事業モデル自ら壊す損保改革——自動運転などに危機感、“壊し屋”はシリコンバレー仕込み

2017年6月に東名高速道路で発生した「あおり運転」による死亡事故から1年。事件を機に、走行中の様子を録画する「ドライブレコーダー」を車に取り付ける人が増えた。

SOMPOホールディングスグループの損保ジャパン日本興亜も2018年1月、ドライブレコーダー付き自動車保険商品を発売した。この機器には運転手の運転データをもとに、「運転診断レポート」を作成する機能がついている。

ハンドリング、アクセル、ブレーキの各項目を点数で示すことで、本人や家族が自身の運転技術を客観的に把握できるようにしたという。そこには、もう一つの社会問題に対応しようという意図がある。

自動車事故

事故を減らすために、また、事故が減った社会で損保会社がどう存在感を発揮していくのか。SOMPOホールディングスは「デジタル」を中期経営計画の主軸に置いた。

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「先日の事故は、私にとっても、当社にとっても本当に自分事ですよ」

SOMPOホールディングスの楢崎浩一チーフデジタルオフィサー(CDO)が指す「先日の事故」とは、90歳の女性ドライバーが5月末に起こした4人死傷事故だ。

高齢者による深刻な交通事故が相次ぎ、その度に「高齢者は運転するな」という声が強まる。

だが、「自分はまだ大丈夫」と免許を手放さないお年寄りを説得するのは簡単ではなく、公共交通機関が発達していない地域では、車に乗れないことで生活が保てなくなる恐れもある。

楢崎氏は、「国立長寿研究医療センターの研究では、運転をやめることで認知症を発症するリスクが上がるケースがあることも明らかになっています。免許を返納すれば全てが解決するという単純な話ではないのです。いずれは、自動運転車の時代になるでしょうが、それまでの過渡期も、デジタルを活用して安全性を高めたい。火災や自動車事故など、何かあってから保険金を支払うのではなく、普段の生活で存在感を発揮していきたい」と語る。

「1回役に立って終わり」から脱却

楢崎氏

楢崎CDOはシリコンバレーのスタートアップで経営を担い、2016年に16年ぶりに日本企業に戻って来た。

撮影:今村拓馬

楢崎氏は2016年5月、SOMPOホールディングスの初代CDOに就任、その前月に新設されたSOMPOデジタルラボをはじめとするグループ全体のデジタル化を率いる。それまで16年間、シリコンバレーのスタートアップ数社で経営に携わってきたが、保険業界の経験はなかった。

「与えられた課題は一つだけでした。全社にデジタル変革を起こすことです」

テクノロジーは消費者の生活を便利にし、新たな産業を生み出す一方、既存産業を破壊してきた。インターネットが紙媒体や書店の市場を侵食し、スマートフォンはコンパクトデジカメに取って代わろうとしている。

「明日は我が身」と危機感を募らせているのが、自動車産業だろう。自動運転車の実用化への道が見え、EVの普及も進む。トヨタ自動車などガリバー企業は、新規参入者との戦いに直面している。カーシェアリングの進展で、自動車を所有する人も減るだろう。

楢崎氏は「自動車のイノベーションでビジネスモデルを壊されるのは、自動車メーカーだけではありません。保険料収入を最大の収入源とする損害保険業界にとっても大きな危機です」と力を込める。

自動運転車が普及すれば事故は減ると言われている。

自動運転車

自動運転車が普及すれば事故は減ると言われる。だが、それは保険料収入で稼いできた損保業界のビジネスモデルを破壊する可能性がある。

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「支払う保険金が減っていいだろうと思われるかもしれませんが、お客様からは保険料を下げろという声が強くなるでしょう。事故が劇的に減れば、保険を掛ける必要がないと思うドライバーも増えるかもしれません」

都市部では珍しくなくなったカーシェアも、自動車保険のあり方に一石を投じる存在だ。

「車を所有する人が減れば、保険の契約者も減ります。また、カーシェアは乗る人でなく、運営会社が保険契約者の主体になっていくでしょう」

何か起きたときに保険金を払い、1回役に立って終わりという従来の事業モデルでは立ち行かなるという危機感は強い。

楢崎氏は、SOMPOホールディングスにおける自分の役割を「壊し屋」と位置付ける。

「新たな技術にビジネスモデルを壊されるくらいなら、自ら壊して生まれ変わった方がいい。自動車メーカーと組んで、我々がカーシェアの事業者になることだって一つの選択肢です。家も同じです。火災保険を提供するだけでなく、平時からお客様の安全な生活を守れるよう、役割を変えていきたい」

