アメリカンフットボールの日本大学対関西学院大学定期戦で、日大の宮川泰介選手(3年)のタックルにより関学大選手(2年)が負傷した問題は、「監督らの指示があった」と告発した宮川選手に対し内田正人前監督(62)と井上奨(つとむ)コーチ(30)が反論。両者の言い分が食い違うなか、父母会が「宮川君が正しい」と言えば、大塚吉兵衛学長(73)が「選手と指導者の言葉の理解の乖離」と当初の見解を繰り返した。
対する関学は26日の会見で日大の再回答を「真実と認定できない」と非難、来年以降の日大との定期戦を中止すると発表した。
なぜ、このような混乱状態が続くのか。そして、なぜ起きたのか。
米スポーツ界に精通し、スポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員も務め、スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店となる株式会社ドーム取締役会長兼代表取締役CEOの安田秀一さん(48)に聞いた。
米スポーツ界に精通する安田秀一さんは、スポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員も務めた。
今村拓馬
安田さんは2017年まで2シーズン、母校の法政大学アメフト部監督を務め、関東学生アメリカンフットボール連盟秋季リーグ戦で内田前監督とも顔を合わせている。日本のアメフト界のみならずスポーツ界全体に激震を走らせたこの問題をどう見ているのだろうか 。
安田「もともと潜在的にあったものが、ショッキングな形で顕在化したのでしょう。一番は映像が出たこと。今の時代はSNSですぐに拡散される。4月まで報道が相次いだ女子レスリングのパワハラ・セクハラ問題も現場の映像があればもっとショッキングに伝わったでしょう」
「潜在的にあったもの」とは、適切な指導やチーム運営がなされていなかったことだ。内田氏はアメフト部監督でありながら、大学の常務理事として教職員7000人の人事を掌握する。「独裁者」とも呼ばれる人物に意見できる人はいなかった。この学内ナンバー2の権力者を、学生以上に守ろうとしているかのような姿勢が、日大の迷走からにじむ。
安田「内田さんひとりに権力が集中していたことも問題のひとつでしょう。メディアを通じて、アメフト部だけでなく日大全体が適切なガバナンスを確立できていない様子も見受けられる。これは女子レスリングの問題と同じです。栄(和人)さんは日本レスリング協会常務理事、強化本部長でありながら、至学館大学の監督でもあった。日大同様、権力構造のいびつな形です。
日本の多くの競技団体でガバナンスが効いてないことが、大学のみならずスポーツ界全体の大きな課題です。競技団体の連盟や協会に正しい管理や義務を果たす能力が欠けている。正しく運営されていないからこういうことが起きるわけで、(個人の資質よりも組織の)構造的な問題です」
ガバナンスは「統治」を意味する。「コーポレートガバナンス」は、企業の不正行為の防止と競争力・収益力の向上を総合的にとらえた価値の増大に向けた経営の仕組みだが、スポーツの競技団体にも本来は同様の仕組みが求められる。日本の競技団体における「構造的な問題」とは何か。
日大アメフト部は現役選手などからも監督、コーチの指導法に関して不満が噴き出している。
今村拓馬
安田「問題が発覚した当初は、日大と関学の対立的な構図として受け取られていましたが、本来は関東学生アメリカンフットボール連盟が主催している試合なのだから、関東学連も責任を負わなくてはいけない。ところが、選手の出場停止など罰する側に立つだけで何も責任を負わないし、それを問われてもいません」
その仕組みになっているのは同連盟だけではない。ほとんどの競技団体が似たような状態だ。
安田「日本のスポーツ団体は公益財団法人や一般社団法人、任意団体など団体の在り方が混在している。例えば、大学のアメフトで言えば関東学連は一般社団法人ですが、関西学連は法人格を持たない任意団体です。任意団体は収支や活動内容などの報告義務はありません。スポーツ団体を統治する根拠になる法律がないことと、スポーツ団体に適した法人格がないことが日本の大きな課題でしょう」
公益財団法人は日本相撲協会などが知られているが、科学技術や文化的なものなどさまざまある。国が定めた定義として「学術・技芸・慈善その他の公益に関する事業」として税制上の優遇措置などを受けられるが、先に挙げた不正行為の防止などに関しては強く求められない。
安田「例えば、高野連(日本高等学校野球連盟)は公益財団法人です。教育機関でもなく、専門家の集団でもないのに、高校生が煙草を吸ったり、選手間での暴力やいじめが発覚すると出場停止などの罰を与えます。でも、私から見れば、若者は若さゆえに時に間違った行動に走ったりするもの。そういう生徒たちを矯正していくのが教育なのに、ただ罰を与えて終わる。彼らへの教育や研修は学校だけに委ねられていて、きちんとフォローアップできていない。表現は良くないかもしれませんが、権力を振りかざしているだけに見える。高野連をガバニングできているかといえば、そこは疑問です」
