売上800億円企業ワコム、生き残りかけた「原点回帰」投資と戦略 —— 新社長はデニム姿の型破り47歳

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ワコムの井出信孝社長。4月1日より、山田正彦氏から社長を引き継いだ。

ワコムは5月11日、2018年3月期(2017年通期)の決算説明会を開催した。2004年6月より社長を務めた山田正彦氏から、井出信孝氏に変わって初の発表の場だった。井出氏は2013年にワコムに入社。シャープ出身で、入社後は、社外に対するライセンス事業や、ペンを使った新事業推進を担当してきた。近年のワコムの技術的トレンドを引っ張ってきた人物が、同社の経営を引き継ぐことになった。

ワコムはいわゆる「デジタルペン」技術の老舗であり、クリエイター向けから一般向けまで、市場からはきわめて強い支持を得ている。一方で、ここ2年ほど、為替や大手取引先との関係などの外的要因により、同社の業績は芳しくなかった。

2017年度に業績が持ち直し、山田氏はバトンを手渡した。新生・井出社長体制が打ち出したのは「テクノロジーカンパニーへの回帰」だった。

業績は持ち直し、「チャプター2」へ舵を切る

2017年度、ワコムの業績は大きく回復している。売上高は15.4%アップの約823億円で、純利益は23.6億円を計上し、前年度の51億円の損失から黒字転換を果たした。

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ワコム業績。2016年度に比べ大幅に改善している。

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収益は前年の特別損失がなくなった分回復。売上の好調さを反映している。

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2016年度に大きな損失を出している理由は、社内の基幹ITシステムに関する資産を、特別損失として計上しているためだ。そもそもの理由は、「導入開始当初において前提としていた売上成長規模を見込めなくなったことから、成長規模に見合うよう導入規模・範囲の見直しを行う」(2017年3月発表・同社リリースより)とされている。堅調ではあるが成長に問題を抱えていたのが、2016年度までのワコムだった……と分析することもできる。

2017年度は、そうした特別損失要因がなくなったゆえの回復と言えるが、井出新社長は、ここからワコムを大きく変えていくと宣言する。

「向こう4年間のキャッチフレーズを『ワコム・チャプター2』と定めた。(中略)ここから4年で、デジタルペンの市場は変わる。ペン以外にも技術革新が起きて、お客様の期待値が変わっていく。そこで、我々の価値である技術を改めて見直し、技術革新を起こす。テクノロジーカンパニーとして、投資や戦略を考えていきたい」(井出社長)

「巨大市場に飲み込まれる」ワコム若手が抱えていた危機感とは

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2018年1月末に、筆者と単独インタビューした際の井出社長。普段は非常にカジュアルな格好が多い。

井出新社長は47歳。前社長の山田氏は60歳だから、大幅な若返りになる。山田氏は技術にこだわりつつ、常にスーツ姿でワールドワイドセールスに注力した人物だった。井出氏は山田氏の下で、各企業とのパートナーシップに伴うライセンス事業などをとりまとめてきた経歴を持つが、働き方はかなり違う。

特定の場を除くと、いつもTシャツにジーンズ。クリエイター気質で、面白い文具に目がない。新社長への就任直前、単独で筆者のインタビューに答えた時も、Tシャツにジーンズというラフな姿だった。

「正直、社長になるなんてまったく予想していなかった。ポジション志向とか、肩書き志向がまったくない人間なので」と、就任への感想を問われた井出氏はそう答えた。

山田氏が社長交代を口にしたのは、2017年3月のことだったという。山田氏は「自分も40代で会社を手渡されたので、そろそろ、という気持ちでいた」と筆者に話している。色々なカテゴリーのリーダーが5、6名集まり、「これからのワコム」についての討議が始まったという。その中核にいたのが井出氏だ。

「このままでは、直面する巨大市場で生き残れない、と感じた。技術で生きていく、という弊社のビジョンは変わらないが、より『できていないこと』に向き合う必要があるのではないか。本当に、お客様に対して『体験』にフォーカスし、良いものを届けられているだろうか、という疑問があった」(井出社長)

ワコムといえば、多くの人が思い出すのが「ペン」。イラストレーターやマンガ家などのクリエイターがタブレットとともに使うデジタルペンの市場では、世界シェア9割(ワコム調べ)と言われ、関連特許も多数取得している。昨今はペン技術を内蔵した機器も増え、同社のライセンス事業も好調だ。

一方で「ITのプラットフォーマーもペンの価値に気付き、いろんなコンペティターが出始めた」(井出社長)。アップルやマイクロソフトは、自社製品で独自のペン技術を使っており、ワコムの技術は、直接的には使われていない。単純に同じものを売っているのでは、巨大プラットフォーマーに市場を獲られる可能性がある。これが、ワコムが感じた「危機感」の正体だ。

