7月1日付けで資生堂チーフストラテジーオフィサー(CSO)に就任する留目真伸氏。
2015年4月からレノボジャパンとNECパーソナルコンピュータの社長として両グループを率いていた「プロ経営者」留目真伸氏。2018年5月の突然の退任発表を経て、6月5日に公表された活動が注目を集めている。
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7月1日より、化粧品大手・資生堂のCSO(チーフストラテジーオフィサー)に就任するとともに、個人会社HIZZLE(ヒズル)で「プロ経営者の育成」にも取り組むという、パラレル転身だったからだ。
46歳の新世代経営者の「複業(副業)観」と「プロ経営者を育てる」活動の意図を留目氏に聞く。
留目真伸(とどめ・まさのぶ):1971年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。総合商社、戦略コンサルティング会社を経て、2002年にデル、その後ファーストリテイリングを経て2006年にレノボ・ジャパンに入社。2015年4月に社長就任。2018年5月、退任を発表。同年7月より資生堂のチーフストラテジーオフィサー(CSO)に就任する。
資生堂CSO+個人会社 —— なぜ「複業」を選んだのか?
レノボ・ジャパンの社長交代のリリースはIT業界で話題を呼んだ。
IT業界の記者に留目氏の印象を聞くと、「グローバル企業のトップとは思えない、異色の経営者」と評価する人が多いだろう。
自他共に認める「現場好き」で、レノボ・ジャパン社長時代もスタートアップのイベントなどにふらっと1人で現われては、いち参加者として名刺交換もすれば、議論にも加わっていく。そんな留目氏の姿を筆者も何度となく現場で見かけてきた。
2000年以降、グローバル企業と日系企業の要職を歴任し、国内外の経営手法も熟知してきた人物だから、グローバル化・デジタル化を推進する伝統企業・資生堂への転身は、驚きこそあれ違和感はない。
一方で、「経営層の複業転身」という選択は、相当に個性的だ。
「実質的には自分の時間のほとんどを資生堂に使うことになる」(留目氏)と言うように、個人会社HIZZLEでの活動は、あくまで課外活動的な位置付け。実際、ここから報酬を得ることは予定していないという。
今回、資生堂CSO就任にあたり「複業」という選択肢をとったのは、自身の強い動機として、「日本にプロ経営者が足りない、という根底の課題認識にあった」と言う。
資生堂は社員に複業(副業)を認めており、CSO就任にあたっての打診がそのまま認められた形だ。
ここ数年、大企業の従来型ビジネスの不調や危機感が伝えられない日はないほどだ。「シェア経済の流行」や「あらゆるモノのサービス化」という潮流が、2010年代の大きなうねりとなって企業の競争環境を激変させている。
留目氏は言う。
「(現代は)不確実性が高い時代と言われますが、良く言えば好機しかないとも言える。経営者の手腕次第で、リソースはいかようにも集められ、勝ち方にもさまざまな選択肢が増えました。1社だけでなくオープンイノベーション的解決もできる」
それでも、荒波をうまく乗りこなせた企業は決して多くはない。
大企業が「有望な新規事業を生み出せない」問題は常態化しているし、一方で国内のスタートアップも、起業のハードルは下がっても有望な事業に成長するのはアメリカほどは多くない。どちらも、誰もが気づいている現実だ。
大量生産だけでは「社会課題を解決できない時代」になった
なぜ世界のさまざまな企業が同種の問題に直面してしまうのか。
留目氏は、外資の経営も、日本的経営も経験してきた。その目線から、これは決して日本企業だけが抱える問題ではない、と感じている。
—— 企業がいま、ビジネスを作りづらくなってきているのはなぜですか?
