複業研究家・西村創一朗さんが、さまざまな分野で活躍するボーダレスワーカーを訪ねる連載企画。今回は、灘高校時代から国内外で受賞実績を集める「天才プログラマー」として注目され、現在は、大学生と企業CTO(最高技術責任者)を兼任する矢倉大夢(ひろむ)さん。突出した才能を磨いた原体験と、キャリア観をじっくり聞いた。
複業研究家の西村創一朗さん(左)と「天才プログラマー」矢倉大夢さん(右)。
撮影:竹井俊晴
*矢倉さんに学ぶ、ボーダーレスワーカーの仕事術
- 人と同じことはやらない
- 自分を俯瞰する力を身につける
- 未知の領域を楽しむ
技術をどう活かすと、世の中はもっと楽しくなるか?
西村創一朗さん(以下、西村):高校時代から天才プログラマーとして活躍し、現在は筑波大学に通いながら、CTOとして企業経営にも携わっていらっしゃる。矢倉さんはまさに新時代のボーダレスワーカーの象徴だと思っています。改めて、現在の生活について教えていただけますか?
矢倉大夢さん(以下、矢倉):今、大学4年次なのですが、卒業に必要な単位はすでに取得してしまったので、メインで活動しているのはここチームボックスです。もう一つ、産業技術総合研究所(産総研)にインターンとして参加して論文を書いたりもしているので、その忙しさにもよりますが、生活全体の60〜90%は、仕事に使っている感じです。
撮影:竹井俊晴
西村:チームボックスに参加されたのはいつからですか?
矢倉:高校3年の1月なので、もう3年経ちました。特別入試枠で大学も決まっていて時間があったので「何かしてみようかな」と思っていたときに、同じパソコン部に所属していた先輩に誘われて軽い気持ちで参加したのが、いきなりメンバーが集まるビジョン合宿みたいなもので。「こういうのを作ったら面白いよね」という話に乗せられていくうちに、週3・4日通って開発に深く関わるようになったという流れです。今は開発チーム全体を見ながら、取締役としての役割も担っています。
西村:先輩というのは、現在はCCO(Chief Creative Officer)になっているTehuさんですね。
矢倉さんがプログラミングに触れたのは灘中パソコン部に入ったのがきっかけだったと。プログラミングを小学生からやっていたという人も珍しくない中で、比較的遅めのスタートでした?
矢倉:最近は、当たり前のように小学生の頃から始めていてすごいですよね。自分は、むしろ中学生の頃から始めたのがベストタイミングだったと思っています。小学生の頃は電子工作やアマチュア無線の免許を取るのに夢中で、農業体験を楽しんだり、能楽鑑賞や落語を聴きに行ったりと、プログラミングとは全然関係ないことばかりやっていました。両親の教育方針が「たくさんの選択肢の中から、自分の好きなことを見つけなさい」ということだったんだろうと思います。
多様な分野に触れた上でプログラミングの世界に入ったので、「手元の技術をどう活かすと、世の中はもっと楽しくなるか?」という見方が自然とできている気がします。もしエンジニアリングの楽しさしか知らなければ、基礎研究に打ち込むしかなかったかもしれません。企業活動に自然に入っていけたのも、プログラミング以前の経験があったからかなと思っています。
1時間考えて予測がつくものを10年追いかけても面白くない
西村:習い事は何かやっていたんですか?
矢倉:ピアノは習っていました。でも、中学に入ると周りもピアノを習っている同級生が多かったので、「人と同じことをやっても意味がないな」と思って、途中からそれほど打ち込まなくなりました。
西村:「人と同じことはしたくない」という考えはもともと強いほうですか?
矢倉:そうですね。
撮影:竹井俊晴
西村:多くの人にとっては「人と違うことをする」って怖いことだと思うんです。頭の中では分かっていても、脱線することには抵抗を感じてしまう。矢倉さんはどうしてそのハードルを乗り越えられているのでしょう?
矢倉:うーん、答えになっているか分かりませんが、いつも“不確実なほう”を選んでいるかもしれません。ある対象に興味を持ったときには、それが今後どう発展するかを頭の中でシミュレーションしてみるのですが、10年後の姿をなんとなく想像できるものには興味を持てないんです。1時間考えて予測がつくものを10年追いかけても面白くないので。
西村:不確実なものにこそ、ワクワクすると。
矢倉:はい。怖さは認知の問題、つまり、どう捉えるか次第だと思っています。
西村:矢倉さんは自分自身を俯瞰して見つめる能力が高いんでしょうね。不安は未知の領域に挑戦している証拠だと、ポジティブに捉えられる。なぜ中学ではパソコン部に入ったんですか?
矢倉:当時のパソコン部の部室が古い校舎の隅っこにあって不思議な雰囲気を漂わせていたのが気に入ったという変な理由です(笑)。ピカピカの部室だったら興味を持たなかったかもしれません。プログラミングをやってみていいなと思ったのは、いくらでもやり続けられること。一つの部品がそろっていないだけで作業を止めざるを得ない電子工作と違って、自分の眠気にさえ勝てば制限なしなので。
西村:何が魅力だったんですか?
