野村総合研究所の小川悠さん(右)と交流する大学1、2年の参加者ら。小川さんは、教育熱心な上司たちを慕い、「おじさんが嫌いだったけど、おじさんたちはかっこいい」と学生に伝えていた。
大学3年生のインターンシップが“解禁”になった6月1日。
その前夜の2018年5月31日、大学1、2年生が社会人とキャリアを考えるイベントが開かれ、定員を上回る37人が参加。
「どうやって仕事を選んだか」「結婚しても働き続けられるか」
参加者は次々と手をあげて、社会人に質問を続けた。
この前まで高校生だった大学1年生たちは、なぜ早くもキャリアを見つめ、行動に移すのか。
ある男子学生は「すべては将来への不安から」と口にする。
「就職への恐怖感を減らすことができた」
ビズリーチが開いた「大人のおせっ会」。大学1、2年生で、OB・OG訪問のネットワークサービスに登録している学生37人と、社会人4人が参加した。
イベントの冒頭、主催するビズリーチの担当者は、今後30年の見通しとして、
- 企業の時価総額ランキングを10年前と比べると、トップ10の企業は、ほぼ一掃された
- 2050年には、平均年齢が55歳、2007年生まれは107歳まで生きる確率が50%
- 日本のGDPは2050年に4位から8位に後退すると予測されている
- 2025年までにAIの進化や機械化でさまざまな職業がなくなると言われている
といったことをスライドで紹介。「自分はこう働きたいというキャリアを選んでいく時代。どう生き、どう働くかを現時点で考えて欲しい」と呼びかけた。
人生100年時代の到来。長い人生、ゆっくりと時間をかけてキャリアを考えられる時代になった、と考えられなくもない。しかし学生たちにとっては、目の前の学生生活が今後の長い長い人生を左右すると感じられるのだろう。高校卒業直後から、その後のキャリアを真剣に考えている人が多いようだ。
イベントには社会人4人が参加し、学生たちとそれぞれ20分の懇談。学生の参加申し込みは1日で当初の定員20人が満席になり、結局、受付から9日で45人に達し、締め切られた。
学生たちは次々と質問を投げかけ、イベント終了後も社会人と話したい学生が列をなし、質問をするために会場の外まで社会人を追いかける学生もいた。
「どうやって内定を得たのか」「男でも育休は取れるか」「どのようにインターンを選んだのか」といった就活や働き方に関する質問のほか、「仕事で大学時代の経験が生かせない場合、大学はどういう場所であるべきか」という大学の役割にも話が及んだ。
ある学生は、楽しそうに社会人生活を話す参加者の姿に、「就職への恐怖感を減らすことができた」と感想を寄せた。
「すべては将来への不安から」
学生たちに、自身の経験を伝える外資系企業の永瀬良さん(右奥)。
学生はなぜ、就職に恐怖感を抱くのか。そして、学生は何に突き動かされ、早くからキャリアを考えるのか。
「すべて自分がやっていることは、将来への不安からです。自分に自信を持ちたいです」
慶應義塾大学1年生の男性(18)は、不安を吐露する。
男性は、高校から慶応に入り、内部進学した。「失敗したことがないんです」と、これからやって来るかもしれない挫折への恐れを口にした。
男性が将来への不安を抱いたのは、高校3年生の時だった。部活を3年生の秋に引退した途端、将来への漠然とした不安が起きた。
「不安になって、ネットサーフィンでいろいろ調べた」
男性はYouTubeをよく見る。「MBAをとってマイクロソフトに就職したYouTuberが好きで」と語り、自らも海外でMBAを取るキャリアを描いている。
「今の自分に不安がある。もっとスキルを身に付けたい。お金持ちになりたい気持ちもある」と不安を繰り返し語る男性。
「内部進学の推薦を蹴って、カナダに行った友人もいる。このまま進学するだけでは、自分には目的意識がないようで不安だった」「YouTubeを見ていると、みんな成功している。ああいう風になりたい」
男性は意識の高い人が身近にいて、焦っているようだった。
男性は、ビズリーチのOB・OGとのマッチングアプリに登録しており、「OB訪問をしたい」と早くも就活の第一歩を踏み出そうとしている。
