新商品が世に出ては、短い間だけ注目を集め、すぐに消費され、また新商品が現れる —— 消費サイクルが超高速化する変化の激しい時代に、苦境に立たされている業界、疲弊している企業はいくつもあります。「出版業界」もまた、その一つと言えるかもしれません。
これまで次々とトレンドを生み出してきた出版業界。電子書籍の市場が拡大してはいるものの、2017年の紙媒体・電子書籍市場の総売上高合計は2015年の95%程度と、縮小傾向にあります。
そんな逆風の吹く出版業界で、『ティール組織』や『U理論』『「学習する組織」入門』など、ビジネスパーソン必読の書を続々と世に出しているのが、「英治出版」です。どのようにして、今の時代に消費されない、長く愛される商品を生み出しているのでしょうか?
その制作現場には、「ほぼ全員が異業種からの転職者、出版業界未経験者」という型破りな組織、「企画GOには全員OKが必要」といった業界の常識を覆す、これまで明かされてこなかった秘策が ——。編集長の高野達成さんに、「ほんとうに価値あるものを作るための組織論」を伺います。
権限のない編集長、よそ者ばかりの出版社
―高野さんはいくつものヒット作を生み出してこられた出版社の編集長です。編集長としてどのようなことをしているのか、企画術や仕事術を教えてください。
編集長といっても…… 率直に言うと、僕に企画を決めたりする権限はないんですよ。新規スタッフの育成や最小限の進捗管理、対外的な必要性などがあって2010年から編集長になりましたけど、「編集長が決裁する」とか一切ない。
むしろ逆に、企画は「みんなが決裁する」かたちになっていますし、編集でも何でも、みんなが相談し合って仕事を進めていく。それを後押しするのが編集長としての役割だと思っています。だから多くの出版社とは、役割や仕事のイメージがだいぶ違うかもしれません。
そもそも、うちは出版業界での経験を持たずに入社した人がほとんどなんです。
社長の原田はコンサル出身、僕も金融機関からの転職、同僚の下田(理 プロデューサー)もITコンサルなどを経て入社しました。教育関連の企業やNPO、海外で働いていた人もいます。一人だけ他の出版社で数年の勤務経験を持つ社員(編集者ではない)がいますが、その人も別の業界でのキャリアのほうが長いですね。
―出版社には「名物編集長」がいることが多いですが、そうではない。それでもヒット作を生み出してきたチームの構成は?
うちは今、正社員8名と出向社員1名、あとアルバイトの方が6人いるのですが、いわゆる編集者と営業担当者の肩書きは同じ「プロデューサー」なんです。
創業の時から原田(英治代表取締役)がそう決めていて、みんなで本や著者さんをプロデュースする、ということです。だから、おそらく他の出版社と比べると、編集担当と営業担当の距離がとても近いと思います。
基本的には、一つの案件に一人のプロデューサーがついて、本の企画を立てます。企画会議で「全員OK」が出れば、実際に作ります。そのプロデューサーがリーダーとして編集したり、販売戦略を立てたりしますが、そのときどきで他のメンバーにも相談する形です。
―「全員OK」が必要なのですか? 多くの出版社では、社長や編集長のOKが出れば企画はGOです。
うちは、企画会議は全員参加、営業担当も総務や経理の担当者も「それ、いいね」と賛同しないと、企画のGOは出ません。本を作って売り続けていくには全員の関与が必要です。編集者と他のメンバーが断絶していたのでは、いいプロジェクトにはなりませんから。
タイトルを決める会議にも基本的に全員が参加しますし、カバーデザインやプロモーションについてもプロデューサーが周囲のメンバーに意見を求めながら考えていく。それが当たり前になっています。
ですから、英治出版から出した書籍は、みんな「うちの本」という感じなんです。他の出版社だと「担当編集」という呼び方をされて、「”私の” 代表作はこれです」みたいに言いますけど。
確かに、奥付(巻末に著者名や出版社名が書かれているページ)に自分の名前は書かれているけど、「みんな」で作っている感じ。本のタイトルさえも他のプロデューサーにアイデアをもらって、そのおかげでうまくいくこともよくあります。
―今ベストセラーになっている『ティール組織』はどのような経緯で作られたのですか。
もちろん『ティール組織』も全員OKを経て作られたんですよ。
