息子が福岡市の実家から中学校に通っているため、私は1~2カ月に1度、約1週間福岡に帰省している。実家が手狭なため、以前は近くにワンルームの部屋を借りていたが、2017年7月、部屋を引き払って民泊生活に入った。これまで大手サイトのAirbnbを通じてワンルームを中心に十数件を泊まり歩き、その便利さと問題点の両方を、身をもって体験してきた。
Airbnbで民泊というと、別荘や古民家などへの宿泊を連想する人が多いかもしれないが、日本のごく普通の住宅街でも、大量の物件が供給されている。
AlesiaKan shutterstock.com
Airbnbで“外れ”の物件に当たってしまい愚痴っていると、友人から「ホテルに泊まればいいじゃん」と言われる。しかし、住宅地に位置する実家周辺にはホテルが少ないし、1週間滞在するとなると、レンジや洗濯機も欲しい。ついでに言えば、福岡はこれまでもホテル不足が話題になっており、野球の試合やコンサートがあると、1泊数万円の部屋以外ほぼ埋まってしまう。
大家と顔を合わせることはほとんどない
1年前、実家近くで民泊の物件を検索したとき、実家から徒歩10分圏内に20件以上ヒットすることに驚いた。この1~2年で供給数は大きく増えている。福岡の場合、平日なら2000~3000円台で、ワンルームの部屋がいくつも見つかる。
右が福岡市の中心部、左がファミリー、単身層の両方に人気の高い住宅街。
部屋を予約すると、通常、大家から物件の外観写真や部屋番号、地図、チェックインの方法などが送られてくる。住宅地の物件は、駅からの道のりを歩いて案内する動画が添付されていることもある。
集合住宅ではほとんどの場合、メーターボックスの中や共用玄関の目立たない場所など、建物のどこかに設置されたキーボックスから鍵を取り出して部屋に入る=チェックイン完了となる。宿泊代金は予約時点で決済されているため、入室から退室まで、1度も大家と連絡をしないことも珍しくない。
これまで宿泊した物件で、大家と会ったのは1度だけ。あとは全て、セルフチェックイン・セルフチェックアウトだ。5月には初めて一戸建ての和室を“間借り”したが、玄関の鍵がかかっておらず、勝手に入る方式のため、3日間の滞在中顔を合わせたのは、隣の部屋の宿泊者と、布団に入り込んでくる猫だけだった。
賃貸物件としては訳あり
実際に泊まってみると、1泊2000~3000円台のワンルームの部屋は、通常の賃貸だと家賃を下げなければならないようなマイナスポイントがあることに気付く。
格安のワンルームタイプは手狭な3点ユニットバスが多い。
shutterstock.com
特に多いのが、バスルームとトイレが一緒の3点ユニットバス。福岡では一人暮らしの学生の間でも敬遠される物件だ。隣の建物と近かったり、北向きなどの理由で日当たりが良くない物件も多い。冬に泊まると、夜もエアコンを入れっぱなしにしないといけないほど寒い。
他にも排水溝が小さくて詰まりやすい、換気がいまいちで臭いがこもるなど、水回りに難がある物件もちらほら。ドアの立て付けが悪く、鍵の開け閉めで数分かかるアパートもあった。
洗濯機が設置されているのは全体の3分の1くらい。
私が十数件も泊まり歩いているのは、立地が良くて、価格も手ごろではあっても、リピーターになるほどではない物件が多いからだ。ほとんど欠点が見当たらない部屋に泊まったこともあるが、当然人気が集中し、数週間前でも予約が取りにくい。
部屋を選ぶ際、写真がかなり重要な要素になるためか、インテリアは洗練されていることが多い。テレビよりWiFiルーター設置率の方が高い点からも、外国人客を想定していることがうかがえる。
玄関や冷蔵庫には、韓国語、英語、中国語での張り紙がよく貼られている。ちなみに、予約後の大家からの最初の連絡も、ほとんどの場合が英語ともう一つ別の外国語で送られてくる(日本語はあまりない)。3点ユニットバスや日当たりなどが気にならない外国人旅行者の方が多いのだろう。
物件の住所や外観は、予約後にしか分からない
長い滞在の場合、場所の選択肢が多様で、自炊や洗濯ができる民泊は、私にとってはホテルよりも使い勝手がいい。ただし、最大の難点は、住所や物件名など予約時点では分からないことが多く、同じ価格帯でも品質差が大きい点だ。もちろんサイトにはたくさんの写真とレビューがあるが、外国人の評価と日本人のそれは違うし、ビジネスホテルよりかなり安い価格で泊まっていると、「この価格なら文句は言えない」と思って、ちょっとしたトラブルや不具合はレビューに書きにくい。以下、私がレビューには書けなかったびっくり体験を紹介する。
1:非常階段に座る男性
