ファッションデザイナーのケイト・スペードさんが死去、そのキャリアとブランドの歴史を振り返る

ケイト・スペードさん

ケイト・スペードさんは55歳で亡くなった。

Bebeto Matthews/AP Images

人気ファッション・デザイナーのケイト・スペードさんが5日朝、ニューヨークのアッパーイーストサイドにある自宅マンションで死亡しているのが見つかった。AP通信が報じた。スペードさんは55歳だった。

ニューヨーク市警によると、スペードさんはメモを残していたと、ニューヨーク・ポストが報じている

「メモが残されていた」担当者は言う。「メモの内容、部屋の状態、目撃者の証言から、自殺と見られる」

スペードさんには夫と13歳の娘がいた。

ケイト・スペードさんは1993年に自身の名前をつけたブランドを立ち上げ、翌年結婚。その後数年、夫婦はトライベッカの自宅でともに経営にあたった。ビジネスは、1998年までに2700万ドル規模にまで成長した。

「本当にきついよ。全てを自分たちでやるのは」夫のアンディーさんは2003年、CNN Moneyでブランドの立ち上げ当初を振り返った。「全ての借金を清算して、ビジネスをやめることも考えた。でも、信じなくちゃね。まばたきもできなかった。ぼくがまばたきしたら、彼女が落ちてしまう。彼女の希望をあきらめるわけにはいかなかった。ぼくたちはもう1人じゃできないところまで来ていたんだ」

夫婦は2006年、ブランドをニーマン・マーカスに売却したが、ハンドバッグへの愛はそこで終わらなかった。娘が生まれた後、2人はハンドバッグや靴を中心としたブランド「フランシス・バレンタイン(Frances Valentine)」を立ち上げ、ファッション業界に戻ってきた。2015年には自身の名前を"ケイト・バレンタイン"と改めている

スペード家は5日、コメントを出した。「今日の悲劇によって、わたしたちは打ちのめされています。ケイトを心から愛していました。彼女が恋しい。この困難なとき、悲しみに暮れるわたしたちのプライバシーにどうかご配慮ください」

ケイト・スペードさんのキャリアとブランドの歴史を振り返ろう。

(以下、敬称略)


1993年に自身のブランドを立ち上げるまで、ケイト・スペードは雑誌『マドモアゼル(Mademoiselle)』でアクセサリー担当の編集者をしていた。

ケイト・スペードさん

AP/Bebeto Matthews

彼女に起業を勧めたのが、当時、交際していたアンディー・スペードだ。ブランドはそれぞれの名前を組み合わせたものだった。2人は1994年に結婚した。

アンディー・スペードとケイト・スペード

Matthew Peyton / Stringer

「ハンドバッグを作り始めたのは、アンディーの提案だったの」ケイト・スペードは2003年、CNN Moneyで語った。「雑誌マドモアゼルで働き始めて6年、いくつかのポジションを経て、シニア・ファッション・エディターに昇進したの。でも、それが本当にわたしの進みたい方向か分からなくて。そのとき、アンディーが言ったのよ。『ぼくたち、何か始めるべきだと思うんだ』って」

アンディーとケイト

Getty/Theo Wargo

Source: CNN Money

当時、広告業界で働いていたアンディーは仕事を辞め、ケイトのビジネスにフルタイムで関わるようになった。その後、2人はトライベッカにあった彼らの自宅でビジネスを成長させていった。

ケイトとアンディー

Evan Agostini/Getty Images

「配送が立て込んだときには、寝室からバスルームまで、1800平方フィート(約170平方メートル)のロフトが箱でいっぱいだった」アンディーはCNN Moneyに語った。「暑かった。8月なのに、エアコンもなくてね。ぼくたちは全てをこれに注ぎ込んだんだ。ぼくの確定拠出年金のお金も……。2人ともビジネスがうまくいくかどうか、分からなかったけれど」

2人のブランドは、グッチなどレガシーブランドのような人気を集めた。1993年に10万ドルだったその売り上げは、1995年には150万ドルに、1998年には2700万ドルに伸びた。

ケイト・スペードのバッグ

Instagram/Kate Spade

Source: Racked

「ハンドバッグが握手代わりになっている」ウォール・ストリート・ジャーナルのファッション担当記者クリスティーナ・ビンクレー(Christina Binkley)は2016年、Rackedに語った。「2人の女性が会って、お互いにケイト・スペードのバッグを持っていたら、彼女たちはうなずき合って、同じような考えを持っていると理解する。本当に上品だった」

ケイト・スペードのバッグ

Dario Cantatore / Stringer

ケイト・スペードはいくつかの賞も獲得した。1996年には、カウンシル・オブ・ファッション・デザイナーズ・オブ・アメリカ(CFDA)の「アクセサリー部門における、アメリカの新たなファッション・タレント」に選ばれ、その2年後には「今年のベスト・アクセサリー・デサイナー」となった。

2002年には、雑誌『グラマー(Glamour)』の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれている。

同誌のその年のインタビューで彼女は「優秀なビジネス・ウーマンというだけでなく、良き友人、そしてとっても楽しい人としてわたしのことを覚えてもらえたらうれしい」と語った

Source: Racked, Business Insider

ブランドは1999年、株式の56%を3360万ドルでニーマン・マーカスに売却。2006年までに5900万ドルで残り全ての株式を譲り渡した。

ケイト・スペード

Getty

その1週間後、ニーマン・マーカスは大手アパレルのリズ・クレイボーン(Liz Claiborne)に1億2400万ドルでブランドを売却した。

2017年には、24億ドルでコーチ(現在のタペストリー)に買収されている。

コーチの看板

Reuters

ケイトはその後数年、2005年に生まれた娘フランシス・ベアトリクスの子育てに専念していたが、2015年には夫とともにハンドバッグや靴を中心としたブランド「フランシス・バレンタイン」を立ち上げ、ファッション業界に戻ってきた。

フランシス・バレンタインのかごバッグ

Facebook/Frances Valentine

フランシス・バレンタインのハンドバッグは約200ドル(約2万2000円)だ。

フランシス・バレンタインのラウンド型のかごバッグ

Facebook/Frances Valentine

フランシス・バレンタインのウェブサイトに掲載された最近の動画で、ケイトはインスピレーションの源について語っている。

「"どこからインスピレーションを得ているの? "とよく聞かれるけれど、これは難しい質問ね。それはどこにでも、日々の生活の中にあるの」彼女は言う。

そして、冗談めかしてこう加えた。「一番楽しいのは、友人や家族と働くことね。そして一番難しいのは、友人や家族と働くことよ」

ブランドのフェイスブック・ページには5日、その創業者で元経営者に対するコメントが掲載された。

コメント

Facebook/Kate Spade

わたしたちのブランドのビジョンある創業者ケイト・スペードが亡くなりました。

この胸が張り裂けるようなとき、わたしたちの心は彼女の家族とともにあります。

彼女がこの世界にもたらした全ての美を讃えます。

Source: Facebook

[原文:Kate Spade has died in an apparent suicide at 55. Here's the story behind the rise of her handbag empire]

(翻訳、編集:山口佳美)

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