『ティール組織』とは、従来のヒエラルキー型組織の限界を指摘し、「自主経営」「全体性」「存在目的」を重視する、時代の変化に強い生命体型組織のあり方を提唱するビジネス書。発売1カ月で3万部突破、アマゾン「ビジネス・経済」部門ランキングで最高第1位を獲得、「企業経営」部門ランキングでは発売数日後から一貫して第1位の座を維持(2018年5月初旬時点)。
原書の存在は昔から知ってはいて、だけど最初のうちは正直、「なんだか怪しい本だな……」くらいに思っていたんです(笑)。そもそも「ティール」という色があるなんて知らなかったし、組織の発展段階を色で表すだなんて奇妙ですし、日本企業にも当てはまるんだろうか、と。
でも、原書を読んでいた嘉村賢州(NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事)さんに話を聞いてみると、「まさに英治出版さんが今まで大切にしてきたようなことを突き詰めてやっている会社の事例がたくさん紹介されていて、すごくいいんです。売れないかもしれないけど(笑)」って。それでプロデューサーの下田がしっかり読んでみたら「これはすごい本だ」と。
全員が「出そう!」と合意しましたが、それでも売れるかどうかは懐疑的でしたので、まずは初版4000部だけ刷りました。だけど予約がどんどん増えて、発売前に重版することになりました。
発売後、多くの人に読まれるようになって、自主的に読書会が開かれているのをみると、ほんとうに価値のあるものは自然に広がっていくんだな、と思いましたね。なら、最初からもっと刷っておけばよかった(笑)
「ほんとうにやりたいか?」と問う組織文化でマネジメントする
―しかし、今の時代、『ティール組織』のように多くの方に「価値がある」と認められる商品を作ることは難しいように感じます。貴社ではどのように企画を立てているのですか。
他の出版社がどうしているのかは知りませんが、有名人やSNSのフォロワーが多い人に「こういうテーマで本を書きませんか」と声をかけるようなことは、一切やりません。「時流に乗って」とか「売れそうだから」とかも、一切ない。
実際、そうやっていくつも本を出して、ちょっと売れないなと思ったら次々に絶版にする業界のあり方は不思議です。出版社で働く人にも、「出版は文化」だという自負はあると思うんですけど、それを自ら壊している感じがあるというか。うちは原田が創業時から「絶版にしない」ことを基本方針としていますが、それはつまり「ずっと売りたいと思える本だけ作ろう」ということです。
インターネットの時代だからこそ、本という手元に残るものには本ならではの価値がある。何度も読み返す本や、古くなっても読まれる本というのはあるわけじゃないですか。たとえ今は売れなかったとしても、いつかは読まれて、未来の誰かに影響を与えられる可能性だってあるかもしれない。
僕たちは、例えば自分の友人を思い浮かべて、「今度海外駐在になったから、この『異文化理解力』を贈ろう」「リーダーとして活躍し始めた彼にぜひ『U理論』を読んでほしい」って、自分がワクワクしながらその本を贈るようなイメージを持てるかどうかで、企画を立てます。
―既存の業界においてはとがったやり方ですよね。やはり「カウンター」として、そうした企画の立て方を行っているのでしょうか。
いやぁ・・・ こんなこと言ってますけど、ほんとうのところはただ業界のルールや常識をあまり知らないだけなんです(笑)。僕たちは「こんな感じかな」とやっているだけで。
だけど、さっき「自分がワクワクしながら」って言いましたけど、「自分がほんとうにやりたいと思っているか」を大切にしたり、メンバー同士、「こういうことが好きだよね」とお互いの価値観を共有したり、というのはかなり意識しています。
あるメンバーから、「ここは好きなことをやらせてもらえる会社だと思って入社したけど、好きなこと『しか』やらせてもらえない会社だって分かった」って言われたくらい(笑)
うちでは「売れそうだから」っていうのは、理由になりません。だから、企画会議でも「それ、ほんとうにやりたいって思ってる?」っていう質問がよく出るんです。「この企画の根本的な目的って何なんだろう?」とか。
すると、本人が「えーっと・・・」って、黙り込んでしまうことも多い。だから、うちの会議って、沈黙の時間が結構多いんですよ。入社したばかりの人はみんな戸惑いますね、会議なのに1分くらい誰も話さないから(笑)
でも、全然平気。焦って結論を出さない。それだけ「真剣に考えている」ってことなんです。答えが出るまで、待つ。そんなことを日々やっているから、みんなが「自分のやりたい」に向き合うようになる。それが、うちの文化なんだと思います。