率直にたずねると、留目氏は「社会課題の定義が変わってきているからだと思います」と答えた。
「近代化の過程で、開発に大規模投資をする、製造設備に人を大量投下することが求められてきました。それが(企業の戦い方の)固定化したオペレーションになってしまった。
しかしいま、もう一度変わる時期にきています。
現代で求められているのは、複数のモノとサービスを組み合わせて、いかに(社会に)実装していくか。それによって社会の課題をどう解決していくかです。
つまり、(旧来型の)工場でモノを安く、大量に生産することの延長線上に、極端にいえば社会課題の解決が“ない”んです。課題の定義が変わってきているんですよ」
留目氏は、新規事業がうまく生み出せないこと、従来型のビジネスが通用しないこと、これらの根はすべて1つの場所につながる、と考えている。
「競争環境の変化で、(従来から踏襲してきた)社員や企業幹部の“世界観や構想力、経営的な目線やスキルの育成システム”が、十分に機能しなくなったのではないでしょうか」(留目氏)
「ビジネスパーソンはみんな、エンドユーザーが求める便益もわかっているし、事業のあるべき姿も想像できています。デジタル化が進み、オンライン/オフラインの体験が統合され、どんな世の中になっていくか……これをSF的に“妄想”すること自体は決して難しくない。
けれども、そういった世界を実現するために、自分たちがどういう存在になるべきなのか。そこには、非常にミステリーがある」
MBAだけでは足りない、「プロ経営者3.0」が必要な時代
留目氏が個人会社で育成に取り組もうとする「プロ経営者」には3つの段階がある。「プロ経営者1.0」は、いわゆる従来の大企業型の経営スキル。ある意味、MBA的プロ経営者の世代と言っても良いかもしれない。
一方、近年の経営者にはスタートアップ起業家、いわゆるアントレプレナーも含まれる。2000年代後半から増えてきた起業家たちは、次の世代という意味で「プロ経営者2.0」だと言う。
そして、留目氏が個人会社のHIZZLEで知見のシェアと育成を推進していこうと考えているのが、最も新しい世代。これを「プロ経営者3.0」と呼んでいる。
—— 「プロ経営者」ってどんなものですか?
それは、経営者そのものではなく、経営的資質、ビジネス用語でいう「経営的マインドセット」だと留目氏は言う。
「MBAで習うような外資的なマネージメント術だけでは、世の中で求められている課題に対応できなくなってきているんです。
大企業であれスタートアップであれ、本来やるべきことは同じです。自分のコンテクスト(文脈)を広げながら、社会や経営の“課題解決ストーリー”を構想し、社内外のリソースを集めて、プロジェクトを創り出せる人材、能力が、プロ経営者3.0だと考えています」
これまで大企業では、課題解決を社内の多様な人材によって実現しようという傾向が強かった。
しかし、現代の課題解決は、大量生産での解決から、限りなく個別課題の解決に近づいている。こうした世の中にあっては、効率化重視になりがちな大企業の内に閉じたエコシステムだけでは、 試行するスピードも不十分だ。
この時代には、外部のスタートアップやフリーランスの分け隔てなく、力を借りてプロジェクトチームを作っていく能力が求められる。そうした環境で重要なのは、何より「信用」だ。
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「プロ経営者3.0では、信用経済が非常に重要な要素になってきます。大企業の誰々、ということではなく、この人が手がけるから一緒にやりたい、というような。所属企業の名前ではなく、社会の中で通用する“信用”を個人が身につけ、(暗黙のルールに縛られず)クリエイティビティを持って解決する能力が必須になっていく。
そのためには、プロ経営者の前に、“会社人”から“社会人”になっている必要がありますね」(留目氏)
個人会社HIZZLEでは「プロ経営者3.0」の考え方に共鳴する経営層や次世代リーダーとコミュニティをつくっていく方針だ。自身も「アップデートの途上」だと言うプロ経営者3.0の未解明の部分を、コミュニティでの対話を通じて解き明かし、共有する活動から始めるという。
将来的にはHIZZLEの活動として、ビジネスを生み出すプロジェクトの組成や、プロジェクトの活動資源として、外部のファンドから資金調達をする可能性もある。もしそうなれば、HIZZLEを「会社」として運営していることは、さまざまな面で好都合だ。
「本業」の資生堂では7月から、CSOの立場でグローバライゼーションとデジタル化を推進していく。「HIZZLEでの活動は、時代とともに美の再定義と生活文化を作ってきた資生堂のビジネスにも必ず貢献できる」と留目氏は自信を見せる。
新世代の「プロ経営者」は、進む先にどんな変化を与えていくのだろうか?
(文・伊藤有、撮影・岡田清孝)