日本の「AIモンスター」がアリババ会長と話して分かったこと

中国の電子商取引最大手アリババグループの馬雲(ジャック・マー)会長が4月末、早稲田大学で対談を行った。1時間で4000人以上の応募があり、抽選で選ばれた1200人(報道関係者など含む)の前でマー会長と対話した3人の若手起業家の1人、AI関連データのセキュリティ事業を手がけるイーグリスの今林広樹CEOが、当日のことを寄稿してくれた。

関連記事「経営者に必要なものは3つのQと情熱」アリババのジャック・マー会長が未来の起業家に向けて語る

アリババ、ジャック・マー会長

ジャック・マー会長は4月、早稲田大学で講演。一緒に登壇する若手企業家たちとの打ち合わせでは熱心に話を聞いたという(写真はイスラエル・テルアビブ大学で)。

Reuters

「テクノロジーのことは全然わからないんだ」

マー会長はその日、屈強そうなボディガードと思われる白人男性を含む5人ほどで、私たち登壇者が待つ控室に入ってきた。さぞ威圧感のある方だろうと想像していたが、意外なほどに柔和な雰囲気で、始終笑顔を振りまいていた。

オーラをまとっている感じはあっても、偉い人(偉そうな人)を思わせる態度は一切なく、親しみを込めて言えば、そこら辺にいるおっちゃんのような優しい空気の人だった。おかげでほとんど緊張せずに済んだ。

世界で最も知られる多忙な起業家なので、登壇まで会話の機会はないだろうと思っていたが、「一緒に登壇する起業家たちがどんな人物で、何を考えているのかを少しでも知っておきたい」というマー会長たっての希望で、控室で会話の時間が与えられた。日本の若い起業家たちと話す時間のために、そうした準備をしようという姿勢にまず感銘を受けた。

また、マー会長はスマホにもタブレットにも、一度も手をつけず、こちらの話に真剣に耳を傾けていた。世界を駆け巡る多忙な起業家というイメージが先行していたからかもしれないが、これは意外なことだった。

大学での専攻を問われたので、博士課程に在籍しながらベンチャーを立ち上げ、長期的な視点に立って、人工知能(AI)が生活に根づいた時代に必要となるセキュリティを提供するための研究開発を行っていると答えた。

マー会長の反応は意外なもので、「正直、テクノロジーのことは私は全然分からないんだ」と。それでも、それ(AIのデータセキュリティ)は「絶対に重要な概念だと思う」と断言したのがとても印象的だった。

「人が良いと言うことを信じていてはダメ」

ジャック・マー会長

「身ぶり手ぶりで表現するためか、用意された手持ちマイクに代えてピンマイクを要求していたのが印象に残っている」(今林氏)。

撮影:小林優多郎

登壇後、マー会長には2つ質問をした。自分で立ち上げた会社に関するリアルな疑問で、アリババを世界のトップ企業へと導いたマー会長の意見を聞いてみたかった。

1つは、自分が選んだ「AI時代のデータセキュリティ」という事業の柱について。

インターネットバブルが弾ける寸前の1999年にアリババを創業し、インターネットビジネスの知名度や信頼度が低く、波に乗っていない時期を乗り切って成功したマー会長の経験とは、比べるのもおこがましいけれども、AIが十分普及していないこの時代に、先んじてそのセキュリティ確保の重要性を主張する自分と重なるところがあると思っている。要するに、顕在化していないニーズとどう向き合うか、という問題だ。

マー会長の答えは「自分を信じることだ」というシンプルなものだった。

「自分たちは正しいことをしているか。今やっていることは仕事と呼ぶにふさわしいものなのか。本当に実現できるのか。自分がやることに対して確たる信念を持っていなくてはならない。ベンチャーキャピタリストが信じてくれること、資金があることを信じても何にもならない。人が良いと言うことを信じていてはダメなのだ」

AIが生活に根づいた時代など本当に来るのか。AI時代の先を読んで研究開発やビジネスを展開することに意味があるのか。そんな自分への終わりなき問いかけを、マー会長も(テーマこそ違えど)長い間続けてきたことを知って、素直に勇気づけられた。

