登頂が中止となり、ベースキャンプでくつろぐシェルパたち。2014年4月。
REUTERS/Phurba Tenjing Sherpa
- エベレストは標高8848メートル、世界最高峰。
- ドキュメンタリー映画『クレイジー・フォー・マウンテン(原題:Mountain)』は、最低でも2万5000ドルをかけてエベレストを目指す登山者たちがベルトコンベヤーのように列をなす姿を描いた。
- 映画はまた、現代人がなぜエベレストに心を奪われるのかを探った。
5月21日、エレベストに挑戦中の登山家、栗城史多氏が下山中に死亡したというニュースが伝えられた。今、エベレストは登山シーズンを迎えている。
5月、エベレストのベースキャンプの気温は摂氏マイナス4度くらいにまで上がり、エベレストに吹く風も止む。
すると、一生に一度の体験を求めて、山頂を目指す人たちが数百人単位で集まり始める。費用は、2万5000ドル(約270万円)〜7万5000ドル(約820万円)。
ジェニファー・ピードン監督のドキュメンタリー映画『クレイジー・フォー・マウンテン』(日本公開は7月21日)は、エベレスト登山の現実を描いた作品。人はなぜエベレストに魅せられるのかと、世界有数の山々に挑むアスリートの姿を追った。
ウィレム・デフォーがナレーションを務める本作は、山々に捧げる抒情詩。だが、エベレストに登ったことのない人にとっては驚くべき事実も明かされる —— 頂上までの道のりは渋滞しているのだ。
「到るところに人がいる」と、4度のエベレスト登頂経験を持つピードン監督はBusiness Insiderに語った。
「信じられないくらい人里離れた場所で、ひたすら順番を待たなければならない」
「交通整理が必要な人混み」
登山者用のルートを整備するシェルパ。
Greenwich Entertainment
1953年5月29日、ニュージーランド人のエドモンド・ヒラリー氏とパートナーを務めたネパール人シェルパのテンジン・ノルゲイ氏は、人類初のエベレスト登頂を成し遂げた。以来、エベレストの魅力と威厳に魅せられ、4000人を超す人々が山頂に到達した。
「真に重要な山はたった1つしかないという幻想のようなものが、西洋人の頭の中にある」とピードン監督。
だが、監督の新作ドキュメンタリーは、エベレスト登山の別の一面を明らかにした。スリルを求めてエベレストにやってきた人々は、長く、蛇行する列と混雑したキャンプで身動きが取れなくなることがある。
だから、エベレストには「本物の登山家」はあまりいないとピードン監督は語った。
「エベレスト登頂は成功のシンボル。とてつもない成功であり、忍耐力の大いなる偉業。だが、探検ではない。交通整理が必要な人混み」
ロイターが5月14日に伝えたところによると、その週だけでも約520人がキャンプで身を寄せ合い、8848mの山頂を目指した。
Greenwich Entertainment
とはいうものの、エベレスト登山は、死と隣り合わせ。荷物を運び、ガイドをするシェルパはしばしば大きな危険に身を晒しながら、客である登山者の登頂を手助けしている。
大惨事の1つは、2014年4月18日に起きた。16人のシェルパが雪崩の犠牲となった。偶然、エベレストに居合わせたピードン監督は、その大惨事と生き残ったシェルパの怒りと悲しみを記録し、映画『シェルパ(原題:Sherpa)』(2015年)を制作した。
さらに1年後の2015年4月25日、雪崩でシェルパ10人を含む、少なくとも19人が亡くなる事故が起きた。
「エベレストには、悲劇を感じさせる神秘的な雰囲気が漂っているようで、それがますます魅力を高める結果となっている。今ではひどい混雑で、年々ひどくなる一方」
怖れ知らずの人にとって、山は自然の遊び場
エベレストのベースキャンプ。標高は約5300m。
REUTERS/Navesh Chitrakar
ピードン監督の新作は、エベレスト以外にも目を向けた。ウイングスーツを使ったベースジャンプ、マウンテンバイクでの登山、ロープを使わずに断崖絶壁を登るクライマーなど、オーストラリアからアラスカまで世界中の山々で繰り広げられたエクストリームスポーツが収められた。
映画には、GoProで撮影された絶壁の映像のほか、手持ちカメラやヘリコプター、ドローンの映像が登場する。
映画には、スリルを求める様々な人たちが続々と登場するが、同作の制作者自身もその類の人たちだ。あるシーンでは、登山家でもあるカメラマンのレナン・オズトゥルク(Renan Ozturk)氏が、今にも崩れ落ちそうな場所にかけたつま先を数センチの至近距離から撮影している。
その他、マウンテンバイクに乗って崖から飛び降りるクリフジャンパー、ヘリコプターからジャンプして滑降するスキーヤー、汗まみれで叫ぶロッククライマーなどの映像も盛り込まれた。そのすべてが、背景に流れるオーストラリア室内管弦楽団のクラシック音楽とマッチしている。
かしこまった様子で説明する専門家などは一切登場せず、美しい山々のゆったりとした映像が続く。
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ピードン監督はこの作品で、自然の素晴らしさを楽しむためにわざわざエベレストまで行く必要はないことを示したいと考えた。
「そうした状況に身を置くと、自分自身について多くを学ぶことができる。だが、ただ山にいるためだけのために、危険を冒す必要はない」
(翻訳:遠藤康子/ガリレオ、編集:増田隆幸)