トヨタの決算発表が示した「日本経済の行き先」——モノづくりとイノベーションへの覚悟

トヨタ自動車の豊田章男社長

2018年3月期決算を発表するトヨタ自動車の豊田章男社長。「『自動車をつくる会社』から『モビリティ・カンパニー』にモデルチェンジすることを決断」と宣言。

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トヨタ自動車が2018年3月期の連結決算を発表した。営業利益は過去最高の2兆3998億円と、前期比で4054億円増えた(20%増)。その半分以上を占める2650億円は為替差益。トランプ政権の減税政策などで米国経済が活況を帯び、ドル高・円安になったことが大きい。しかし、今後は円高に振れるだろう。

それよりも注目すべきは、1650億円を叩き出した「原価低減」の実力だ。トヨタの収益力は米ゼネラル・モーターズや独フォルクスワーゲンを大きく上回り、自動車業界でダントツの世界ナンバーワンである。

2018年3月期決算

トヨタ自動車2018年3月期決算発表会資料より。

トヨタ自動車

イノベーションの普及には「原価低減」が必要

会見に臨んだ豊田章男社長は「トヨタの真骨頂は『トヨタ生産方式(TPS)』と『原価低減』です」と語り、モノづくりに一層の磨きをかけることを宣言。その一方で、稼ぎ出した利益を「電動化」「自動化」「コネクティッド化」など、人工知能(AI)や自動運転の研究開発に積極的に投資していく考えを明らかにした。

豊田社長はまた、「大切なことは、新技術を一番早く世の中に出すことよりも、全ての人がより自由に、安全に、楽しく移動できるモビリティ社会を実現する上で、一番役に立つ技術を開発することだ」と強調した。

いくら素晴らしいイノベーション(革新)技術を発明したとしても、それがユーザーのもとに適切な価格で届けられなければ普及しない。普及しなければ、イノベーションには何の価値もない。普及させるためには、どうしても原価低減が必要ということだ。

ハイブリッドカーのコスト・重量・容積は10年で3分の1に

トヨタ「アクア」

ベストセラーカーへと成長したトヨタのハイブリッドカー「アクア」。

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トヨタは1997年に、世界に先駆けて電気自動車とガソリン車の「いいとこ取りをした」ハイブリッドカー「プリウス」を量産した。その後、10年強の年月をかけ、ハイブリッド・システムのコスト・重量・容積を3分の1までダウンさせ、同時にパフォーマンスを2倍以上に引き上げた。

ハイブリッドカーの開発はもちろんイノベーションだが、原価低減とダウンサイジングも重要なイノベーションだ。その成果として誕生したのが「アクア」で、この技術が起爆剤となってハイブリッドカーが世界に広がった。

アクアは2011年12月に日本国内での販売が始まり、今年7年目を迎えた。最新の乗用車車名別販売台数ランキング(2018年4月)でも1位を獲得しており、発売以来、常にトップクラスに座すベストセラーカーとなっている。

イノベーションと原価低減はトヨタの原点とも言える。豊田社長の会見での発言は、これに再度真剣に取り組もうという意志の表れと言っていいだろう。

最新のトヨタ役員人事から見て取れるもの

最新の役員人事からも、こうした豊田社長の方針が見て取れる。

2018年1月にTPSとAIを熟知している友山茂樹氏を副社長に昇格させた。また、アメリカに設立したAI関連の技術研究所「トヨタ・リサーチ・インスティテュート」所長のギル・プラット氏を、新設の「フェロー(高度な専門性を有する役員)」として迎え入れ、副社長クラスの位置づけとした。AIや自動運転、水素燃料などイノベーションに向けた取り組み体制は、いまや業界を超えて世界トップレベルにある。

トヨタ自動車のフェロー、ギル・プラット

新設されたフェロー・ポストに就任した、ギル・プラット氏。

トヨタ自動車

一方、工場を統括する副社長の河合満氏は、トヨタ技能者養成所(現・トヨタ工業学園)出身の現場の叩き上げで、まさに「親方」の「親方」と言える人だ。「ロボット工程の作業をいったん人間に置き換え、人間が行った改善を再びロボットにインストールする」という河合氏の発案は、トヨタの生産現場において、その生産性をさらに引き上げてきた。

ロボットは24時間働けるという強みを持っているが、自発的な「改善」はできない。「改善」ができるのは人間だけなのだ。豊田社長は、こうしたイノベーションと原価低減の組み合わせという「モノづくりの本質」を見抜き、社内体制を確立している。

「重量のある世界」ではモノづくりはなくならない

トヨタ自動車工場

フランス(ヴァランシエンヌ郡)にあるトヨタ自動車の生産工場。

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世界に冠たる日本経済を維持・発展させるために、この「イノベーション」と「原価低減」はこれから重要な意味を持ってくるだろう。

「AIやICTの進歩が全て」というような見方が世の中にはあるが、それはまったくの間違いだ。AIがいくら発達しても、モノづくりは残る。グーグルやFacebookなど「重量のない世界」なら、物事は情報だけで完結するかもしれないが、「重量のある世界」ではモノづくりは必ず存在し続けるのである。

日本はモノづくりの分野で、長い歴史と世界的な競争力を保持している。この強みを捨てるのではなく、さらに強化し、AIなど「重量のない世界」の技術を取り込むことで、モノづくりをさらに「高度化」することこそが、世界に冠たる日本経済を守り抜く唯一の方法だと筆者は考えている。

今回のトヨタの決算発表は、日本経済の今後を考えていく上で大きな方向性を示したと言えるのではないか。


土井 正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社「クレアブ」(日本)代表取締役社長/山形大学特任教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。山形大学特任教授を兼務。

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