加えて、対話の最後に改めて「データセキュリティは絶対に重要だ、100%間違いない」と言ってくれたことも、自分にとっては背中を押されたような気がした。

「使える時間の30%は仲間とのコミュニケーションに当てろ」

ジャック・マー会長

2005年にヤフー・チャイナを買収して世界にその名を轟かせた当時のジャック・マー会長。

Reuters

マー会長にぶつけたもう1つの疑問は、チームのリーダーでもある企業家は、どうやって信頼関係を維持したらいいのかということ。事業が本格化して忙しくなり、会社のメンバーと十分なコミュニケーションをとる時間もなく、信頼関係を築くためには一体どうしたらいいのか。自分にとっては切実な問題だった。

返ってきた答えはやはりシンプルで、「自分を信じてもらえるように動くこと、それが最初だ」。具体的には「使える時間の少なくとも30%は仲間とのコミュニケーションに当てろ」と。

明快な回答だ。しかし、幸運にも出会えた自分の仲間たちはみな素晴らしい能力の持ち主で、信じてもらえるように動けと言われても、それに値するように動くのは簡単ではない。マー会長を創業期に支えた仲間たちも、おそらくは頭が良いとか何かしら優れた能力を持った人たちだったはずだ。人材をマネジメントする上での苦労がたくさんあっただろう。

ところが、冗談半分なのか、会長は笑いながらこう話した。

「私はラッキーだった。アリババの17人の創業者たちは、私の話を聞いてくれた上に、その中で私が一番頭が良かった」

「MBAホルダーは頭が良いからCEOになりたがるし、戦略を立てるとか頭を使った議論はするが、(ベンチャーの現場で肝心な)手を動かさない。そういうスマートな人たちを使うのは実際難しい。だから、同じビジョンを共有できる人とやっていけばいい。辞めるならそれはそれで構わないじゃないか

「人」に対して洗練された感覚の持ち主

一連の会話を終えて、スティーブ・ジョブズが「物」に対する洗練された感覚を持った人だとしたら、マー会長は「人」に対して洗練された感覚を持っている人だと感じた

他の講演でもマー会長がよく口にする、「起業家にはIQ(知能指数)だけでなく、EQ(Emotional Intelligence Quotient、心の指数)とLQ(Love Quotient、愛の指数)が必要だ」という考えを、今回も強調していた。講演に随行したスタッフたちがことごとく、マー会長の人間性に惹かれてサポートしているように見えたのも、彼が心や愛を重んじていることと関係しているのだろう。

歓声に包まれた講演会場

マー会長への大歓声に包まれた早稲田大学の講演会場。

撮影:小林優多郎

降壇後、マー会長に感謝を伝えるため近づこうとしたが、中国の方々(あるいは記者の方々も混じっていたのだろうか)が会長を取り囲み、その機会は得られなかった。騒ぎが収まるまで待とうと片隅で待機していたが、マー会長はいつの間にか姿を消していた。

革命者に例えられるスティーブ・ジョブズのようなアーティストとはまた違って、マー会長はどんな人とでもバイアスなく接せられる魅力で世の中を良い方向に誘導していく、ある意味で「宇宙人」のような経営者だと感じた。

(取材/構成・川村力)


今林広樹(いまばやし・ひろき):早稲田大学先進理工学部生命医科学科、同大学院基幹理工学研究科情報理工専攻を経て、シリコンバレーのスタートアップでデータサイエンティストとして勤務。2016年に帰国し、科学技術支援機構の戦略的創造研究促進事業(CREST)研究助手を務め、AI・ビッグデータ解析とデータセキュリティの複合領域で1年で10本以上の論文執筆や国際発表を行い、博士課程に飛び級進学、大学院本専攻賞を受賞。日本経済新聞社より「AIモンスター」称号、文部科学省より「セキュリティ・スペシャリスト」称号。AI時代のデータセキュリティ課題を解決するため、EAGLYS(イーグリス)株式会社を起業。

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい