初の米朝首脳会談で金正恩委員長とトランプ大統領は何を語るのか。
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史上初の米朝首脳会談が12日、いよいよシンガポールで開催される。米朝間の緊張緩和を演出する「一大政治ショー」に終わるか、あるいは、北朝鮮の非核化に道筋を付け、冷戦の遺物である南北分断の朝鮮半島に平和をもたらす具体的な進展があるのか。答えはまもなく分かる。
トランプ大統領は北朝鮮の非核化の見返りとして、北の「体制保証」を明言した。首脳会談ではアメリカが要求している北の非核化と、北朝鮮が求めているアメリカによる体制保証について、実際にどのような合意があるかに注目が集まる。
トランプ大統領は、世界平和の創造者としての自己をアピールし、自らの手で朝鮮戦争を終結させるという歴史的偉業を打ち立てたいと思っている。11月のアメリカの中間選挙を前に、歴代大統領が誰もなし得なかった外交実績を作り、ロシアゲート問題などスキャンダルまみれの中、政権運営や大統領再選の追い風にしたいのは明らかだ。
トランプ政権さえしのげばという思惑
11月の中間選挙を前に外交での実績を狙っているとみられるトランプ大統領。
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米朝首脳会談の開催時間はシンガポール現地時間の午前9時。アメリカ東部時間の「プライムタイム」の午後9時にあたる。この朝早くからの異例の開催は、トランプ大統領が間違いなく、テレビの前のアメリカ人を意識し、ドラマティックな政治ショーを演出しようと狙っている。
トランプ大統領がかつて司会を務めたテレビ番組「アプレンティス」に出演したNBA(米プロバスケットボール)の元スター選手のデニス・ロッドマン氏がシンガポールに来るとの報道もある。ロッドマン氏は北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と親友でもあり、実現すれば演出に花を添えそうだ。
一方の金委員長はどうか。韓国の文在寅大統領とマイク・ポンペオ米国務長官らに非核化の意思を示したものの、いまだ心の内では非核化を戦略的に決心していないと筆者はみている。
ポンペオ国務長官は6月7日、韓国メディアYTNのインタビューで、金委員長に対し、完全な非核化を決断して具体的な措置を取るよう促した。この発言は裏を返せば、金委員長が核放棄の戦略的決断をしていないことの表れだ。
むしろ段階的な非核化プロセスを通じて、経済制裁の緩和や見返りをその都度受けながら、最終的に核保有国としてアメリカに認めさせる戦略を取っていると、筆者はみている。30代半ばの若き指導者は、予測不能で何をするか分からないトランプ政権さえしのげば、将来アメリカで政権が変わったときには対北の強硬姿勢も和らぎ、核を何とかうまく温存できるかもしれないと考えているかもしれない。
北は核保有国として「核軍縮交渉」へ
「現段階では対北朝鮮制裁に有効的な結果は出ていないが、これは時間の問題である。北朝鮮は時間稼ぎのために譲歩するしかない状況に追い込まれている。しかし、私が見たところ、北は核を放棄する理由も意思もない。彼らはリビアがどうなったかをつぶさに見てきた。リビアの二の舞にならないためにも時間を稼ぐ努力を続け、ある程度の核兵器を保有しようとするであろう」
北朝鮮専門家で韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授(ロシア出身)は5月29日、都内で行われた講演会でこう指摘した。
いずれにせよ米朝首脳会談では、「北朝鮮の非核化に道筋が示された」として、非核化宣言や朝鮮戦争終結宣言、あるいは朝鮮半島の平和宣言といった「大枠合意」が高らかに政治的にうたわれる可能性が高い。準備期間も短かったため、「北の非核化」や「北の体制保証」に関する細かい実務作業は、今後官僚たちの協議に任せざるを得ない。交渉では細部に悪魔が宿っている。実務者協議はかなりの難航が予想される。
北朝鮮の金英哲党副委員長(左)との会談後、トランプ大統領は非核化を「急ぐことはない」と発言し始めた。
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北の非核化をめぐり、アメリカは、北朝鮮に「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(CVID=the complete, verifiable, and irreversible dismantlement」を要求してきた。
しかし、トランプ大統領は6月1日の金委員長の右腕とされる金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長との会談後に、非核化について「急ぐことはない」と述べた。さらに12日の首脳会談を「プロセスの始まり」とし、複数回会う可能性に触れた。この発言で、トランプ大統領は北朝鮮を事実上の核保有国として容認し、時間のかかる「核軍縮交渉」のプロセスに入ったと考えざるを得ない。金委員長は今、ホクホク顔に違いない。
非核化本気度を見極める10のポイント
一方、北朝鮮問題の専門家の中には、金委員長が既に核放棄を戦略的に決心したと述べる人もいる。筆者はこの見方に懐疑的だ。金委員長による非核化の本気度は、以下の10のポイントで測れるとみられる。
①短期間での核廃棄を目指す行程表の提示や合意
