近年、急速に注目度が高まりつつあるブロックチェーン技術。業種を問わず、数多くの企業が自社事業に対するブロックチェーン技術の導入を検討している。同技術が社会にもたらす破壊的なインパクトは、ビジネス・経済の枠組みにとどまらず、国家レベルのガバナンスのあり方さえも変えてしまうポテンシャルを秘めている。
実際、海外においては、いくつかの政府がブロックチェーン技術の本格的な活用に向けて動き出している。ブロックチェーン技術を適切に活用することで、行政のコスト削減やパフォーマンスの向上が期待できるだけでなく、民主主義のあり方自体を大幅にアップデートできる可能性があるのだ。
中学時代にはダンスに夢中になり、ニューヨークでパフォーマンスを披露した経験もあるというPoli Poli(ポリポリ)の伊藤和真CEO。
撮影・川村力
日本でも、この「政治×ブロックチェーン」の領域に取り組む企業が現れてきている。2018年5月半ば、個人投資家の西川潔氏(ネットエイジグループ創業者)と鶴田浩之氏(メルカリ ソウゾウ執行役員)、エフベンチャーズ(福岡市)からの資金調達を発表した「Poli Poli(ポリポリ)」は、まさにそんな企業の中の一つだ(以下、文中の「Poli Poli」は企業名を、「ポリポリ」はアプリ名を指す)。
日本の政治市場は6兆円の「ブルーオーシャン」
「ポリポリ」のビジネスモデル。トークンエコノミーに市民のデータ取得・販売を絡める展開を検討している。
Poli Poli
6月末にもベータ版をローンチする「ポリポリ」は、政治家と有権者(市民)がスマホアプリを通じて政策提言や意見交換を行い、政治コミュニティを形成することを目指している。
「いいね」やコメントの書き込みに応じて、ブロックチェーンベースの独自トークンを付与することで、コミュニティへの参加に対するインセンティブを高める仕組みだ。将来的には、トークンによる個人献金システムを実現することも計画している。
サービス開発を牽引する伊藤和真CEOは、「政治をエンターテインする」ことを会社のビジョンとして掲げている。意外なことに、彼自身、最近まで政治にはほとんど興味を持っていなかったという。
「政治は無駄なことばかりで、『この人たち、何やってんの?』くらいに思ってたんです。あるとき、自分がやったほうがうまくいくんじゃないかと思っていろいろ調べてみたら、エストニアをはじめとして、海外で『to G(Goverment、政治)』関連のビジネスが盛んになりつつあることを知って、これはイケるなと。日本の政治はイマイチだけど、それだけにビジネスもブルーオーシャンで、テクノロジーを絡めて変革する余地があると気づいたんです」
その後、伊藤さんはネット選挙に関する研究で知られる慶応義塾大学・田代光輝教授の論文などを読み漁った。その流れで、慶大SFC研究所の上席所員を務めていた石井登志郎氏(その後、2018年4月の西宮市長選挙で当選)が執筆した記事に関心を抱き、面会を求めた。
「当時、ちょうど衆議院議員選挙が行われている最中で、石井さんの紹介で立候補者の選挙事務所でインターンをさせてもらいました。現場でいろいろと勉強する中で、政治分野の市場規模は人件費を含めると6兆円にも及ぶことを知って、テクノロジーが貢献できそうな部分もたくさんあることがわかった。あれは本当に大きな経験でしたね」
2カ月でプログラミングを学び、俳句アプリを自作
2017年11月の市川市長選挙における伊藤さんの取り組みを紹介した東京新聞の記事(「市川市長選再選挙 政策どうする? 慶大生開発 アプリで直接候補者に聞こう」、2018年4月13日付)
東京新聞
そんな折、友人からの情報で市川市長選挙(2017年11月)を知った伊藤さんとその仲間たちは、ポリポリの前身となるアプリ開発を行い、不眠不休で数日間かけて完成させる。実際、投票者の一部にポリポリを使ってもらうこともできた。
いかにもデジタル・ネイティブ世代らしいエピソードだが、実は伊藤さん、プログラミングを始めてからそれほど時間が経っていないのだという。
「プログラミングは大学に入ってから始めました。きっかけは、高校3年の時にハマった俳句。周囲に俳句をやっているヤツなんかいなかったから、仲間を見つけられるアプリやサービスがないかと探したんだけど、当時は良いものがなかった。それで、大学に入ったら勉強して自分で作ってやろうと。
