人工知能ビジネスの「敗戦国」にならないために、いまオールジャパンで考えるべきこと

これから産業のあり方を大きく変えると言われる人工知能(AI)の分野で、日本はこのままでは「負け組」になる可能性もあるのではないか ——。そんな漠然とした不安を覚える、専門家の会合が6月3日に開かれた。

一般財団法人情報法制研究所(東京都千代田区)が主催した「第2回情報法制シンポジウム」。情報分野の法制度についていくつかの議論が行われた後、その日最後のテーマとして掲げられたのは「人工知能と法」だった。

人工知能とロボット

Shutterstock

近年急速に開発が進む人工知能は、生産システムや仕事のあり方に大きな変化をもたらす技術であることは間違いない。

しかし、最終的に「人間のような知性を持ち自律的に学習し行動する人工知能を目指して」(人工知能学会)研究開発が進むなか、それが悪用・濫用されること(人工知能の暴走や兵器開発を目的とした利用など)で人間が被る不利益や、その可能性についての議論は、まだ端緒についたばかりだ。

シンポジウムでは、我が国における議論を加速すべきという専門家の声が相次いだ。

近年、中国やインドの動きが目立つ

中国とインドのトップ会談

インドのナレンドラ・モディ首相(左)と中国の習近平国家主席。大国同士、手を携えて、といきたいところだが……。

Reuters

東京大学特任講師の江間有沙氏は、2016年頃から人工知能と社会の関わりについての議論が世界中で活発化し、2017年には中国や韓国、インドからも盛んに報告書が出てくるようになったことを報告。倫理や価値、法制度など「アジェンダ・セッティング(議題の設定)をどの国がやるのかがポイントになってきている」と指摘した。

江間氏によると、そうした流れの中で、人工知能開発企業・英ディープマインドの研究者や未来学者(米グーグル)のレイ・カーツワイルらを含む専門家グループが、2017年に「アシロマAI 23原則」と題したガイドラインを発表。物理学者のスティーブン・ホーキング(故人)や米テスラCEOのイーロン・マスクら著名人たちも支持を表明している。

また、人工知能に対する過度な恐怖や期待を払拭し、「倫理的に配慮されたデザイン」に基づいた開発を促す、米国電気電子学会(IEEE)での議論も進んでいるという。

世界各国の学術研究や産業、NGO、行政など多様な分野の専門家約250人がボランティアで委員会を結成し、人工知能の倫理設計(倫理そのものを決めるのではなく、そこに辿り着くためのプロセス)の標準化を検討。委員会での議論の結果を文書にまとめ、最終版確定に向けてパブリックコメントを受付中との報告が、江間氏からなされた。

日本からは、アシロマ原則の検討メンバーに東京大学特任准教授の松尾豊氏が、IEEEの委員会メンバーにNECの江川尚志氏、東京大学教授の中川裕志氏の2人が、それぞれ名を連ねている。海外での会議に参加するための渡航費や、ネット会議に参加できる時間帯など制限はいろいろあるだろうが、他の諸国が出している人材の数、多様性に比べると、現状は寂しい限りだ。

日本はもはや世界の最先端にはいない

OECDのホームページ

OECDのデジタル経済政策委員会での議論が鍵を握る。

OECD HP

中央大学教授の実積寿也氏からは、人工知能に関する議論は、2017年まで日本が先行していたものの「もはや必ずしも世界の最先端にいるとは言えない」との指摘があった。

日本は2016年のG7香川・高松情報通信大臣会合で「AIネットワーク化が社会経済に与える影響の分析を(中略)AIの開発原則の議論へとつなげていく」ことを提案し、その延長上で、2017年10月に「AIに関する国際カンファレンス」を経済開発協力機構(OECD)と共催。その場で、総務省の有識者会議がまとめた「AI開発ガイドライン案」を提出している。

当時は「政府機関が作成したものでは最も先を行くだろう」(慶應義塾大学の黒坂達也特任准教授、『日経コンピュータ』2017年9月)とされ注目を浴びていたが、その後、2018年5月までに世界各国から数多くのガイドラインが提出(13件)され、日本勢はそのうち2件(上記の総務省のものと人工知能学会の「倫理指針」)にとどまる事態となっている。

実積氏によれば、今後さらにいくつかのガイドラインが提出され、各国の学会や政府関係者からの聞き取りを経て、2019〜20年度にはOECDの「レコメンデーション(勧告書)」が出されることになるという。(法的拘束力はないものの)日本側の意見が十分に反映されていないレコメンデーションが国内に適用されることになれば、人工知能の研究と利活用にさまざまな支障を来す可能性も出てくる。

そうなる前に、法律や経済など各分野の専門家が(パブリックコメントなどを通じて)積極的に意見を発する必要がある、と実積氏は強調した。

標準化で「重要な役割を果たしたい」と韓国

日中韓ビジネス・サミット

2018年5月9日に行われた「日中韓ビジネス・サミット」。「IoT、人工知能、ビッグデータ、ロボットといった革新的技術を含めた幅広い分野での協力・連携方策を追究していく」と宣言したが、腹の探り合いは続くだろう。

Reuters

ビッグデータや広告、スマートフォンのOSなど、デジタル市場ではアメリカの巨大企業4社が圧倒的なシェアを占め、日本企業は長いこと後塵を拝するままの状況が続いている。それだけに、大きな市場の広がりが予想される人工知能分野でイニシアティブを握ることは、日本企業にとって状況を打開する「悲願の一手」とも言えよう。

国際的な開発ガイドラインの策定で存在感を示すことは、その第一歩であるはずだ。が、登壇者たちの気概を感じた今回の情報法制シンポジウムはともかくとして、日本企業やメディアの盛り上がりはさほど感じられない。

5月16〜18日にパリで開かれたOECDデジタル経済政策委員会(CDEP、実積教授は同委員会の副議長)に参加した韓国科学技術情報通信部の兪英民(ユ・ヨンミン)長官は、メディアの取材に対し、「OECDのレコメンデーションは、人工知能への投資と開発における主要な標準としての役割を果たす、国際的な原則となるだろう」とした上で、「この新たな国際標準を考案するための委員会に積極的に関与することで、韓国は来るべきレコメンデーションの策定において重要な役割を果たしたいと考えている」と野心を隠さない(「OpenGov」2018年6月7日)。

韓国以外に、世界最大規模の市場を抱える中国やインドも、人工知能分野の覇権を狙ってそれぞれに議論を深化させている。各国の政府や研究者、企業、NPO、労働組合など「マルチステークホルダー」の協力があってこその標準化議論ではあるが、後手に回っては機会を逸する可能性が高いのではないか。

(文・川村力)

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