金委員長が核放棄に真剣ならば、短期間での非核化を目指すタイムテーブルやロードマップを示したり、アメリカと合意したりするはずだ。それができなかったならば、やはりトランプ大統領の2021年1月の任期までにとりあえず核兵器を温存し、長期的にも非核化しないと考えられる。
②全ての核関連施設の申告
アメリカの情報当局によると、北朝鮮は現在、核弾頭を最大で60発保有しているとみられる。また、米中央情報局(CIA)によると、北の核施設は100カ所に上る可能性がある。北はこれらの施設を包み隠さず、申告するか。
③全面査察の容認
北朝鮮には地下施設やトンネルが1万カ所以上あると言われている。野球ボールやソフトボールサイズのプルトニウムやウランを隠すのは容易だが、北朝鮮が全面査察を容認するかどうか。2000年にクリントン政権下で、現職閣僚として初めて平壌を訪問したマデレーン・オルブライト国務長官は、北朝鮮に対し、核査察の受け入れや現場での立ち入り検査、核廃棄プロセスの検証作業の確立などを求めたが、国家主権の侵害にかかわる事柄については、当時の金正日総書記が「神経質で物分かりがよくない」ことが分かり、結局、合意できずに終わったと著書で述べている。
北朝鮮は豊渓里の核実験場を爆破した様子を海外メディアに公開した。
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また、核査察に必要な査察官は300人を超えるとニューヨーク・タイムズは最近、報道した。イラン核合意を受け、国際原子力機関(IAEA)は今、約80人の査察官をそちらに割かれており、査察官は不足している。さらに核物質は製造より解体の方が難しいと言われる。アメリカの核専門家、ジークフリード・ヘッカー博士は北朝鮮が非核化するには最長15年かかると、ニューヨーク・タイムズに述べた。金委員長は技術的、物理的な全面核査察の困難さに便乗して、核を温存しないだろうか。
④核兵器の海外搬出
北朝鮮の核搬出先として、ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、アメリカ南部のテネシー州オークリッジを挙げた。ここはかつて核放棄を宣言したリビアの遠心分離機などが運ばれた場所。北朝鮮が核放棄ならば、同じような海外への搬出もあるはず。
⑤「核保有国」を明記した憲法の改正
北朝鮮は2012年に憲法を改正し、「核保有国」としての地位を明記した。非核化が本気ならいずれ憲法を再改正するはずだ。
⑥「世界が非核化するまで自国の核開発を放棄しないこと」とした国内法令の改正
2013年に最高人民会議が採択した法令に、こう記された。北朝鮮が核放棄を本気で実行するなら、世界の非核化を条件にしないはず。
中国も北朝鮮に対して、対米傾斜しないよう牽制している。
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⑦中国が望む「在韓米軍撤退」を要求しない
韓国の文大統領は、北朝鮮が非核化の見返りとして、「在韓米軍撤退のようにアメリカが受け入れられない条件を提示していない」ことを明らかにしている。しかし、中国が北朝鮮に対し、「在韓米軍撤退」をアメリカに要求するよう求めている。在韓米軍は1991年に戦術核を廃棄している。北は非核化に向け、アメリカ相手に現実的な安保路線をとるか。
⑧ 包括的核実験禁止条約(CTBT)署名・批准と核拡散防止条約(NPT)への再加盟
北朝鮮は5月24日、北東部の豊渓里(プンゲリ)核実験場を爆破した。核放棄に本気であれば、CTBT署名・批准やNPT再加盟も行えるはずだ。
⑨寧辺や新浦にある軽水炉の稼働要求
1994年の米朝枠組み合意の際、北朝鮮は非核化の見返りに軽水炉建設の支援を求めた。今回も核放棄に真剣であれば、原子力の平和利用をアピールする意味でも、軽水炉の稼働要求をアメリカに言ってくるはずだ。
⑩ICBMの徹底的破壊と破壊場所の公開
北朝鮮が核放棄に本気であれば、アメリカ本土を攻撃できる小型核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄もやぶさかではないはずだ。さらにその破壊した場所を公開することも辞さないだろう。
以上の10点を踏まえれば、北朝鮮の非核化の完結が、技術的にも政治的にも物理的にも大変難しいことが分かる。筆者が北が核の温存を図るとみる理由もここにある。
南北間の合意が守られたことはほぼない
選挙のために動く米大統領と約束を守らない北の指導者を相手に日本外交は正念場だ。
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最後に、北朝鮮との合意は簡単だが、合意を履行することは難しいことを指摘したい。
韓国統一院部の元スポークスマンで韓半島統一研究院の金京雄(キム・ギョンウン)院長によると、1971年8月の南北赤十字会談実務者協議以来、今日までに行われた南北会談は660回余り。そのうち、合意書が採択されたのは248件だった。しかし、南北間の合意がそのまま実行されたケースはほとんどない。
北朝鮮に日米韓中露を加えた6カ国協議を通じて得られた、2005年9月19日共同声明や2007年2月13日合意といった国際的核合意もすべて守られてない。北とは約束はできるけれども、約束を果たすことは難しい。
米朝首脳会談では「非核化」や「北の体制保証」をマントラのように政治的にうたうだけで、上記に挙げたような非核化に向けたの具体的な措置について北が合意し、きちんと実行していくのかどうか。
トランプ大統領も米中間選挙前の目先の成果を狙って、焦って安易な合意に走ることがないか。2人の指導者の一言一行に、世界の注目が集まる。
(文・高橋浩祐)