慶応に入ってから、2カ月ほどでプログラミングを一気に学習し、それから1カ月ほどで交流アプリ『俳句てふてふ』を完成させました。それが人生初の自作アプリ。SNSで発信したら、沖縄など全国から共感の声が届いて。昔と違って、一介の大学生が自分のビジョンや価値観をサービスに乗せて安価に発信することができる。個人の時代の到来を実感しましたね」
俳句アプリの成功体験が、市川市長選での試みに昇華したわけだ。
海外のトークンエコノミー先駆例に学ぶ
トークンエコノミーの先駆例「steemit(スティーミット)」の紹介ページ。
Steem HP
しかし、それがポリポリへと進化し、外部からの資金調達へと動いていくまでには、もう一段階のジャンプが必要だった。
市長選を終えた翌月、伊藤さんは仲間たちと集まり、ある海外のSNSサイトについて語り合った。世界中でユーザーを獲得しつつある「Steemit(スティーミット)」だ。
同サイトではユーザーが記事を投稿したり、「いいね」をつけることで、ブロックチェーンベースの独自トークンを獲得することができる。広告に依存せずにコンテンツを収益化することができる新たなビジネスモデルとして、大きな注目を集めている。
伊藤さんもこのサービスの存在を知り、ホワイトペーパー(製品やサービス、技術に関する解説をまとめた書類)を読み込んだ。
「政策の提言や議論、政治家の評価といった政治のプロセスは、Steemitのようなトークンエコノミーと相性が良い。日本の個人献金の市場規模は約250億円と言われていて、その規模を考えれば、Steemitよりうまく回る可能性もあると思ったんです」
ブロックチェーン技術を活用したサービスの中には、まだまだ構想段階のものも少なくないが、ユーザーに実際に利用されているアプリケーションとして、Steemitのようなユースケースは注目に値するものだ。
開発体制、法務基盤を真っ先に整えた
6月4日に公開された「ポリポリ」ベータ版のデザイン。
Poli Poli
ポリポリに話を戻すと、サービスは「絶賛開発中」という。6月4日にはベータ版のデザインが公開され、広く一般からフィードバックを募っているところだ。並行してシステム開発も進め、6月末頃にはベータ版アプリとしてリリースされる予定。
ただ、コインチェックの仮想通貨不正流出事件の余波がいまだに尾を引いていることからも分かるように、トークン発行を絡めたサービスの構築に当たって、セキュリティの確保を含む技術面のハードルは決して低くはない。
「セキュリティ面は最も重視している点の一つ。幸運なことに、僕らはネム・ブロックチェーン開発の第一人者である木村優さんが率いる『LCNEM』と業務提携を結ぶことができました。ブロックチェーン技術自体について言えば、中長期的にはイーサリアムが本命だと考えてますが、現時点では、送金スピードが遅く、実装が難しい。その点、ネムはセキュリティが高く、工数も少なくて済む。木村さんを技術顧問に迎えたことで、盤石の開発体制が整ったと自負してます」
現時点において、イーサリアムはブロックチェーンアプリケーション開発のデファクトスタンダード(事実上標準化した基準)の地位を確立しつつあるものの、同時に、ユーザー数の増加に伴う深刻なスケーラビリティ(拡張性)の問題を抱えていることでも知られている。現在、開発者コミュニティ内では、この問題を解決すべく、さまざまな解決策が提案されている段階だ。
Poli Poliが顧問契約を結ぶ法律事務所「Zelo(ゼロ)」のウェブサイト。東京大学法科大学院で特別成績優秀賞を得た弁護士・小笠原匡隆氏が率いる気鋭の法律集団だ。
Zelo HP
さらに、Poli Poliは、ブロックチェーン事業者の自主規制団体「日本ブロックチェーン協会(JBA)」のリーガルアドバイザー・小笠原匡隆氏が代表を務める法律事務所「ZeLo(ゼロ)」と顧問契約を結び、今後、さまざまな環境変化が予想される法務面の基盤も整えた。
Poli Poliはこれからどこに向かっていくのか。
「一攫千金を狙ってスタートアップを立ち上げたわけじゃない。それは創業メンバー全員が同じ気持ち。給料は、あらかじめ決めた目標に対する達成度がどうだったか、社員(4人+業務委託数人)の前でプレゼンして決めてるし、経費も全て社員に公開してガラス張りでやってる。ちなみに、先月に関して言えば、CEOの自分の給料は下から数えて2番目。でも、全然気になりません。自分たちのサービスで社会を変えていくことが、何より大事なことだと思ってるので」
(取材・勝木健太、文・勝木健太/川村力)