、その能力を持ちつつある、あるいはすでに持っている。核の小型化に成功すれば、中距離弾道ミサイルへの搭載も可能です。

2017年9月の核実験の規模はこれまでの約10倍の160キロトンだった。これは広島原爆の10倍の威力で、仮に東京スカイツリーの上で爆発させたら300万人くらい死ぬ計算になります。

浜田:日本はその脅威から逃れられるんでしょうか。今回の米朝首脳会談は「日本の脅威」にどんな影響を及ぼすのでしょうか?

佐藤:能力を失わせる方法は二つ。一つは外交手段によって。もう一つは武力攻撃によってです。2017年の数字ではありますが、元幹部から聞いた外務省のシミュレーションでは、北朝鮮が先制攻撃したらソウルは2日で陥落して35万人が死ぬ。その後、2カ月でアメリカは北朝鮮全域を制圧できる。ただ、ざっくり見積もって200万人以上の死者が出る。第二次世界大戦での日本の軍人と民間人の死者の合計である310万人に匹敵するような戦争が起こり得るんです。

一方、忘れてならないのは、朝鮮戦争は今の国際法では「朝鮮戦争休戦協定」が結ばれているだけで、戦争状態が続いているということです。仮に休戦協定が破られたら、また戦闘が始まります。その場合、「朝鮮国連軍地位協定」に基づいて日本のホワイトビーチ、嘉手納、普天間、佐世保、横須賀、座間、横田の基地を提供しなくてはならない。そうなれば、日本は北朝鮮から100%攻撃されます。国内で最低でも数千人は死ぬでしょう。これは通常兵器を使った場合の数字で、核兵器を使ったら桁違いになります。

民主主義国の政治家はこれほど甚大な被害が出る戦争は始められません。つまり、北朝鮮の能力を失わせるのは不可能です。意思を失わせるしか、脅威から逃れる方法はないんです。

五輪参加表明で韓国に恩を売った北朝鮮

金正恩労働党委員長(左)と

板門店の国境に立つ金正恩朝鮮労働党委員長(左)と文在寅韓国大統領(右)。

浜田:北朝鮮はなぜこのタイミングで、対話という「選択」をしたのでしょうか?トランプ氏の経済制裁や圧力が効いたと思われますか。

佐藤:むしろ韓国ファクターです。南北首脳会談開催発表のタイミングをチェックしてみてください。発表の直前に韓国の文在寅大統領の後継者といわれていた安熙正(前忠清南道知事)のレイプ疑惑が報道され、大ニュースになっていた。そのタイミングで北朝鮮が(南北首脳会談の開催を)発表したことで、レイプ疑惑のニュースが飛んだ。これは明らかに文在寅政権への助け舟です。金正恩氏はずっとこういうタイミングを計っていたんです。

直接的なスタートは、今冬の平昌五輪で金正恩氏の妹、金与正氏がペンス米副大統領に会いたいと言った時です。結局、北朝鮮側がドタキャンして会談は実現しなかった。でも、北朝鮮は最初からドタキャンするつもりだった。なぜならロイヤルファミリーである与正氏が交渉で失敗するわけにはいかないからです。単に瀬踏みをしたかった。この件で、アメリカには少なくとも北朝鮮と対話する意思があるということがわかったのです。

金与正氏と金正恩朝鮮労働党委員長

金与正氏(左)のサポートを受けながら、書面にサインする金正恩朝鮮労働党委員長(右)。

Korea Summit Press Pool/Pool via Reuters

浜田:与正氏は、正恩氏にとってどういう位置付けですか。

佐藤:2013年に刊行された正恩氏の著作集に、彼の書いた手紙が掲載されています。そこには、人の血は遺伝しても思想は遺伝しない、と書かれています。これは、血筋と正しい思想、その二つを持っていないとだめだということです。

また、正日氏が2001年にロシアを訪問した際、極東連邦管区大統領全権代表のプリコフスキー氏に対して、正恩氏と与正氏には政治的適性があると話したそうです。今の北朝鮮はその見立て通り、正恩氏が指導し、与正氏がそれを助けています。おそらく、冒頭で言った金正恩体制も、この二人が協力してつくったものでしょう。血筋と思想の両方を持つ与正氏は、正恩氏と一体と見ていいと思います。

(構成・宮本由貴子、写真・今村拓馬)


佐藤 優(さとう・まさる):作家、元外務省主任分析官。1960年東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。85年外務省入省。在ロシア連邦日本国大使館勤務後、対ロシア外交の最前線で情報収集・分析のエキスパートとして活躍。主な著書に『国家の罠–外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)など。最新刊は『十五の夏』。

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