シリコンバレーに住んでいると、実態以上にテスラが大会社に見えてしまう。街中で見かけるクルマの体感シェアでは、トヨタやホンダには負けるけれど、ニッサンよりは多いように見え、堂々たる世界の大手自動車メーカーの一角のように感じられる。
当然、これはシリコンバレーだけの現象で、一歩この地を離れればめったに見かけないし、ディーラーもポツンポツンと点在する程度だ。そこは、常に頭の中で補正をかけなければいけない。
シリコンバレーの高級スーパーやオフィスなどが入居するモールの駐車場には、こうしたテスラ専用充電ステーションが設置されている。係員によると、1日100台ほどが利用するシリコンバレー地域でも最も利用者が多いステーションの一つだという。 テスラはこうした専用充電ステーションを急速に増設している。
撮影:海部美知
そんな当地でも、最近テスラに対する風当たりが強くなっている。普及型車「Model 3」の生産遅れとそれに起因する経営難の噂や、オートパイロット技術を搭載した車の事故などがメディアに頻繁に登場する。
一方で、これまた体感で恐縮だが、ユーザーはあまり動揺しておらず、相変わらず購入意欲は高いように見受けられ、シリコンバレーではテスラに対しての見解が、明暗入り乱れて複雑な様相を呈している。
相次ぐ事故と次々辞職する社員
2018年3月、シリコンバレーを南北に走る高速101号線のマウンテンビュー区間で、アップルのエンジニアがテスラのModel Xで工事用車線分離ブロックに激突して死亡した。
高速道路での事故はどの自動車でも悲惨だが、この事故は、車の前半分が完全に燃えてなくなり、座席から後ろしか残っていない壮絶な写真がショッキングで、大騒ぎとなった。
この事故では、部分自動運転「オートパイロット」が作動中であったことが分かっており、また車のオーナーが過去に何度も、同じ場所で車が勝手に蛇行しはじめる問題をディーラーに持ち込んでいたにもかかわらず、解決していなかったと報じられている。
また、5月11日にはユタ州で、赤信号で停車中の消防車にModel Sが時速100キロで追突する事故が発生。調査の結果、運転手が「スマホを見ていた」不注意事故だったようだが、またしてもグチャグチャになったてすらの写真が流布してしまった。
オートパイロットを巡り、3月の死亡事故を含む合計4件の事故が連邦政府当局(National Transpotation Safety Board, NTSB)の調査対象となっているが、この交渉を担当するテスラ側の安全対策幹部の1人は最近辞職した。
この「やたらに人が辞める」というのも、不安な傾向の一つだ。
上記の安全対策幹部の他にも、その2日前には製造担当の幹部が期限不明の「休職」を表明。2017年から2018年にかけて、幹部が次々と辞めている。(下表参照)
出典:報道より筆者まとめ
人の出入りが激しいのはシリコンバレー企業の常ではあるが、それにしても、現在特に忙しいはずのオートパイロットや製造の責任者が、修羅場の真っ最中に辞めるというのは尋常ではない。
地元のエンジニアの間では「テスラ勤務」の経歴は見栄えがよいので入社するものの、あまりのプレッシャーと長時間労働で、2年程度で退社する人も少なくないと言われている。内部の人が勤務状況の評価を書き込むサイト、グラスドア(最近リクルートが買収したことで知られる)では、「仕事がチャレンジングで面白い」とポジティブに評価する人でも、ほとんどが「だが、長時間労働で仕事がキツイ」と付け加えている。
確かに、オートパイロットの技術や、業績の焦点となっている製造部門では、ただでさえ事故の調査などで混乱し多忙な上に、社内外からのプレッシャーも予想される。
アジャイル製造の限界
経営の上での最大課題は「製造」の遅れである。
テスラは、「週に5000台」の生産スピードを目標としているが、すでにその目標期限を2回ミスしており、5月3日に発表された第1四半期業績では、4月に最大で2270台までとなっており、ライン改善のために5日間生産を停止した。
製造の問題点について、Ars Technicaの記事では、(1)一気に高度自動化工場を作ろうとした無理(2)ソフトウェアの「アジャイル」手法を自動車製造に持ち込もうとしている無理、の2つを挙げている。
自動車の工場は、実は今でも意外に手作業が多い。世界の産業用ロボットの最大のユーザーは自動車産業であるが、その多くは「溶接」用のロボットであり、組立工程は人がやっているものが多い。
単に人を排して自動化すればコストが安くなるというものではない。スループットが早くなって、機械に投資した分が早く償却され、単位あたりの人件費よりも償却費のほうが小さくなれば安くなるという話で、現実には人が部品を組み立てるほうが早くて安いから、そうなっている。
