東芝のPC事業はなぜ「売却」の道を選んだのか —— シャープの背後に見える鴻海の思惑

東芝のダイナブックのイベント展示風景

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東芝は、PC事業を展開する子会社、東芝クライアントソリューションをシャープに売却することを決めた。

ブルームバーグの報道によると、買収金額は約40億円と破格だ。売却の理由について、

「日本のPCは独自仕様の時期が長く、海外の安価なPCに負けた」

「スマートフォンやタブレットのニーズによって、PCの売り上げが下がった」

といった論調の記事も見かけるが、筆者の目からみれば、どれも少々的外れに見える。

長くPC事業を取材してきた筆者の目からは、「日本のPC事業が不調に転じた」ことには構造的な理由があるし、そして「シャープによる“東芝PCブランド”の買収」が、利益を生み出す可能性も見える。

数の論理に抗えなかった日本のPCメーカー

東芝

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日本のPCメーカーがなぜ負けたのか?

答えは簡単だ。「トップメーカーとして求められる販売数を売れなかった」からであり、その結果、経営効率が悪くなったからだ。

IDCの調査によれば、2017年、全世界で販売されたPCの台数は2億5950万台だったという。これは、2016年比で0.2%の減少、つまり、PC市場はほぼ「横ばい」の状況である。実は、日本国内も極端には減っていない。

確かに個人向けでは、特に日本国内でPCのニーズが減る傾向にあるものの、世界的に見れば、PCは堅調なビジネスだ。結局、仕事にはいまもPCが欠かせない。「家庭にある唯一のIT機器」でも、「唯一のネットへの窓口」でもなくなったが、その必要性は変わっていない。

現在、世界のPC市場でトップシェアをとっているのはHP。そして、レノボ、デル、アップル、ASUS、エイサーと続くが、このトップグループだけで、全体の約80%を売り上げている。これ以外のメーカーは、ごく少ない数量しか販売できていないことになる。

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IDCの調査「Top Companies, Worldwide Traditional PC Shipments, Market Share, and Year-Over-Year Growth, Calendar Year 2017」より。(タップするとIDCの公開記事に遷移します)

IDC

気になる東芝は、IDCジャパンの調べによれば、国内でシェア5位。2017年の販売台数は108万台。世界市場の競合に比べると、販売台数は圧倒的に少ない。

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タップするとIDC Japanの公開記事に遷移します。

IDC Japan

東芝を苦しめたビジネスの「立ち位置」

量販店のPC売り場

量販店のPC売り場。出荷台数ベースで有利なNECや富士通といったメーカーは店頭でも強い。

PC事業の収益は調達コストが決める。

海外のトップメーカーは、その販売・生産数を背景にした強い調達力を持つ。調達力は「コスト競争力」につながり、それが収益構造を支えている。

大量にパーツを仕入れられる(=販売台数の多い)メーカーは、CPUメーカーからも液晶パネルメーカーからも、メモリーメーカーからも、性能の良いパーツを大量に、優先的に仕入れることが可能だ。そのため、「良いものを安く」作れるようになる。

こうした構造は、もう10年近く続いている。日本国内だけでは、全世界に大量のPCを売るメーカー群に太刀打ちできず、どんどん競争力を落としてきた。

国内のPCメーカーのうち、NEC(2011年)、富士通(2018年)がレノボグループに入ったのは、世界シェア2位のレノボの調達力を活かし、経営効率を上げることが急務だったからだ。

ソニーを離れたVAIOと、パナソニックのレッツノートは、共にタフさ・軽さをウリにする法人向けPCを軸にしたビジネスを指向しているが、両社ともに決してシェアは大きくない。こだわりのある層に向け、少量のPCを販売する会社になっている。

東芝は、どちらかといえばNECや富士通に近いビジネスをしていた。ブランドとしてはよく知られているが、個人向けよりも企業向けの方が販売台数は多い上に、「少数の高付加価値のPCを売る」会社というわけではない。

だからこそ、数で戦うにも、海外大手との差が埋められず、苦しいビジネスが続いた。2015年末に富士通・VAIO・東芝の「3社PC事業統合」が噂されたのは、そうした状況を打破するためのものだった。しかし、結局はうまくいかず、1社だけが行方を決めきれずにいた。

そこに出てきたのが、今回のシャープによる買収話という構図だ。

東芝PC事業を買ったのはシャープというより「鴻海」だ

テリー・ゴー氏

テリー・ゴーこと、鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘会長。生産から出荷までの速度や生産の精度など、国内生産にもメリットはあり、一方的に不利な状況ではなくなりつつある。それでも、世界のPC生産を担っているのは、彼らODMだ。

シャープによる東芝のPC事業買収は、PC事業を巡る、もうひとつの構造に依る部分が大きい。それは、製造を台湾・中国などの「大手製造受託メーカー(ODM)」が担っている、という事実だ。

iPhoneがアメリカで製造されていないのと同様に、いまやPCが自社工場で生産される例はほとんどない。日本メーカーは自社工場での生産をウリにすることが多いが、これは世界的にはきわめて希だ。

今回のシャープによる買収は、シャープという会社よりも、その親会社である「鴻海精密工業」の意思によるもの……と見ると、一気にわかりやすくなる。

鴻海は大手ODMであり、PCも多数生産している。

東芝を買収し、「ダイナブック」などの知名度のある東芝ブランドでPCを販売するのは、自社の生産力を活かし、PCの販売チャネルを手にしたかった、という側面がある。

シャープは、個人向けでは2009年に、企業向けでも2014年にPCからは一度撤退している。今回の東芝PC事業買収を受けて再参入、ということになるが、その実情は、従来のシャープ製PC「メビウス」の復活ではないだろう。

鴻海のPC生産は、ノートPCよりもデスクトップPCが中心だった。その意味で、ノートPCに強い「東芝」ブランドの吸収は理にかなっている。

今回の東芝買収とは、鴻海のPC事業を、東芝とシャープのブランドを活かして国内外で展開する、と見るのが自然なのだ。

(文・西田宗千佳)


西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。

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