受験で挫折「良質なコミュニティ」を求めて
都内の国立大学に通う1年生の女性(20)は、「志望していない大学に来てしまったので、悩んでいて、あらゆる機会を見つけては飛びついています。長期インターンを見つけたり、ほかの大学のサークルを探したり、とにかく良質なコミュニティに入りたいです」
女性は有名私立大学の経済学部を志望していたが、今の大学に進学することになった。「志望校にそのまま進学できていたらよかったけど、結果的には第4志望の大学に入ることになって、正直、危機感を持っています」と女性。
現在は外国語を専攻。「(志望していた)経済学部生になれなかった不安」から、自身の専攻が就職に有利になるかどうか、不安を抱いている。
社会が変わっても生き残る力を
社会人生活が長くなればなるほど、学生は学生時代の過ごし方にプレッシャーを感じているように思える。
「10年後に今ある会社があるかもわからないまま、中国に(自分の時間を)フォーカスしていいのか」
慶應義塾大学経済学部の2年生の女性(19)は、大学1年から2年になる春休みに、2カ月間、中国でインターンシップを経験した。今後は1年間、中国へ交換留学することを決めている。
「周りの学生たちは遊んでいるけれど、あと数年で大きな決断をしないといけないことに危機感があり、インターンに行きました。社会が変わっても生き残るために、自分で力を持ち、変化に対応しないといけない。どう対策すればいいか、幸せになれるのか」と“戦略的に”人生設計を考える。
友人の女性も、大学1年生の春休みにウガンダに6週間、インターンシップに行ったという。
「大手に入っても幸せじゃない。大手は年収はいいけれど、それだけで入社を決めている人もいる。お金は確かに大切だけど、それだけじゃない」と生き方を模索する。
今を大切にできにくい世の中
人生100年時代。だからこそ、もう少しゆっくりキャリアを考えられないか。学生たちに焦りや窮屈さはないのか、聞いてみた。
上記の経済学部2年生の女性は「受験のため、就活のため、と時間を割いて来た。時間を将来のために刻み続けていて、虚しさも感じる」。その友人の女性は、「今も大切だけど、今を大切にできにくい世の中になった。人生100年時代と言われる中、(卒業後も)楽しいこと、自分のやりたいことをずっとしていたいから」と、長く続く将来のためにこそ今の時間を有効に使おうとしている。
“正解”のないキャリア
大学1、2年生から、今後の人生やキャリアについて気軽に相談できる社会人の先輩がもっと欲しかったと思いますか?という質問に、88%が「欲しい」と回答した。
出典:ビズリーチ・キャンパス調べ「大学生のキャリア観」に関するアンケート。
参加した社会人の目には、早くからキャリアを考える学生たちの姿がどう映ったか。
外資系企業の永瀬良さん(28)は「1、2年生なのに、就活はどうすればいいかという質問が多かった。この背景には、自分が何をしていくか示してくれるものがないのでは」と話す。以前は銀行や大手企業に行って、「定めた目標に向かって走ればよかったが、今は迷った時の判断基準がない」、だからこそ、もがいて生き方を探していると推測した。
ビズリーチの「大学生のキャリア観」によると、2019年に大学・大学院を卒業する学生のうち88%が、大学1、2年生の頃に人生やキャリアを相談できる社会人や先輩が欲しいと回答した。
今回、参加した学生は、OB・OGとのマッチングプラットフォーム「ビズリーチ・キャンパス」に登録している学生たち。登録者は2018年5月時点で5万7000人、うち2000人が1、2年生だ。実際に1、2年生とOB・OGがマッチングした件数は、数十件。イベントの参加者の中では、3人がすでにOB訪問を経験していた。
ビズリーチの新卒事業部の小出毅部長は「大手に行く先輩、ベンチャーに行く先輩、違う価値観で社会に出る人たちが周りにいて、学生の考えるキャリアが多様化している」。しかも、就職活動が始まると、自分を見つめる時間はなかなかなく、「自分自身のことに集中できるのは、大学1、2年生。学生が社会を知る機会をつくりたい」と話している。
(文、撮影・木許はるみ)