仕事を断るほど単価が上がり、クオリティーも業績も上がる———。起業したり、独立したりした直後は「仕事を断る」ことは恐怖に近い。次から仕事が来なくなるのでは、と予想するからだ。
だが、「断ることでブランド力が上がる」と、最初から「断る」ことを実践している人もいる。むしろ断ることで現場を疲弊させることなく、単価を上げるという“断りブランディング”の実践者たちに、その信念を聞いてみた。
UI/UXデザインを手がける、グッドパッチの土屋尚史CEO。9割の仕事を断る理由とは。
案件断り、社員の担当を厳選
「とにかく仕事を断る会社というイメージが先行しているのですが(笑)やみくもに断っているわけではありません」
デザイン系スタートアップ、グッドパッチCEOの土屋尚史さんはこう話す。
ニュースアプリ「Gunosy(グノシー)」、家計簿アプリの「マネーフォワード」、一世を風靡したキュレーションメディアの「MERY(メリー)」———。グッドパッチは目覚ましい成長を見せた数々のサービスのUI(ユーザー・インターフェース)、UX(ユーザー・エクスピリエンス)デザインを手がけるデザイン会社だ。
同社は「家族優先主義」の社風でも知られ、定時退社はじめ、社員を守る働き方を重視する。
「仕事はいくつも掛け持ちしません。社員1人あたり多くても2件程度です。案件を詰め込んでクオリティーが下がってしまうと、評判も悪くなり、仕事が来なくなる。僕がウエブディレクターとして働いていた頃には、常時10本は抱えていましたが、自分の勉強にはなったけれど、アウトプットのクオリティーは下がるので、そうなった時に犠牲になってしまうのはお客さんだったんです」
持ち込まれる案件の9割を断っても、仕事を厳選し、社員を担当案件に集中させる。その結果、クオリティーの高いものを納品することができ、実績につながる。顧客への貢献度は上がり「グッドパッチはクオリティーが高い」という評判がたち、新たな案件がやってくる —— という好循環ができている。
受ける仕事がブランドをつくる
「案件の9割を断っても、仕事を厳選し、社員を担当案件に集中させている」と話す土屋さん。
土屋さんは、サンフランシスコのデザイン会社でのインターンを経て2011年に創業。最初のデザイン案件はサンフランシスコ時代の友人からの依頼で、それが、ニュースアプリのグノシーだ。グノシーが急速に世に知られたことで、グッドパッチの知名度もうなぎ登りとなった。
当時から「引き受ける仕事が会社のブランドをつくるという意識がありました」。
そもそもの仕事を受ける際の基準をつくり「それは今でも変わらない」という。
その基準とはこうだ。
1.自分たちがパフォーマンスを出せるイメージが湧くか。
2.川下のデザインだけでなく、企画や戦略から関われるか。
3.担当者にパッションや熱量はあるか。
今では日本におけるUI/UXデザインの草分けとなった。
「グッドパッチの単価は高いとも言われるが、僕たちが安売りせずに仕事を選んで来たことで、UI/UXデザインの日本での価値が上がったと思っている。それがマーケットリーダーとしての責任でもあります」(土屋さん)
会社員時代に断らなかった理由
「僕は会社員時代は一切、仕事を断らないと決めていました」
そう話すのは、PRや広告クリエイティブを手がけるGO代表の三浦崇宏さんだ。
10年勤めた博報堂でPRやクリエイティブ職を経て、2017年1月に電通 、ゴールドマンサックス出身のメンバーと、共同で会社を立ち上げた。1年余りでNTTドコモ、 LINE、JR東海 といった大企業から、まだ世に知られていない新しいベンチャーまで、GOが「パートナー」として選ぶ取引先には、多彩な顔ぶれが並ぶ。
従来の広告代理店のように商品やプロモーション、広告作りをやるのではなく「事業や企業そのものの未来を一緒に作る」というGOの姿勢が、支持されている証だ。
GO代表の三浦崇宏さん。博報堂時代と、起業後で、断るかどうかは180度変わった。
断りブランディングの話でのっけから「断らない話」だが、三浦さんは続ける。
博報堂のような会社でも「売れっ子のクリエーターは、1人で10社、20社見ている人もいますから、断る自由がある」
ただ自身については、「作品を作るのではなく現象を起こすのが仕事」が信条。「(クライアントが)競合同士の案件は別として、基本的には断らなかった。こんな断らないやついないんじゃないか、っていうくらい」(三浦さん)。
当時は朝から深夜0時まで打ち合わせが10本以上入っていた。若手はその後に朝5〜6時まで資料集めやアイデア出しをして、一旦帰宅して、午前10時に出社。
