ダイアモンド氏は日本の人口減や高齢化に対して楽観的だ。
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日本は今後、世界でも例を見ないスピードの高齢化と人口減少という大きな問題を抱えている。一方、世界では深刻な経済的な格差は広がり続けている。この難題にわれわれ人類はどう向き合うべきか。
筆者は2017年からから2018年にかけて、世界各地の「知の巨人」たちのもとを訪ね、来たるべき未来について対話を重ねてきた。知の巨人8人へのインタビューは『未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか』(6月17日刊、PHP新書)として出版される。
その一部を連載としてお届けする2回目は、『銃・病原菌・鉄』でピュリッツァー賞を受賞したカリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のジャレド・ダイアモンド氏。
日本は人口減少を喜ぶべき
——日本では、これから起こるであろう人口減少が問題視されています。われわれはこの問題にどう向き合うべきでしょうか?
ダイアモンド:日本では人口減少は悪いことだと見なされていますが、じつは喜ぶべきことです。なぜなら、日本における最大の問題の一つが資源不足だからです。資源に対する需要は人口に比例します。日本の外交政策にとって、1世紀にわたる難題はまさにこの資源の輸入でした。もちろん経済的にも大きな問題ですから、人口減少は日本にとってアドバンテージ(利点)になるのです。
——ただ、人口減少とは労働人口が減っていくことも意味します。現在の日本ではすでに深刻な人手不足が問題視され始めています。このままでは将来の社会保障が破綻するのではないか、という懸念も聞かれます。
ダイアモンド:人口減少のマイナスの影響について懸念する人は、私とは正反対の考え方をしています。人口減少が「全世代における労働人口の減少」を意味するのなら、それ自体がアドバンテージであることに変わりはありません。
——まさにその点が問題です。日本は人口減少と同時に、超高齢化が進行しているからです。超高齢化を迎えた日本が社会を維持するためにはどうすればよいのでしょうか。
「日本はもっと高齢者を活用すべき」だと語るダイアモンド教授。
撮影:的野弘路
ダイアモンド:日本のように平均余命が長い社会は人類史上ありませんでした。これは歴史的にユニークな発展です。
高齢化を活用するのは、とても簡単なことです。高齢者が非常に優れていることもあれば、その逆もあります。もし1キロメートルを3分20秒で走って欲しかったり、400キロの荷物を持ち上げたりできる従業員が必要であれば、高齢者を雇っていては駄目です。
一方、経営や管理の経験が豊富で、アドバイスをするのに長けている従業員がほしければ、若者ではなく高齢者を雇ったらいいのです。そうした高齢者は、すでに人生の目的をある程度達成していることが多いため、人を踏みにじる野心によって問題を起こすことは少ないと思います。若者にはエネルギーがあるものの、まだ人生の目標を達成していないため、自我が強い。
日本には、60歳や65歳で会社を辞めなければならない定年制がありますね。もし私が金正恩で日本を破滅させたかったら、定年退職制を維持させたいと思うでしょう。アメリカにもかつては定年退職制がありましたが、雇用における年齢差別禁止法(ADEA)が制定された1960年代に廃止されました。
私はあと数カ月で81歳(取材時)の誕生日を迎えますが、幸運にも退職しなくてもいい。大学(UCLA:カリフォルニア大学ロサンゼルス校)でまだ教鞭を執っています。日本は世界で最も高齢者が多い国です。定年退職制という馬鹿げた制度を続けるのではなく、働き続けたいと思う高齢者の雇用機会を確保し、彼らを最大限に活用する方法を見つけるべきです。
ノーベル受賞者は移民が多い
——ダイアモンド教授は、15~19世紀にかけて中国が欧州と伍せなかったのは「統一の弱み」が現れたからだ、と述べられています(2017年11月28日付「日経新聞」)。中国の皇帝は対外進出に消極的になる一方、欧州では多額の出費を厭わない多様な国王が存在し、コロンブスの新大陸発見などに結び付いた、と。将来が不透明な現代においても、多様性をもつことはリスクを分散させる一つの解になると考えてよいでしょうか。
ダイアモンド:そのとおりです。多様性は日米において両極端であり、功罪の両面を指摘できます。日本は民主国家の大国の中で、おそらく世界で最も人種的に均一な国でしょう。
そのため、人間の多様性は低いですが、一方で異なるグループ間の対立は起きにくい。他方、人間の多様性も高いアメリカでは、日本では見られない異なるグループ間の対立が頻発します。その一方で、異なるグループの存在は文化の多様性につながり、文化的なクリエイティビティを生みやすい利点があります。アメリカのアートが発達しているのもそのためです。
人間の多様性は、移民問題にも関係しています。日本は最小限の移民しか受け入れていませんが、アメリカは主要な国の中ではおそらく最も移民が多い国です。
アメリカでは、国民は2種類のグループに分かれると考えます。1つはエネルギーに溢れた、積極的にリスクをとりたがる人たち。もう1つは、これまでやってきたことを続けたがる野心のない人たちです。移民はまさに、前者のリスクをとる人たちの象徴といえます。リスクを恐れる人は移住しません。
——よく言われるように、移民こそアメリカという国家の活力の源泉であるということですね。
アメリカから多数のノーベル賞受賞者が生まれる背景には、移民という多様性がある、と指摘する。
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ダイアモンド:その結果が、ノーベル賞の受賞者数でアメリカが世界を断トツにリードしていることに表れています。アメリカのノーベル賞受賞者は、人口比と不釣り合いなほどに移民が多い。彼らは科学的クリエイティビティが突出しているのです。
ところが日本は、人口比や科学研究・開発の投資比でいうと、スイスやフランス、スウェーデンよりもノーベル賞受賞者の数が少ない。日本で期待するほどイノベイティヴな結果が出てこないのは、移民への消極性と関係があるように思います。
持続可能な経済はつくれるか
——経済、文化、環境面を考えたときに、50年後、100年後の世界はどのような姿になっているでしょうか。最後に、ダイアモンド教授が描く「明日以降の世界」を教えてください。
ダイアモンド:われわれが今問われていることは、「持続可能な経済をつくれるか」「世界中の生活水準が一定のレベルで平等を達成できるか」ということだと思います。われわれは環境を破壊し、資源を消費し尽くそうとしています。また、各国で消費量には格差があり、これを放置するかぎり、世界は不安定なままです。これからの30年でこの難題に対する答えを出すことができるか。もし成功しなければ、50年後、100年後の世界は「住む価値がない」ものになっているといっても過言ではないでしょう。
(聞き手・文:大野和基)
ジャレド・ダイアモンド:1937年、アメリカ・ボストン生まれ。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修め、進化生物学、鳥類学、人類生態学へと研究領域を広げる。カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)で医学部生理学教授を経て、現在、同校地理学教授。著書『銃・病原菌・鉄』でピュリッツァー賞を受賞。他にも『文明の崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』『昨日までの世界 文明の源流と人類の未来』など多数。
大野和基:1955 年、兵庫県生まれ。1979 ~1997 年在米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んだ後、現地でジャーナリストとしての活動を開始、国際情勢の裏側、医療問題から経済まで取材・執筆する。帰国後も頻繁に渡米し取材、アメリカの最新事情に精通している。編著書に『知の最先端』『英語の品格』、訳書に『そして日本経済が世界の希望になる』(ポール・クルーグマン著)など多数。