「ブラックペアン」(TBS日曜夜9時)のことを書くが、実にどうでもいい話だと最初に断っておく。
日曜劇場『ブラックペアン』
TBSテレビ 番組公式サイトより
この枠は「半沢直樹」が大当たりして以来、「下町ロケット」だ「陸王」だと池井戸潤原作のビジネスものばかりで「お腹いっぱいだぜ」と思っていたら、「ブラックペアン」は海堂尊原作の医療ドラマで、二宮和也が主演。内野聖陽や市川猿之助が脇を固めているし、おもしろくなるかもと初回を見た。
地方の私立医大付属病院を舞台に、二宮演じる天才外科医が快刀乱麻で患者を救っていく話で、内野や市川の達者な悪役ぶり、心臓から血がブワーーッと噴き出す手術シーンの迫力、場面転換の速さなどなど、確かにおもしろかった。初回視聴率は13.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。以後も13%前後と、好調をキープしている。
と、いうだけなら、私は「ブラックペアン」を書くことはなかった。だが、途中から、気づいてしまったのだ。「スナイプって、チャッカマンにそっくりなんですけどー」と。
で、その話を書く。
スナイプってチャッカマンそっくりじゃん
まずスナイプを紹介すると、アメリカで開発された最新医療用機器として初回の後半から登場する。先端に内蔵されたマイクロセンサーが自動で患部に焦点を合わせるから、これを使えば誰でも心臓の僧帽弁を修復する手術ができる。しかも患者の心臓を動かしたまま。医師の本音と建前、患者の事情などなど、重たい人間模様もスナイプが動かしていく。
というすごいものだが、カチッと火の出るチャッカマンにそっくりなのだ。
そのことにはっきり気づいたのは、展開がワンパターンになり、ちょっと飽きてきた頃なのだが、緊迫の場面でスナイプが出てくると「(笑)感」が漂うなーと、心の中で愛あるツッコミを入れていた。さらには「チャッカマンは今も使われているのか」と気がかりになり、「原作ではどんな形なのだろう」と知りたくなって、講談社文庫も購入した。
探求の成果を簡単にお伝えするならば、原作では「白い、長さ50センチほどの、手元に引き金のある『銃身の歪んだライフル銃のように』見えるもの」として描かれるスナイプが、ドラマでは白と青の2色で、全体に軽そうなプラスチックっぽい感じが漂うが、それは色のせいだけではないように思う。なお、現実社会でチャッカマンは今も、バーベキューの火起こしなどで大活躍している。
どんより気分になった5月の最終週
ロシアの経済フォーラムに参加した安倍晋三首相。
REUTERS/Grigory Dukor
とまあ、これほど「スナイプがチャッカマンにそっくり問題」に惹かれたのには、理由がある。5月の第4週が大問題だったのだ。
愛媛県が国会に「加計学園の理事長が2015年に安倍首相と会って、獣医学部構想を話した」ことを示す文書を提出したのが5月21日の月曜日。日本大学アメフト部の悪質タックル問題で、当該選手が会見したのが22日の火曜日。ここまでは、ビッグニュースだが、問題のないというか、むしろ納得の展開だった。
愛媛県の文書、当該選手の説明。どちらも詳しく、本当のことを明らかにしようという姿勢が共通していた。その点においては気負いがなかったのも共通で、事実を語るのだから変なところに力を入れる必要はないということだろう。
ところが、その後である。愛媛県の文書を受けての安倍首相の発言(22日)。選手の会見を受けての内田正人監督と森奨コーチの会見(23日)。どんよりだった。両者には共通点が多く、そのことをきちんと考えると、「あーあ、この国ってダメじゃん」と力が抜けた。思考の先に明るい材料が一つもないと思えて、やるせなくなった。スナイプってチャッカマンそっくりじゃん、と考えている時間が愛おしくなり、「ブラックペアン」の原作をどんどん読み進めた。
弱いものが言ったことをなかったことに
日大問題と安倍&加計問題の共通点の一つ目は、「力の強いものは、力の弱いものが言ったことについては、なかったことにしてよい」と当の本人が思っているということ。それを隠そうともしないこと。せめて「なかったことにしてよいなんて、思ってませんよー」なふりぐらいしたらよいのに。それならもう少し、世の中、ましになると思う。
ところが、内田前監督という人も、安倍首相という人も、そんなふりなどまるでしない。それを「正直な人だから」と言って済ませようとするのも手なのだが、そうすると、どんどん、この国で大人であることがつらくなってくる。
日大の20歳の選手は謝罪し、関西学院大学との試合に向け、監督、コーチとどんなやり取りをしたか仔細に語った。具体的だった。立派な会見だった。
翌日の会見で、内田監督は指示を否定した。「私からの指示ではございません」だそうだ。それだけで済ませた。その上、しどろもどろのコーチに対し、監督は一貫して「他人事」だった。ガタイがよくて期待していた選手(であると、会見で語っていた)が余計なことしやがって。そう不満なように、見受けられた。
「解像度の高いのは選手の言葉」
悪質タックル問題で揺れる日本大学。
撮影:今村拓馬
誰かのアクションを勝手に不満がって怒るのは、安倍晋三という人の得意技だ。国会の委員会で野党の質問へ答える時が典型だ。「オレ様に聞くなよ、そんなこと」とイライラし、怒っている。
「2015年に加計学園の理事長と安倍首相が獣医学部について話した」という愛媛県の文書も仔細なもので、首相が「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とコメントしたという具体的な記述もあった。だが首相は翌日(これが選手の会見の日だったのだが)、それを完全に否定した。「(首相官邸への来訪)記録は確認できなかった」のだそうで、それだけで済ませた。
福岡伸一青山学院大学教授は25日、出演した報道ステーションで日大問題に触れ、「解像度の高いのは選手の言葉」と語っていた。ファクトがあるから、解像度が高くなる。それは選手の会見に限った話ではない、とも言っていた。愛媛県文書のことだろう。
解像度の高い言葉を、解像度のごく低い言葉であっさり否定する安倍首相と内田前監督。自分より力が弱いとみなした側の言葉は、平気でないがしろにするこの2人。政界にもスポーツ界にも、こういう「力のある人」が普通にいる。もしや日本という国全体が、そういう国になっているのではと思えてきて、つらい。
愛媛県の文書に関して、加計学園がやっとコメントを出した。26日土曜日のことだった。2015年に首相と会って、獣医学部のことを話したという理事長の発言は、「言ったけど、嘘でした」だそうだ。 5月の第4週は、そうして終わっていった。
矢部万紀子(やべ・まきこ):1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』。