矢倉:中高の授業で習っていた“思想史”の影響は大きいかもしれないです。人類が太古の昔からこれだけいろいろなことを考え続けてきた歴史があるのだから、コンピューターが登場した現代でそろそろ思想史上のブレークスルーがあってもいいんじゃないかなと思ったんですよね。プログラミングの力によって、人類の思想の整理や蓄積に何らかの貢献ができたらすごく面白いんじゃないかと。さらに、ITの力が人と人の距離を縮める可能性にも興味を持ちました。
プログラミングの世界に魅了された矢倉さんは、世界中のプログラマーが挑戦する「Linuxカーネル」のコースに参加し、見事にバグを発見して修正を投稿して話題に。その後、国内外の競技プログラミングで受賞を連発し、その世界で知られる存在となっていく。
大学に3回合格できるぐらい条件を満たしていた
プログラミングに熱中して成績を下げても両親は放任してくれたと語る矢倉さん。
撮影:竹井俊晴
西村:成功体験による変化はありましたか?
矢倉:自分が作ったものが実際のプロダクトに反映されて、それをたくさんの人が使うものになる面白さを知りましたし、夢を感じるようになりました。
西村:ライバルがたくさんいる中で、矢倉さんが存在感を強めた理由は?
矢倉:単に学校の勉強そっちのけでプログラミングに没頭していたという違いだと思います。帰宅後、予習復習はほとんどせずにプログラミングを深夜1時までぶっ続け、という日もよくありましたから。
西村:ちなみに成績は?
矢倉:入学当初は上のほうだったんですけど、だんだん下がって最後は下の方でしたね。
西村:ご両親は何も言わなかったんですか?
矢倉:放っておいてくれました。今思うと「自己責任で頑張りなさい」と放任主義だったのはありがたかったですね。
西村:「この技術で身を立てていこう」という職業意識が芽生えた転換点は?
矢倉:中3で「未踏」を経験したことは大きかったと思います。国からお金をいただいてソフトウエアを作るという経験をしたことで、単に自分の知的欲求や達成感を満たすだけでなく、ユーザー目線で作るというか社会的還元を目指すゴールを持てるようになりました。
高3の冬に実際の企業活動に参加するようになってから、その意識はより強く持てるようになったと思います。
「未踏」とは:経済産業省所管の独立行政法人情報処理推進機構が主催する「突出したIT人材の発掘と育成」を目的とした公募サポート事業。
西村:社会に出る前に、好きだったプログラミングの技術を課題解決型の活動に活かす意識が定まったというのは、大きなターニングポイントだったでしょうね。
矢倉:そうですね。趣味的にすごくキレイな実装を目指すより、多少不格好であったとしても伝えたいものが伝わるものを優先するようになりました。
西村:なるほど、巧遅よりも拙速だと。高校卒業後の進路も無限に選択肢があったと思いますが、筑波大を選んだ決め手は?
矢倉:入学までのステップが一番ラクだったからです。受験勉強に時間を使うのが惜しいくらい、プログラミングに夢中だったので。調べてみると筑波大なら「未踏」の経験や国際情報オリンピック代表候補2回選抜といった条件を満たせば、ごくシンプルなレポートだけで入れる枠があって。実績を全部足すと、3回合格できるくらい条件を満たしていることが分かったんです。産総研が近いという地理的環境にも惹かれました。
会社経営と研究という二兎を追う矢倉さん。
撮影:竹井俊晴
西村:1人で3回合格分ってすごいですね(笑)。今4年次ということで、そろそろ大学の卒業研究にも入っていく時期ではないですか?
矢倉:そうですね。でも、産総研で国際学会のために準備している論文と比べたらそれほど大変ではなく取り組めそうです。
西村:余力で卒研できちゃうという(笑)。CTOになったのはいつだったんですか?
矢倉:いつだったかなあ。たしか大学1年の秋頃だったか……。
西村:気づけばCTOになってた、みたいな(笑)。
矢倉:そんな感じです。偉そうに聞こえますが、そもそも設立間もないベンチャー企業ですから。今は、開発以外に会社全体のことを見ることも増えてきているので、自分で手を動かす時間は減ってきているかもしれません。
経営と研究に通底する「人とコンピューターの関係」を追う
西村:それをポジティブに受け止めていますか?
矢倉:はい。組織が大きく育たないと、実現したいことがスケールしないので。その分、自分が純粋にやりたい研究は大学や産総研でやっています。そこは切り分けて考えていこうと思っているんです。
西村:賢い切り分けですね。産総研ではどんな研究を?
矢倉:論文発表を準備中の研究テーマが2つあって、1つは音楽情報処理系です。パソコンなどのデバイスの行動履歴を分析して、人が集中できるBGMの特性や傾向を探るというテーマ。一般に「集中するにはクラシック音楽がいい」と言われますが、一人ひとりに適合した音楽の特性を実際に測定しながらベストな環境を見つける研究をしています。
西村:うわぁ、めちゃくちゃ面白そうだし、実生活に役立ちそうですね。その研究にもプログラミング技術が活きているんですよね?