そんな「断らない生活」でよかったのは、チャレンジの機会、成長機会が多かったことだ。
「人より早く一人前になれたと思いますし、賞や評価を頂いたのは仕事量が多くてチャンスがあったから」
「何をやらないか決めることが重要」
ところがGOの立ち上げから一転、三浦さんは「断りブランディング」を全面的に実行しているという。博報堂時代からは一変した。
「GOは基本的に、商品やサービスのプロモーションよりも大事にしているのが、事業を一緒に創り出すところからサポートすることです。(そういう会社であるという)ブランディングをしっかりしなければならないから、そのために適切ではない仕事は断ることをしています」と言う。
「そもそもブランディングでは、何をやるかよりも、何をやらないか決める方が大事だったりするんですよね」
ただ断る理由は金額の多寡ではない。基本の契約は月額300万円×6カ月がベースだが、そんなに予算がない企業でも、「熱量があってサービスに可能性があると感じれば、ミニマムで月額10万円でも受けます。(発生した収益から一定量が取り分の)レベニューシェア契約をしているので、初動にお金がなかったとしても相談には乗る」
では続々持ち込まれる案件を、GOが断る基準は何か。
1.GOの掲げる、コアアイデアから創造に関わる「事業クリエイティブ」に沿っているか。
2.相手が一生懸命でない仕事は断る。
3.金額で断ることはない。
商品プロモーションだけ、という案件は受けないし、相手が「電通、博報堂に断られたから来た」というようなのも、絶対にいい仕事にならないので受けない。
「一緒にやっているクライアント企業が世の中から『GOがやってるくらいだから伸びるんだろうな』という存在になりたいんです」(三浦さん)
断ることで注目されるリスク
NOと言わない働き方を手放してみるとどうなるか。
「断りブランディング」を実践してきた結果、1年余りで何が起きたか。
「正直、儲かっています」(三浦さん)。資本金55万円で、初年度の売り上げは5億円だった。
「断りブランディングは、コスパのいいブランディングスキルです。自分のブランドを高めるときに、仕事を引き受けてやろうとすると失敗するリスクもあるし、時間も労力かかる。一方、断りブランディングは断るだけでちょっと評価が上がるわけです」
だからこそ要注意のポイントがある。
断った末、周囲からの「プレッシャーや期待に応えられるスキルや能力を持った上でやらないと、ケガをします。断る行為は注目される。注目されることには、リスクもありますから」。
ズレていくなら意味がない
フリーランスになると「仕事が来なくなったらどうしよう」との不安から、引き受け過ぎてむしろ会社員よりも疲弊している———という声は珍しくない。けれどそこにも「断りブランディング」の実践者はいる。
新卒から外資大手消費材のユニリーバで、セールスマネジャーとして働いて来た大屋百可さんは4月末に退社。フリーランスの営業として仕事を始めた。会社も仕事も好きだったが、10年走り続けて来て結婚も経て、自分の仕事を見直すタイミングだった。
フリーランスは仕事選びが「ブランディング」の肝となる。
フリーランス仕事の第一号は結果的に「一番報酬の低い」仕事だった。
撮影:滝川麻衣子
「来た仕事の中では、いちばん報酬の低い取引先を選んだことになりますね」
今、手がけている仕事は、福島県浪江町の伝統工芸品「大堀相馬焼」の販売を行うガッチの営業担当のみだ。福島県の起業家と東京をつなぐイベントで出合い、都内の百貨店やバラエティーショップでの販路開拓を引き受けるようになった。
報酬面では現状、ユニリーバ時代の2割程度だが「ゆくゆくは日本の伝統工芸を残すための仕事をしたい」との思いに、ガッチの仕事はフィットする。
取引先を拡大したい考えはもちろんあるが、付き合いのある企業や登録プラットフォームを通じて新たな仕事の声がかかっても、自らの方向性に合うかはこだわっている。
引き受けるか選ぶかの基準はシンプルだ。
1.ユニリーバ時代に感銘を受けた理念「一人ひとりが美しく輝ける」に通じるか。
2.報酬が稼働に対し、割にあっているか。
「ちょっと違うな、と感じるものはお断りしています。売り上げを立てるためには、それでも引き受けるという選択肢もありますが、それをやることで結局、自分の目指す方向とズレて行くのなら、なんのために会社を辞めたのかと」
「断る」行為には、目前の売り上げを見送ったり相手の期待に沿わなかったりと、それなりのリスクや決断がつきものだ。しかし、ときに断る意思表示をすることで、相手も自分も大切にする働き方が「断りブランディング」なのだ。
(文・滝川麻衣子、撮影・今村拓馬)