「少産無死」より「多産多死」

楢崎氏

撮影:今村拓馬

CDO就任3年目、そしてデジタル戦略を主軸に置いたSOMPOホールディングスの中期経営計画(2016-2020年)が折り返しを迎え、楢崎氏はこれまでの成果を、「損保事業の延長にある”持続的な事業創出”については70点」と自己評価する。

この2年で事業アイデアを1000件以上検討し、うち42は実際に担当部署と商品化を目指すところまで進んだ。現時点で商品として世に出せたのは10件。

「1000件のうち10件しかできなかったのか、と言う人もいるかもしれませんが、従来、当社は失敗しないものだけ前に進めるような“少産無死”の雰囲気もありました。けれど今後は、いいと思ったものを失敗を恐れず、どんどんやっていこうと」

全社的にもITを活用した商品開発が広がり、冒頭のドライブレコーダー付き保険やAIスピーカーを使った保険料見積もりサービス、ウェアラブル端末を使った健康増進型保険などが生まれた。

ホワイトハッカーと組んだ新規事業

イスラエルラボ

2017年にはサイバーセキュリティのスタートアップがひしめくイスラエルにデジタルラボを設置した。

SOMPOホールディングス提供

一方で、「従来の保険会社の枠ではやれない、破壊的な事業創出は50点。1つしか形にできませんでしたから」と楢崎氏。

その1つとは、2018年1月に参入したサイバーセキュリティ事業だ。損保会社はこれまでも、大量の顧客データを保有する会社向けにサイバー保険を提供してきた。

しかし、「例えば顧客企業に情報漏洩のリスクがどの程度あるか全く分からないまま、保険を提供してきました。新規事業では企業のサイバーリスク診断から、セキュリティ強化、事故対応、保険金支払いまで全てを提供する点が画期的です。自社では対応ない部分は、ホワイトハッカーやイスラエルのサイバーセキュリティのノウハウを持つ企業と組みました」

全く新しい分野に進出するため、シリコンバレーやイスラエルに研究開発拠点を置き、有望なスタートアップの買収にも積極的に動いている。それでも楢崎氏は、「新規事業1件という結果は、落第点ですね」と語る。

壊すべきは「無難」にまとまる社風

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撮影:今村拓馬

シリコンバレーで長く揉まれた楢崎氏から見て、日本の大手企業の殻は思ったより手ごわいということだろうか。

「懐かしい痛み……は感じますが、日本企業を全く知らないわけではないですから」

実は楢崎氏は、大学卒業後に三菱商事に入社し、シリコンバレー企業に転職するまで20年ほどを同社で過ごしている。

「ああ、日本の大手ってこんなだったよなと記憶がよみがえっています」

SOMPOデジタルラボ はスタッフの半分が中途採用。フランスからコンピューターサイエンスを専攻するインターンを近く迎え入れる。

「(SOMPOデジタルラボがある)40階は、会社の中でも雰囲気が違う」(SOMPOホールディングス社員)と、社内ではエッジが利いた組織だが、楢崎氏は、「アイデアを下ろすと、もう一度自分のところに上がってくるときには、つるつるで丸くなっている。血がしたたるような尖った提案が欲しいと言ってるけど、どうしても、欠点が少ない無難なものに形が変わってしまう」と語る。

「金融業界はバブル崩壊後、何度も処分を受け、失敗を非常に恐れるようになってしまった。統合・合併を繰り返す中で、会社が大きくなって大企業病も患っている」

デジタル改革は、そんな業界文化や企業文化の改革でもある。

「 櫻田謙悟社長には、『どんどん失敗しろ。失敗したら俺は褒めてやる』とはっぱをかけられますよ」

外から壊されるくらいなら、自ら破壊して創り直すというトップの危機意識は強い。

「保守的な業界ですが、当社にはそれでも野性的で自由なDNAがあると感じます。そこに賭けていきたいですね」

(文・浦上早苗)

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