矢倉:そうです。機械学習で推選していくので。もう1つの大学で取り組んでいる研究テーマはサイバーセキュリティー関係で、コンピューターにウィルスが侵入した時の挙動解析を自動で行うためのサポートシステムを開発しています。
西村:まったく違う研究テーマを同時進行で!
矢倉:しかも、会社でやっている実務ともかなり別物です。
西村:まったく異分野のものをあえて同時にやっていく。「一つの道に集中するべし」という価値観が根強い中で、あえて複数のテーマを同時に進めるのはなぜですか?
矢倉さんは同時並行で活動することで思考の幅が広がるという。
撮影:竹井俊晴
矢倉:一見バラバラのようでも、僕の中では全部が根っこでつながっていて、要は「人とコンピューターの関係」を追っかけていきたいんです。根っこは同じだけれど、アプローチが違う複数のテーマを同時にするのが心地いいと感じています。1つだけのことに集中すると、手詰まりになる可能性がある。同時にいろいろな視点を持てる活動をしているほうが、判断や評価をする時の思考の幅は広がるんじゃないかと。
西村:まさにボーダレスワーカー的思考ですね。イノベーションの源は異なるアイデアの組み合わせだと言われますが、異分野のテーマを同時に進める活動が発想の広がりにつながっているのでしょうね。
実際、相乗効果の実感はありますか?
矢倉:活動する世界が広がるほど関われる人の数は増えるので、学べる機会が多く作れます。周りの人のアプローチを取り入れることで、研修手法も発展していくので。
西村:順風満帆に映りますが、挫折や失敗の経験はないんですか?
矢倉:小さな挫折や失敗はいくらでもあって、例えば、論文発表まで準備できた2つの研究も、今に至るまで合わせて3回、学会から落とされています。普通ならプロジェクトを畳む判断をするレベルだと思いますが、指摘を素直に受け止めて、研究の重要性や社会に対する有用性のストーリーを磨き直して、発表できる段階まで持っていきました。
西村:前向きな持続力を備えているんですね。複数の活動を両立させるための工夫はありますか?
矢倉:あまり上手にできていないかもしれないですが、毎朝シャワーを浴びる15分くらいの間に、1日のタスクを整理するのが習慣です。
西村:なぜシャワーの時間に?
矢倉:その時くらいしかネットに接続していない時間がないからです(笑)。
西村:納得です(笑)。経営に関わる時間がより増えてきたということでしたが、矢倉さん自身にとってはどういう価値になっていますか?
矢倉:人間的成長の機会をすごくいただけていると実感しています。プレッシャーもありますが、組織づくりや人の成長の面白さに触れられるのは貴重だなと。
飛び込まなければその価値は分からない
西村:矢倉さんの姿勢で一貫しているのは、「未知への挑戦に対する積極性」ですね。全ての経験を自己の成長と結びつけていく。素晴らしいですね。経営や研究以外の関心ごとは?
西村創一朗さん(左)と矢倉大夢さん(右)。
撮影:竹井俊晴
矢倉:東京で生活を始めてからは、オペラ鑑賞や美術館に足を運ぶようになりました。せっかく上質の演目を楽しめる環境に暮らしているのでそれを思いっきり楽しみたいなと。あと、大学に通っている日は、できるだけ他学部の講義も受けたりして、知見を広げるようにしています。「飛び込んでみなければ、その価値は分からない」のが信条なので。
西村:感性を磨く活動に熱心なんですね。最後に、今後の目標を聞かせてください。
矢倉:関わっている事業の組織を大きく成長させながら、自前で研究ができるようになるといいですね。今チームボックスでも取り組んでいる「大人の学び」という分野はすごく面白いですし、コンピューターの力で「学び」をより再現性高く効率的に進化させていく社会的価値は高いと期待しています。
西村:「大人の学び」は、僕が委員として参加している経済産業省も推進しているキーワードです。しかも、これからは会社に頼らず、個人が独学で必要なスキルを習得していく時代。矢倉式の独学メソッドがあれば教えてください。
矢倉:行き詰まったらすぐに聞くこと、でしょうか。自分から求めさえすれば、ネット上でアドバイスを受けられる環境は整っているので、疑問点はすぐにシェアして解決するようにしています。あと、モチベーションを維持するために、目の前で取り組んでいることが「将来、何にどう役に立ちそうか」ということを常にイメージする意識を持っています。
西村:ぜひ真似したくなる姿勢です。これからの活躍にも注目していきます。ありがとうございました。
(構成・宮本恵里子、写真・竹井俊晴)
矢倉大夢(やくら・ひろむ):1996年大阪府生まれ。灘中学校でパソコン部に在籍し、競技プログラミングに没頭。Supercomputing Contest 2012優勝、第7回日本オープンソースソフトウェア奨励賞、高校生科学技術チャレンジ2012文部科学大臣・富士通賞など受賞し、「高校生天才プログラマー」として知られる。現在、筑波大学で音声・音楽情報処理研究をしながら、企業のグローバルリーダー育成を行う企業、株式会社チームボックスのCTO(最高技術責任者)を務める。さらに国立研究開発法人産業技術総合研究所にも籍を置き、研究を行なっている。