昨夏泊まった2階建てアパートの一室は、その直前まで借りていたワンルームマンションから地図上で徒歩3分。しかし、その地域を熟知している私ですら足を踏み入れたことがない路地の奥にあった。
滞在中のある日、暗い夜道を歩いてアパートに戻ったら、外階段に知らない男性が座って通路をふさいでいる。私はその階段を上らないと部屋に着けない。恐怖で道を引き返し、30分ほど時間を潰して男性がいなくなったのを遠くから確認して帰った。
予約段階で物件の外観や詳細な住所はほぼ公開されない。駅徒歩3分でも夜は真っ暗なこともあるし、建物の防犯レベルは分かりにくい。それこそがホテルとの最大の違いだ。以降、コンビニや銭湯など、何らかの公共施設と隣接していそうな物件をピックアップしている。
2:謎の「インターネット工事」メッセージ
今年2月に宿泊したワンルームマンション。夜11時を過ぎて、大家から「明日午前、インターネットの工事が入るので、部屋を訪ねたい」とメッセージが入った。「その時間は部屋にいない」と返信すると、「では、鍵をポストに入れておいてほしい」。
実は5月に別の部屋に泊まった際にも、夜11時を過ぎて、大家から「明日午後1時、インターネットの工事が入る。部屋にいるか」とメッセージが来た。
どちらも中国語。それまでのやり取りは全て英語だったのに、この「インターネット工事」の件だけ中国語だった点も同じ。日本語で返すと、相手も日本語になる。
工事日程なんてもう少し早く分かっていそうなのに、なぜ前日深夜に連絡してくるのか。大家は同一人物なのか。何かの暗号なのか? 疑問が尽きない。
3:大袋を持った怪しい男性と大量の督促状
冬に泊まった部屋。インテリア、清潔さは文句なく、バストイレも別。隣はコンビニと良い点が多かったが、日差しが入らず、夜は非常に寒かった。暖かい季節に使いたいが、6月15日以降も提供されるのかが不安だ。
Airbnbは宿泊代とは別に、サービス料と清掃料がかかる。予約した時点で決済され、キャンセルすると大家のポリシーに沿った代金が返って来る。宿泊代は安くても、そのほかの料金が割高だったり、2週間前にキャンセルしても3割ほどしか返金されないなど、「ん?」と思う物件も散見される。
2017年10月末、日本シリーズ開催日に宿泊したときは、ユーザーから見て若干理不尽な物件しか空いておらず、仕方なく福岡都心部のマンションの2DKを予約した。
この物件は「対面で鍵を渡す」と説明していたが、前々日に連絡しても、丸1日返信がない。その後、「スマホが水没して、連絡に時間がかかります」とメッセージ。不安を感じながら部屋に着くと、そこにいたのは、ガラの悪そうな男性2人組だった。人を見た目で判断してはいけないが、個人の住宅に泊めてもらうのだから、やっぱり見た目も大事。家主の男性たちは、一通り説明すると、サンタクロースがかつぐような大きな袋をいくつも抱えて去って行った。
この時だけは夫と宿泊したのだが、初民泊でいかにも怪しい男性に遭遇してしまった夫は、「防犯カメラとか仕掛けられていたら怖い」と、シャワーも浴びなかった。
翌朝、鍵を返却するため共同玄関のポストを開けると、大量の郵便物がこぼれ落ちた。見るつもりはないが、嫌でも目に入る封筒やはがきに赤字で刻まれた「督促通知」の文字。それもいくつもいくつも。夫からは「君はこんなところによく泊まれるね」と、私の人格まで疑問視されてしまった。
民泊新法施行後、物件はどこまで減るのか
さて、私は6月下旬にも帰省を予定しているが、Airbnbを検索していると、「6月15日以降はサービスを提供しません」という物件がちらほら出て来る。6月15日は住宅宿泊事業法(民泊新法)の施行日。法が施行されると、年間180日を超えて宿泊客を泊められないほか、都道府県知事などに住宅宿泊事業の届出が必要になる。
貸し主も居住していた物件の玄関。福岡は韓国人旅行者が多く、泊まった物件の大半に、韓国語と英語のメッセージや注意書きがあった。
大家側には大きな負担増となることから、営業を取りやめるケースも出ているのだろう。Airbnbも6月15日以降は、届け出番号を登録していない物件をリストから外すと発表している。私がこれまで宿泊した物件のほとんどは、届け出なんてしていないだろうし、無断での又貸しなど違反行為もあるかもしれない。これまで大家と書いてきたが、厳密には大家ではない人が貸している可能性もある。
民泊新法施行後、これまでのように簡単に物件が見つかるのか。そもそも今予約しても、6月15日以降にキャンセルされたりしないのか(この点について、Airbnbは3月時点で「既に入っている予約への対応は今後考えていく」と述べるにとどめている)。
ベッドや冷蔵庫をただ同然で売り払い、借りていたワンルームを引き払って1年弱。私の帰省戦略が早くも再考を迫られている。
(文、撮影・浦上早苗)