3カ月で新卒入社の会社に辞表を書いて故郷に戻ってから、ずっと拠点は宮崎に置いている。
体型計測するZOZOSUIT(ゾゾスーツ)の話題で持ちきりの、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するスタートトゥデイが、ある動きで注目を集めている。
内部の情報を一切、出さないことで知られてきた体制から一転。「ツケ払い」と呼ばれる決済機能や、大規模な物流センターの共有など、取引先のブランドやアパレルメーカーに「インフラのシェア」を始めるという。
カリスマ型リーダーの前澤友作社長の下で、この事業の中核を担うのは「宮崎で一番入りたい会社」を掲げるスタートアップ経営者。借金1千万円からはい上がり、今では世界戦略を目指すグループで采配を振るう、34歳が目指す地点とは。
研修後に配属聞いて辞表
「モテるかなあと思ってカフェを始めたんですが、楽しくて。どんどんお店に来る友達もビール飲み放題にしていたら、半年でつぶれてしまいました」
3年前にスタートトゥデイ傘下入りした、EC支援サービスのアラタナ。社長の濱渦伸次(34)は、大企業を3カ月で辞めて宮崎県に戻った20代を振り返る。
地元の高等専門学校を卒業し、事務機大手のリコーにエンジニアとして入社するが、「研修を終えて、配属先が発表された時点で辞表を出しました」。
デジタルカメラ「GR」が好きで入社したのに、配属先はコピー機の担当。「異動もあるから」と周囲が止めるのも聞かなかった。
「もともとデザインの仕事が好き」だったこともあり、独学でホームページ制作の会社と、カフェ経営の二足のわらじ生活を始める。しかし、冒頭のとおりにカフェはあっけなく倒産する。
「当時、1千万円の借金は10億円くらいに感じた」
とにかく必死で、ホームページ制作の仕事をしながら、もともと好きだったストリートファッションの洋服屋など、複数のアルバイトを始める。借金返済のためにはひたすら働くしかない。そこで見た光景が、今の原点とも言える。
郊外型モールに客を奪われ、商店街の店がどんどんつぶれていくのを目にしてきた。
どんどんつぶれる個人商店
「宮崎市内のメーンストリートに洋服屋はあって、その店はそこそこ売れていたのですが、同じ商店街の店がどんどんつぶれて行きました。郊外型モールにお客さんを取られてしまって。やっぱり、ネットで売らないとダメだ、と」
とはいえ2000年代前半は、自社でECサイトを作ろうとすると、500万円から場合によっては1千万円のコストがかかっていたという。そこで濱渦は、「月額5800円でECサイト構築」というサービスを立ち上げた。ネット上で無償公開され、自由に改良できるオープンソースのソフトウェアを使うことで、コストを徹底的に抑えた。
「サイトの制作は『やります!』と言って仕事を受けながら、勉強しました」
デザインへのこだわりと、品質を上げることで差別化。圧倒的な価格競争力から、全国に顧客を増やした。
2007年の創業からこれまでに800社の「ネットショップ」を手がけてきた。借金も、創業前には完済していた。
宮崎で一番入りたい会社
膨大な受注量を支えるのは、全国的に争奪戦となっているエンジニアの存在。現在、120人の社員のうち、半数近くはエンジニアやクリエイターだ。
「東京の大学を出たが、地元で就職したいという層は一定量いる」
そこをターゲットに「宮崎で一番、入りたい会社を作る」を掲げ、採用に乗り出した。
アラタナの社員たち。後列右から2番目が濱渦。地元での雇用創出にこだわっている。
宮崎では、民放のテレビ局が2局しかない。月9ドラマやM1グランプリのような、若年層が観る番組は、土曜日の夕方や深夜に放映されている。その時間帯なら「15秒CMが数万円なので、知名度を上げるためにバンバン自社の採用CMを流しました」。
残業時間の削減や子育て支援をはじめとする働きやすさと、「東京レベルの報酬」を目指した。「宮崎に面白い経営者がいる」と、メディアに取り上げられることも増えていった。
前澤に初めて会ったのは、2014年の秋のこと。スタートトゥデイがBtoB(企業間取引)で行うEC支援事業を撤退すると聞いて、居てもたっても居られなくなり、飛行機に飛び乗った。
初対面の前澤に「事業をやめるなら、引き継がせてください」と頼み込んだ。