スポーツ団体がガバニングを発揮するにはどうすればよいのだろうか。
NCAAが管理する米カレッジフットボール大会、2018Sugar Bowlのクレムソン大学対アラバマ大学戦。
Greg M. Cooper-USA TODAY Sports
安田「根本的に、仕組みを変えなくてはいけません。 まずはスポーツの組織運営が成熟しているアメリカを参考にして、チームがリーグを運営する形に変えるべき。チームに権利を戻すことが本質でしょう。
アメリカのスポーツは、プロ、オリンピック競技、学校の3種類に分けられますが、NFLやMLBなどのプロリーグは各チームの経営者によるオーナー会議が最高意思決定機関であり、大学スポーツは大学の総長や学長が名を連ねるNCAA(全米大学体育協会)が最高意思決定機関です。この最高意思決定機関が選出したコミッショナーやプレジデントたちがリーグ全体の事業計画を立て、各チームがその計画に従って運営します。実績で決められる昇給や解任などの人事規程もそこに含まれており、NCAAとチームが互いをガバニングし合う構造になります。日本では、プロ野球のオーナー会議が頂点にあるNPBが該当します」
日本のJOCに当たるUSOC(米国オリンピック委員会)もガバニングを確立するために2007年、「テッド・スティーブンス オリンピック及びアマチュアスポーツ法」を制定。USOCに米国内に存在する47の国立スポーツ団体を含むすべてのオリンピックスポーツ関連組織を束ねる特権を与えるもので、アスリートの権利を守るためにつくられた。
安田「大会や試合は興行であり、大きなお金がついて回るため汚職が起きやすいので、それを防止する意味合いが大きかった。この法律によって各競技団体(協会・連盟)の役員数や理事の数、給与規定などが決められているのですが、日本にはそれに相当する法律はなく、全て各競技団体の裁量に任されています。人事の硬直化に対する抑止力はなく、理事やその理事を決める評議委員の選出も、ほとんどが互選で決まると言われている。ほぼ「無法地帯のガバニング」です。もちろん、ガバナンスが効いていればひとりの人間が兼任していても構わない。正しいかどうかの検証機能があればいいわけです」
「日本ではまずチームに権利を戻すことが本質」と語る安田さん。権利を得た各チームの代表が全体の指導や運営の質を高めるにはどうすればいいかと議論し、それを社会に情報伝達するなど透明性を高めていく。そうすれば、旧態依然とした圧迫指導とそうではないものが混在する「育成環境の格差」は埋められる。このことはパワハラ一掃を目指す日本のスポーツ界にとって、課題解決の契機になるはずだ。
実際、「日本版NCAA」を作る動きも始まっている。その具体像は大学の自主運営だ。
安田「大学は施設や環境、コンプライアンスを整え、選手を指導し、教育を施して安全を管理します。つまり、試合を行うために大きな投資をします。それと引き換えに選手個人の権利や興行権、放映権、肖像権などが大学に帰属するので、大学は収益を上げる努力が可能になる。それがアメリカのスポーツ産業が成長してきた構造です」
一方の日本は、興行権(大会の主催)や大会参加権(登録料)を協会や連盟が保有している。例えば少年サッカーで勝利至上主義を生みがちな全国大会への不参加を決め協会の傘下にならないクラブがあるように、スポーツ団体のあり方を人々がジャッジし始めている。
安田「スポーツ団体の中に『大人(理事)を裁く』ルールがないのに、選手やチームを裁くルールだけが存在するのは、ある意味パワハラのようなものです。そこで関東大学アメリカンフットボール連盟では、一部に所属する監督が自主的に集まって協議し、学連に意見を出すための『監督会』がつくられました。1チーム、1指導者では言い出せないことでも、監督会として意見を出すことにより、連盟にも聞き入れてもらえるようになったと感じます」
自身のやり方を誰からもジャッジされずにきた内田前監督を裁けなかった日大は、子ども(学生)を裁こうとしているように見える。
今村拓馬
安田「学連も日大もガバニングできていなかった。大人を裁くルールを導入しガバニングを確立すること、そしてスポーツ団体に特化した法人格をつくって組織改編をすることが、今回のような問題を繰り返さないための再発防止策につながると思います」
(文・島沢優子)
安田秀一(やすだ・しゅういち):1969年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。法政大アメリカンフットボール部で主将として関東2位。学生全日本選抜でも主将を務めた。96年にスポーツ用品の輸入販売を手掛けるドーム社を設立。米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店に。2016年に法大監督、2017年は総監督を務めるも前季で辞任。大学スポーツの産業化と選手の環境改善にも積極的に取り組み、スポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務める。筑波大客員教授。