公正取引委員会で5月29日に行われた「携帯電話分野に関する意見交換会」第3回の様子。
撮影:石川温
公正取引委員会(以下、公取委)は、携帯電話分野における競争政策上の課題を整理する「携帯電話分野に関する意見交換会」を計3回、開催した。
おりしも大手キャリアがスマートフォンの買い替えに関して「4年契約縛り」を設けていることに対して、公取委が「独占禁止法上、問題となる恐れがある」として是正を促す、と6月22日、NHKが報じている。
初回は、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクがプレゼンを実施。2回目は※MVNO各社のプレゼン、3回目は利用者アンケートの結果をもとに、有識者が議論を進めた。この結果は報告書としていずれ公開される予定だ。
※MVNOとは:
Mobile Virtual Network Operatorの略。自社で通信設備を持たずMNO(ドコモやKDDI、ソフトバンク)などから設備を借りて、「格安SIM」等を展開する仮想移動体通信事業者のこと。
初回は非公開だったが、残り2回は傍聴が許されていたので、クールビズでクーラーがほとんど効いていない蒸し暑い会議室での議論を取材した。
頼りない総務省の代わりに格安スマホ促進か?
格安スマホのブームはひと段落?
撮影:小林優多郎
2回の傍聴で、公取委が携帯電話分野における競争をさらに促進させようと本気になっているのが伝わってきた。
こうした議論は総務省でも「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」という会議で行われていた。
公取委としては、第2回の意見交換会で大手3キャリアがMVNOにネットワークを貸し出す際の接続料をテーマに議論を進めた。特に「3社の接続料がなぜ競争して値下げの方向にいかないのか」といった問題が焦点となっていた。
公取委関係者は「総務省は接続料に関して及び腰。こんなに接続料がガチガチに決められ、柔軟に引き下げられない国は珍しく、日本ぐらいなものだ」と語る。
また、意見交換会では、「なぜユーザーは、キャリアに比べて料金の安い格安スマホに移行しないのか」という点も課題として挙げられていた。
公正取引委員会の公式サイト。
ここにきて、「格安スマホブーム」はひと段落したように思える。UQ mobileやワイモバイルといったKDDIの関連会社やソフトバンクのサブブランドが大量にCMを流すことで、格安スマホに興味のあるユーザーを一気に獲得している。
一方、大手キャリアが従量制のプランや、端末割引がない代わりに月額1500円を割り引きし続けるプランなどを投入。格安スマホを選ばなくても、大手キャリアでもそこそこ安く使えるプランが増えてきたことで、格安スマホへの関心が薄れてきている雰囲気がある。
実際、大手キャリアが格安スマホ対抗プランを出して以降、「契約者の流入が鈍化した」とぼやくMVNO関係者は多い。
MVNO大手インターネットイニシアティブ(IIJ)の個人向け契約数を見ても、2016年度は年間14万件の純増を記録していたが、2017年度は7.4万件にとどまっている。
MVNOを経営していく上で最も負担が大きいのは接続料だと言われている。公取委が第2回の議論で接続料をテーマに設定した背景には、接続料を引き下げ、MVNOの経営的な負担を軽くし、MVNOの競争力を高めたいようだ。
大手キャリアから不利な条件を突きつけられがちなMVNOからの意見を聞き出すことで、公平な競争をする上での問題点を洗い出し、競争環境を維持していこうという、公取委の強い意思が伺える。
有識者なら「この件は詳しくない」と言わないで
有識者の面々は、どのような端末と回線を使っているのだろう(写真はイメージです)。
撮影:小林優多郎
ただ、実際に意見交換会を傍聴していると「この人達に任せておいて、本当にユーザーとモバイル業界のためになるのか」と不安になる部分もあった。
意見交換会には、競争環境に詳しい有識者が名を連ねているが、発言する際に「私はこの件は詳しくないのですが……」と、まず言い訳から始める人が多い。
有識者として、この意見交換会に参加しているにもかかわらず、“この件は詳しくない立場”でモバイル業界について発言するのはなんとももったいない気がしてならない。