前澤から返ってきた答えは「そんなに思いがあるなら、一緒にやろうよ」。
「機が熟したな」
「10年内に時価総額5兆円企業、グローバルアパレルでトップ10に入っていく。そのためにも洋服の買い方、選び方、作り方の3つのファッション革命が必要」
2018年4月27日、東京・丸の内で開かれた決算会見の場で、スタートトゥデイの前澤は、改良版ゾゾスーツに身を包み、同社としては初めての中期経営計画を発表した。
スタートトゥデイの前澤友作社長。濱渦は、宮崎から千葉まで前澤に直談判に行った。
「オンライン小売で世界」「LVMHやナイキ、ZARAなどのビッグブランドと肩を並べてグローバルアパレルTOP10入り」など、一見、とてつもない計画にも映る。しかし、自信に満ちあふれた前澤の語り口は、すでに達成を確信しているかのようだ。
ファッション革命の具体的な方策として、前澤が上げたのが、濱渦が3年前に引き継いだ、BtoBの(対ブランドやメーカーへの)EC支援事業。
ゾゾスーツの話題性に埋もれて見えづらいが、3年で300億円を目標とするBtoB事業の再強化が、グローバルアパレルトップ10に上り詰める、重要なステップに位置付けられていることは間違いない。
具体的には、ZOZOTOWNやアプリの中に溜まってきたデータを、取引先のブランドにも一部開放。取引先のマーケティング機能を強化したり、決済手段であるツケ払いや、広大な物流拠点も共有するという。
「機が熟したな、と思っています」
濱渦は振り返る。
「3年前、前澤はBtoBは今じゃない、と思っていたのだと今ならわかります。(BtoB事業分の)1割を捨ててもZOZOTOWNに注力する選択肢は正しかった」
実際、当時のZOZOTOWNの商品取扱高は1100億円程度だが、2018年3月期には2700億円にまで伸ばしている。
「日本のトレンドアパレル市場3兆円のほぼ1割を取れた今なら、ここからは(ブランドやアパレルメーカーのライバルではなく)ファッション業界のインフラになる」
その点について、前澤と「完全に一致している」。
誰かを喜ばせたいだけ
千葉に本社、東京・青山に拠点のあるスタートトゥデイ傘下に入って3年。今の濱渦の生活は「2週間のうち、3分の1は宮崎、3分の2は東京、週に1回は千葉。(飛行機を使えば)時間的には等間隔の3カ所を行き来している」という。
濱渦が働いていた洋服店もある、宮崎市内のメーンストリート。シャッターを下ろす店が増えている。
アラタナ提供
アラタナの本社があり、社員がいて、故郷でもある宮崎市。10年前にアルバイトをした洋服店のあるメーンストリートは、今やシャッター街になっている。日本のアパレル全体が地盤沈下に陥り、百貨店や路面店など、従来型のアパレル業が先行き不透明な状態にあるのは事実だ。
ただ、濱渦は言う。
「業界全体の売上高は落ちていますが、洋服の販売点数は伸びている。ニーズが落ちているというより、消費者が支払う価格が調整されている。消費者がムダに気づいたのだと思います」
原価率30%のものを100にして売るようなファッション業界の構造を変えること。濱渦は、自分の使命をそう捉えている。
ZOZOのデータと情報を使うことで、本当の消費者ニーズに応えるファッションビジネスができるはずだ。
新卒入社の大企業を飛び出し、地元でカフェや洋服屋をやっていた頃も、月額5800円でサイト構築のサービスを始めた時も、5兆円企業を目指す巨大アパレル傘下で中核人物となってビジネスを担う今も、「ずーっと僕は変わっていない」と、濱渦は言う。
「人を喜ばせたい。感動させたいだけ。それはゾゾスーツを着てワクワクしている前澤さんも一緒なんです」
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)
濱渦 伸次(はまうず・しんじ):アラタナ社長。スタートトゥデイテクノロジーズ取締役。1983年7月生まれ。宮崎県出身。国立都城高専を2004年に卒業。リコーを経て、2004年に宮崎に戻りカフェの開業やウェブ制作、カメラマンなどの仕事を兼務。2007年、アラタナ創業。eコマースに特化したテクノロジーとサービスを提供する事業を開始。2015年「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイグループに参画。