昨年4月開催のハノーバーフェアで実演された、ロボットがテスラ車のタイヤを換える様子
REUTERS/Fabian Bimmer
すでに生産量で大きな差がある既存の自動車メーカーに対し、同じことをやっていたのでは負けてしまう。それで、イーロン・マスクは「最初から高度に自動化した工場を作って、ロボットを速く動かしてコストを低減する」という戦略を採用した。
しかし、目論見通りに行かなかった。特に、バッテリー・モジュールまわりの組み立てに苦戦していると記事は伝えており、既存の自動車メーカーでもあまり経験値がない部分に当たる。
既存自動車メーカーでは、量産ラインを動かす前にプロトタイプで製造ツールの確認を行い、完全に動くようになって初めて量産に入るが、テスラでは「いきなりプロダクションに入り、不具合が出たらその都度、頻繁に手直しする」という。
このやり方は、まるでソフトウェアでは今やスタンダードになっており、「アジャイル」と呼ばれる手法のようなものだ。ソフトならその日のうちにコードを書き直してサーバーに投入すればよいが、自動車の製造ラインでは「手直し」のコストも期間もはるかに大きく、製造担当者も部品・ツールのベンダーも大変な迷惑と混乱に陥る。4月の製造ライン停止もその「手直し」の一環と見られている。
このArs Technica記事に対し、イーロン・マスクが「ハッカソンで解決法を探しているから大丈夫」とツイートして、またもや物議をかもしている。
ハッカソンとは、主にソフトウェアにおいて、特定のテーマや問題を課題として与え、社内または社外も含めた開発者を集め、一定の期間中に競争で解決法や作品をつくらせ、評価・表彰するコンテストのことで、シリコンバレーではよく行われるが、「PRイベント、お祭り」のイメージが強い。こんな「クリティカルな」「自動車の」「量産の」問題にハッカソンとは、私は思わず「(゚Д゚)ハァ?」という顔文字そのままの反応になってしまった。
普通の自動車会社になってよいのか
イーロン・マスク氏は「自ら製造ラインに寝泊まりしてでも」と言っているが……。
REUTERS/Joe Skipper
担当者が次々と辞めてしまうので、4月にはイーロン・マスクが「製造ラインに寝泊まりしてでも、自分で解決する」と乗り込み、5月14日には組織をよりフラット化する(ただし具体的に誰が何を担当という発表はナシ)と従業員向けのメッセージを出した。
しかし、途方もない話をぶち上げて実現させてしまう「ビジョナリー」としてのイーロン・マスクは、「当たり前の自動車会社の量産プロセス」をコツコツと実現するという地道な仕事には向いていない、フォードやGMの元社長などを連れてきてマスクと交代させるべき、という声も高まっている。
第1四半期業績発表のアナリスト向け電話会議で、マスクは質問するアナリストを露骨に罵倒する失礼な態度をとり、「いくらなんでも」という空気が広がり、業績そのものはそれほど悪くなかったにもかかわらず、株価が急落した。
予約はしたものの……
Model 3を予約していた私の友人は、いざ納品という連絡を受け取った後に、さまざまなチャージが上乗せされると結果的に5万ドル(ベース価格が3万5000ドル)になると聞き、「それでチープなテスラなら、ちゃんとしたアウディとかのほうがいいかなー」と悩みだしている。この友人のように、予約した人が実際にはあまり購入していない、という報道もあり、そこも気になる。
そもそもバッテリーとモーターのEVでは、ガソリン車に比べて量産効果が小さいと言われており、エンジニアを酷使して生産量を増やしても、たいしてコストが下がらない可能性もある。
「いよいよ資金繰りが危ない、間もなく倒産する」といった観測については、センセーショナリズム的なところもあり、私はあまり信じていないが、明らかにネガティブな話が多くなっている。
といって、既存自動車メーカーの元社長を連れてきたのでは、普通の自動車会社になってしまう。「普通」の新参中小自動車会社では、大メーカーに勝てるわけはない。これまでも、この先も、イーロン・マスクだからこそ「魔法」が可能であるのかは難しいところだ。
この先どうなるかのかは、私にも全く予測はできないが、テスラが「量産自動車会社」になれるかどうかの重要な分岐点に差し掛かっていることは間違いない。
海部美知:ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。日米のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。