有識者の考え方次第で、キャリアやメーカー、ショップスタッフなど、多くの業界関係者が路頭に迷う可能性だってあるのだ。もちろん、スマートフォンを使う多くのユーザーの財布にも直結する。
少しでもモバイル業界の問題点において、予習し、的確な指摘をしてもらえば、キャリアやメーカーも反論できなくなるはずだ。
信憑性に乏しいアンケートを基に2時間議論
日本で最も古いと言われるMVNOは「日本通信」と言われている。
出典:日本通信
もうひとつ気になったことがある。3回目の意見交換会ではインターネット上で2000人にアンケートをとり、その結果をベースに議論が進行したが、そのなかで「MVNOを15年以上契約している利用者が1.7%いる」というデータが採用されていた。
日本初のMVNOは、日本通信であると言われている。同社のサイトによれば、1996年に法人向け携帯電話のMVNOを開始し、2001年にPHSデータ通信のMVNOを展開している。
15年以上のMVNOユーザーとなると、そのころから日本通信のMVNOサービスを使っている人ということになるが、そんな人が1.7%、2000人中33人もいるとは思えない。
公取委に確認したところ「アンケートに答えた人が勘違いしたのではないか」との見解だった。
ユーザーの利用動向調査で、自分の契約年数を勘違いして記入してしまうような設問のアンケートに、どれほどの信憑性があるというのか。
しかも、アンケートの内容は多岐にわたり、この結果をもとに有識者が2時間近く議論を展開したものの、松村敏弘東京大学社会科学研究所教授など複数の有識者からは、「調査結果だけをもとにして何か提言をまとめることは無理に等しい」という発言が相次いだ。
「業界の問題点」は誰のための議論?
「理解できない説明」をするショップが本当に悪いのか?(写真はイメージです)
撮影:小林優多郎
信憑性のないアンケートを元にした、不毛な議論が続いたかのように見えたが、モバイル業界の問題点を鋭く突く発言もあった。
依田高典京都大学大学院経済学研究科教授から「アンケートでは、MVNOのほうが安いと理解していても、実際、多くのユーザーはキャリアの契約を続けている」と、ユーザーは必ずしも経済合理性にあった行動をしていないという指摘があったのだ。
この発言を受けて、この意見交換会の座長である舟田正之立教大学名誉教授からも「消費者よ、賢くなれ」という意見が出た。
この「消費者よ、賢くなれ」という指摘はまさに正論ではないだろうか。
ユーザーが「キャリアの料金は高い」と気が付き、格安スマホに流れれば、キャリアとMVNOの競争環境はさらに激化する。もちろん、今後、さらにキャリアからMVNOにユーザーが流出すれば、キャリアとしても一層の料金値下げを迫られることになる。
料金プランを丁寧に説明するほど、わからなくなっていく現実
ただ実際のところ、キャリアショップの店頭では、料金からオプション・解約条件などの説明を1時間以上も聞かされ、へとへとになり、正しい思考ができないなかで、何枚もの紙やタブレットのページにサインを求められることが多い。
結果として、ユーザーはスマホの契約を理解できなくなるのだが、総務省や公取委では「理解できない説明の仕方がが悪い」と問題視し、「消費者がもっと賢く契約できる」ように、さらにショップに説明を丁寧にするように要請する動きがある。
実際に、野田聖子総務相は4月27日の記者会見で「総務省では、4年縛りを大手携帯電話事業者や販売代理店による契約前説明の対象とする“消費者保護ガイドライン”の改正の手続きを進めていく」と発言。ショップでの契約前説明を強化していく方針を明らかにしている。
これでは、総務省や公取委の注文によって、ショップでの説明がさらに長時間化する。ユーザーは今まで以上に説明を聞いてもチンプンカンプンでまともに理解できずに、店をあとにすることになる。ユーザーが契約条件を理解できない状況は、総務省が作り出しているといっても言い過ぎではないだろう。
ここ最近の総務省や公取委の議論は、ショップの店頭をかき乱し、結果として、ユーザーの不利益にしかなっていないように思える。
総務省と公取委には改めて「誰のためにモバイル業界の問題点を議論すべきか」を改めて考えてもらいたい。
(文・石川温)
石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。