KDDIは映像配信大手のネットフリックスと業務提携を発表した。
5月29日、KDDIはネットフリックスと提携し、今夏以降に大容量データプラン「au フラットプラン 25 Netflixパック」の提供を開始する、と発表した。
ネットフリックスのコンテンツ料金とKDDIの映像配信「auビデオパス」の利用料金、そしてスマートフォンの通信料金25GB分がセットになり、月額5500円からとなっている。
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「このプランはどういう発想の元につくられたのか」「自社で動画配信を持つKDDIが、世界的な事業者であるネットフリックスと組む真意はどこにあるのか」など、疑問も多数浮かぶ。
そこで、KDDIの髙橋誠社長に、数々の疑問をぶつけてみた。髙橋社長から返ってきたのは、5Gに向けた「顧客中心型サービス構築」を軸にした発想だった。
「ビデオパス」がありながら、ネットフリックスとも組む理由
KDDIの髙橋誠社長。
── まず、今回の提携の基本的な考え方を教えてください。
髙橋氏:お客様本位で考える、ということです。
動画コンテンツというものは、もはや過去とは規模感が変わって来てしまいましたよね。ネットフリックスは会員数が1億2500万人。日本の人口に匹敵する数です。それだけのコンテンツアグリゲーション力がある事業者のコンテンツは、お客様のためを思えば、お届けした方がいいだろう、と思うんです。
弊社の映像配信事業である「ビデオパス」は100万人以上の会員数がいます。
しかし、ビデオパス開始当初のネットフリックスの規模と、今の規模は圧倒的に違います。だから「ビデオパスを大事にするがゆえに※OTTと組まない」ということにはならない。
※OTTとは:
Over The Topの略称。インターネット上でオープンに事業を展開する事業者のこと。
ネットフリックスはグローバルなプラットフォームですから、どうしても日本のコンテンツには弱い。弊社はビデオパスでテレビ朝日さんと組んでいます。あるいは、J:COMが仕入れているハリウッドコンテンツもあります。
海外と日本、両方のコンテンツがあり、お客様に届くのが素晴らしいことだと思います。
── つまり「ネットフリックスかビデオパスか」でなく、「どちらも」であることが重要だ、と。
髙橋氏:そうです。そうではないと、実際にあのプランは提供できません。
2018年夏以降に提供される予定の「au フラットプラン 25 Netflixパック」の内容。
── とはいえ、OTTはどこにも同じサービスを展開するわけですよね?
髙橋氏:そこは違うと思っています。
確かに彼らはオープンです。しかし、「auが一番お客様にコンテンツを届けてくれそうだ」と思っていただけたので今回は提携していただけた、ということだと理解しています。
もう端末でキャリアを選ぶ時代ではない、という覚悟
── 携帯電話事業者として、スマートフォンを経由して一番コンテンツを届けてくれそうなのはどこか、という判断ですか。
髙橋氏:そうです。
これからの時代、お客様はまず「サービス」にアプローチします。どの事業者もみんな同じスマートフォンを売っている状況ですから、お客様からすれば、「auの携帯電話を使いたい」という時代ではない。
そこで「ネットフリックスを使いたい」「ネットフリックスを一番使いやすい」携帯電話事業者はどこだろう……ということです。
僕らは、当然お客様に一番いい品質で届けたい。そのためには逆に、OTTプレイヤーの側から選んでもらわなければならないような気がするんです。どちらかが強いとかそういう話ではなく、KDDIとネットフリックスが一緒に組んで、一番良いコンテンツを、一番良い料金で提供するスキームを提供する、ということです。
auのスマートフォンを持つネットフリックスのプロダクト最高責任者である グレッグ・ピーターズ氏と髙橋社長。
── 確認ですが、これからビデオパスの事業を止めるわけではないんですよね。今後の投資判断・戦略はどうなるのでしょうか。
髙橋氏:これはネットフリックスもそうですが、ビデオパスはコンテンツが蓄積されていく「ストック」のビジネスです。
すでに蓄積があって、それが今後も利益を生むサービスです。日本のコンテンツを中心にラインナップし、十分な利益は得られています。やっていけると思いますよ。
ネットフリックスでは膨大な作品が配信されているが、細かなレコメンデーションによりユーザーの視聴機会を増やしている。
── ビデオパスのコンテンツ調達はどうでしょう。今後、ネットフリックスとのセットありきだと、調達の方向性が変わっていくのでは。
髙橋氏:できるだけ食い合わないようにしたいとは思いますが、アプリは別々になっているので、そこまでシビアに考える必要はないと考えています。
ただ、お客様の視聴の形はよく観察していきたい。ネットフリックスはすごくビッグデータにこだわっている会社で、実はうちもビッグデータにこだわってコンテンツを作っています。
お客様の了解を得る必要はありますが、情報交換をしながら、どういうお客様がどういう形で視聴しているのがが見えてくればいい。あまり焦らずに進めていきたいです。
── そうした連携は、提携の契約の中に含まれるのですか?
髙橋氏:契約の内容は明らかにできませんが、ネットフリックスのプロダクト最高責任者であるグレッグ・ピーターズさんとも、「お互いのコンテンツを良くしていくための情報交換はいいことだ」ということで意見が一致しました。
「100時間見られる」ことを目安に25GBの容量を設定
エンタメを楽しむとき、テレビではなく、スマホでネットフリックスを観る時代に?