プラットフォーマーの内側に入って「戦わない」戦略

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ワコムの公式サイトより。

そこでワコムは、再度「技術」を軸にした会社へと舵を切る。といっても、ペンから離れるのでもないし、プラットフォーマーと対決姿勢もとらない。

現在、他社にペン技術を提供する「ライセンス事業」は拡大傾向にある。ここでは、あえてプラットフォーマーと協調姿勢をとる。

「パートナーと組んでエコシステムを作ることが、飲み込まれない条件。要は、マイクロソフトやグーグルのエコシステムの中にはいるということ。例えばマイクロソフトは独自のペン技術を持っており、一番大きな競合ではあるが、ダイレクトに戦わず、机の下ではしっかり握って、お客様に届けるところで協業している」(井出社長)

ワコムの「AES」と呼ばれるペン技術は、レノボ・HP・東芝・富士通・ASUSなど、主要なPCメーカーのほとんどに採用されている。グーグルの教育市場向けパソコンである「Pixel Book」のペンも、ワコムの技術だ。

マイクロソフトは自社でペン技術をもっており、ワコムのペン技術を使っていない。しかし、両社は以前から、OS上でのペン技術について提携して進めている。ワコムブランド製品の昨年のヒット商品に、マイクロソフトのペンプロトコルにも対応、数多くのPCで横断的に使えるペンである「Bamboo Ink」という製品があるのだが、これもマイクロソフトとワコムの協業による成果だ。

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PCやタブレットにペン技術をライセンスする事業は好調。マイクロソフトやグーグルと協業し、それぞれのOSでの「ペン体験のスタンダード」を維持している。

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「あえて他社に情報を公開してしまうこともある。しかしそれでも、技術的にトラック一周分は優位を保ちつつ、ベストの体験さえ保てばいい」(井出社長)という発想だ。

一方で、過去の経営上の課題となっていたのは、特定のパートナーへの依存度が高かったことだ。同社のペン技術はサムスンの「Galaxy Note」シリーズに搭載されている。GALAXY Noteシリーズが世界的なヒットとなったため、ワコムの業績にも大きな影響を与えていた。最盛期の2014年度には約221億円だった売上高は、2016年には「Galaxy Note 7」の発火事故騒動があり132億円まで下がり、2017年度にもその影響が残り117億円に減っている。

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ここ数年、同社の稼ぎ頭であった、サムスンへのライセンス事業への依存度は、「リスク軽減」のために減る傾向にある。

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「特定顧客への依存は、確かに厳しい。過去には部門売上の7割をサムスンからのものに依存していたが、今は4割に減らした。色々なパートナーとの関係は増えるだろうが、特定の企業との関係に依存するのではなく、ユニバーサルなものにしていく」(井出社長)という戦略だ。

AIで「描線に感情や発想を残す」技術に取り組む

ワコムがこれからの成長源と考えているのはどこだろうか?

「教育市場に特化したデバイスが出ると想定している。そこは新しい市場であり、規模は見えていないが、期待している」(井出社長)状況だ。

また、既存市場についても「ワークフローが深掘りされることを想定している」という。一例として挙げたのがバーチャルリアリティ(VR)の活用だ。今もワコムの技術はCADなどの3D分野に使われているが、今後はVR空間の中で、いきなり3Dで製作する可能性もある。現在同社は、3D空間の中に入り、ペンを使って物体を「描く」技術について、イギリスのベンチャー企業と共同で開発を進めており、将来的なポートフォリオのひとつになる、と期待している。

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5月11日の説明会では、VRを使い「3D空間へのペン描画」のビジネス化についても説明が及んだ。「弊社の姿勢は、35年前に技術者2人で始めたスタートアップ企業の時からぶれていない。だから原点に戻り、純度100%の会社を、もう一歩、歩を進めていこうとしている」。

ワコムのロードマップ

11日の説明会で示された、これからの技術開発の方向性。ペンにVRやAIなどの要素を組み込み、「描いたものの価値」を高める技術に進化させていく。

また、VRと平行して進めているのは、ペンによって描いた情報に「時期」「場所」の情報を加味し、さらには描いた時の描線の動きをAIで解析した上で、発想が生まれる瞬間を捉えることだ。

「書き心地を追求し、クリエイターの完全な右腕になる道具を提供。だがそれだけでなく、想像の瞬間を併走して捉えることができないか。その履歴や文脈を道具で捉えて、デザイナーに提示できれば、大きな価値が生まれるはず」と井出社長は言う。

ペンの情報を「線」と捉えず、時系列や場所、場合によっては脳波などの付加情報を加え、感情を記録していく道具として使う……。これが、ワコムの未来戦略だ。手書きの価値を高め、「キーボードとは違う表現の道」を追求することが同社の生き残りには重要で、積極的な技術投資を進めていくという。

(文、写真・西田宗千佳)


西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。

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