―「ほんとうにやりたいって思ってる?」という問いはドキッとさせられますね。
しかも、立場に関係なく聞かれますからね。それが可能なのは、やはり「フラットな関係性」が築かれているからだと思うんです。僕自身、メンバーからも率直な意見をもらいますし、企画のダメ出しもたまにあります。
企画会議で全員のOKが必要なのも、別にみんなが同じレベルで賛同することを要件としているわけではなくて、みんなが「なるほど、この企画にはこんな意義があるね」とか「彼はほんとうにこの企画がやりたいんだな」と納得していないと、「それじゃ出せないな」となる、ということなんです。
フラットな関係性で、一人ひとりの「やりたいか?」「どんな意味があるのか?」っていう価値判断に関わる部分を丁寧に共有して、議論する。そうやって、「組織文化でマネジメントする」感じですね。先日も、仕事において「大切にしたい問い」を挙げるワークショップを社内でやりましたが、じっくり考え、話し合う機会は多いですね。
それを「仕組み」でマネジメントしようとしてしまうと、途端に形骸化してしまうところもあると感じていて。ルールで何かを無理強いして、自分のコピーを作るようなプロセスにしたくはないんです。一人ひとり作りたい本も違いますからね。
会社を「子ども」に見立てれば、やりたいこと・価値創造は両立可能
他の会社だったら上司に、「で、そのやりたいことはいくらのビジネスになるの?」と聞かれたりするんでしょうね。きちんと利益を上げることももちろん大切ではありますが。
でも、それで「似たような本がこれだけ売れてるから、ニーズがある」「この著者さんは前作が3万部売れてるから、1万部は固い」「IT業界に勤める30代向けに」みたいな感じで企画を立てたとしても、あんまりいい方向には行かない気がするんですよ。建前ばかりで物事を進めてしまうような。
職場によっては、企画を通す段階では市場規模やマーケティングデータを提出して、実際に作るときには、ほんとうに作りたいものを作る、と器用に立ちまわったりするのかもしれないけど・・・ それって、ほんとうに働きたい職場なんでしょうかね。
確かに、万人にとって価値あるものを発想するのは、ほんとうに難しいです。うちが出した『ティール組織』や『U理論』だって、「いいですよね」と共感してくれる人もいれば、「何の役に立つの?」と考える人もいるように。
だからこそ、自分にとっての価値を考えるしかない。「ほんとうにやりたいか?」を問い、自分に「正直」になって、心から「この本いいよね」って思えるものを考えるからこそ、仕事のクオリティーが上がり、一定数の方々にも受け入れていただける。深いからこそ、広がる、というか。
―会社というビジネスの場で、「やりたい」という正直さを保ち続けるには。
これは最近社内で話したことですけど、会社を「子ども」に見立ててみるんです。会社というと、自分たちを覆って守ってくれる「家」とか「親」みたいなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、そうではなく、英治出版が子どもで、同僚はパパ友、ママ友、みたいな。
会社はまだ発育の途中だという認識をみんなで共有し、みんなで育てる意識を持てるといい。そうすると「こんな経験をさせてみよう」「失敗したとしても受け入れよう」と考えられるし、ちゃんと成長するように何かしら世話を焼かなきゃいけないし、一人ひとりがコミットしなくてはいけない。その子の個性も大切にしないといけない。当然、自分の子どもに嘘はつきたくないじゃないですか。
おのずと、不誠実な仕事はやめよう、と思えるようになる。現実でも、自分の友人や家族に誇れる仕事ができるかどうか。そのためには、やはり正直でいることが大事だと思うんです。会社でも、チームでも、子どもに見立ててみると、仕事や組織との向き合い方が違ってくる気がしています。
「自分はほんとうにやりたいと思っているか」「そこに信じられる意義はあるか」・・・ こうした本質的な問いを、みんなで話し合えるようなメンバーが集まっている組織こそが、ほんとうに価値のあるものを生み出し続けられる、と僕は思います。
『ティール組織』の解説記事はこちら:10分で分かる、いま話題の未来組織「ティール組織」
(取材・文) 大矢幸世、岡徳之 (撮影) 伊藤圭
"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年5月25日公開の記事)