── 料金プランについてお聞きします。今回は20GBのプランをベースに追加する、という形でした。通信プランを安いものにして、総計をもっと“安く見せる”こともできたはずです。「5500円」という価格は内容を見ればリーズナブルですが、シンプルに安くは見えない。どういう判断でこの料金プランを決定したのでしょうか。
髙橋氏:いやらしいじゃないですか、単に安く見せるのって(笑)。
20GB+5GBというのは、動画を100時間見るのに必要な容量、という計算です。100時間は、1カ月のおよそのテレビ視聴量に匹敵します。
筆者注:ネットフリックス側の説明によれば、標準解像度の映像を十分に高画質に伝送する場合、480kbps程度が標準的であり、「25GBで100時間」という推定の根拠もこのビットレートに基づいている。
髙橋氏:20GBに5GBを足すくらいがちょうどいいと思うんですよ。通常容量を追加する場合、1GBで1000円もします。5GB追加だから5000円……というと言い過ぎなので、20GBと30GBのプランの差額が2000円であるところから考え、「20GBのプランに1000円足すくらいかな」という判断です。
そう思っていただくと、いま20GBのプランにお入りいただいているなら、「ネットフリックスがついてきて、ビデオパスも見られて5GB容量がついてくるからOK!」という感じになるんじゃないかと思うんですよね。
── 海外では、T-Mobileが「通信費も含め見放題」というプランで、特に若い世代をひきつけました。今回のプランは「見放題」にはなっていません。そこはどう見ていますか?
髙橋氏:僕は、T-Mobileの「アンキャリア戦略」がすごく分かりやすくて好きなんです。「ワクワクを提案し続ける」という我々の戦略に、ちょっと似ているじゃないですか。
コンテンツと通信をバンドルする取り組みは、T-Mobileにならったようなところがあります。
米国キャリア・T-Mobileは既にネットフリックスがバンドルされたプランを提供している。
T-Mobile
髙橋氏:ただ、彼らは家族プランのようなものにネットフリックスをバンドルする、というやり方です。そういう「家族プラン」的なものは“他社”のやり方で、我々はもっと個別のお客様に訴求することを狙っています。
見放題、いわゆる「ゼロレーティング」については興味がないわけではありません。グレーな部分ではありますが、公平性の観点から、※MNOとしてはやりづらいところがあります。ネット中立性の話は、MNOとしてどこまで担保すべきかが、いままさに状況が変わりつつあるところで、色々な議論が出てくるところかと思います。今回のプランが、ひとつのきっかけになるのではないか、と思います。
※MNOとは:
Mobile Network Operatorの略で、移動体通信事業者の意味。MVNOなどに回線を提供する側のこと。
サービス融合戦略でドコモと差別化図る
── 質疑の中で、「映像に限らず、グローバルなパートナーとは他にも組みうる」というお話がありました。ネットフリックス以外のパートナーシップについては?
髙橋氏:僕はOTTプレイヤーとの連携を多く手がけてきた人間です。昔で言えばグーグルとの提携だとかをやってきました。
グローバルなOTTプレイヤーは、世界中の人々を相手にしているので、コンテンツとしてはとても優れたものをお持ちです。そう言う方々とのコラボレーションはどんどん進めてきたいです。一方で、自分達が進めてきたサービスも、今回のように融合させられるのであれば素晴らしいと思います。
他社、NTTドコモさんが本当にどういう戦略なのかは分からないとこがありますが、見る限り、垂直統合的ですよね。そこと差別化が図れる戦略だと思います。
── 5Gは正直分かりづらいという声もあります。「高速になる」ことがどんな違いを生むのか見えにくい。今回のような映像配信の推進は、「高速化がどういう意味を持つか」を知らしめる役割にもなるのでは。
髙橋氏:いつも技術者の方が先を語ってしまいます。3Gだ、4Gだ、5Gだ、と。大容量・高速接続・低レイテンシー。今日のような提案を通じて、「どれが次世代の技術を活かすのにいいものなのか」を模索していけばいいと思うんです。
今回のバンドルプランも「5Gでもっと速い速度で使えたらどうなるだろうか」と思っていただけば、ちょっとワクワクしますよね。「さらにVRが来ます」といえば、それもワクワクする。
今回、同時に発表したテレイクジステンス社との協創も、4Gのネットワークで小笠原と東京を結ぶ予定になっています。これが5Gになれば、レイテンシーが短くなり、感覚が微妙に伝わる。
そうやって、お客様の体感できるものを増やしていくのが、新しい技術を活かすサービスのヒントになっていきます。
テレイクジステンス社のロボット「MODEL H」。VRゴーグルやコントローラーを使い、ロボットを遠隔操作できるほか、ロボットが見ている風景や触感などが操縦者にフィードバックされる。
髙橋氏:VRだったらもっと容量がいるので5Gがいい……そんな会話をしていくと、お客様視点での5Gに向かっていけるのでないか、と思います。
そして、その「5Gで何ができるか」を、ベンチャー企業と一緒に考えていきたい。やはりベンチャー企業って、色々な発想を持っていますから。
(文・西田宗千佳、撮影・小林優多郎)
西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。