社会を豊かにするテクノロジーと格差を生み出すテクノロジーとは何か

金属の製造工場でロボット溶接機

テクノロジーは労働者の生産性をあげるだけでなく、人間に取って代わる可能性も大きい。

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テクノロジーの進化は人類を豊かに幸せにするのだろうか。

筆者は2017年から2018年にかけて、世界各地の「知の巨人」たちのもとを訪ね、来たるべき未来について対話を重ねてきた。知の巨人8人へのインタビューは『未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか』(6月17日刊、PHP新書)として出版される。

その一部を連載としてお届けする4回目は、「ル・モンド」論説委員でパリ高等師範学校経済学部長のダニエル・コーエン(Daniel Cohen)氏。

テクノロジーの進化はなぜ経済成長をもたらさない?

———コーエンさんはこれまで、経済成長というテーマで多くの著作をしるされています。最初に、この数十年でテクノロジーが急速に発展しているにもかかわらず、なぜ経済成長が低迷しているのか、お聞かせください。

コーエン:成長を維持するには、テクノロジーだけでは十分ではありません。労働者の生産性を上げるテクノロジーが必要ですが、現在は労働者の生産性を上げるよりも、新しいテクノロジーが労働者に取って代わる面の方が多い。

新しいテクノロジーから恩恵を受ける人はごくわずかです。経営者や投資家(資本家)は恩恵を受けます。他方、秘書の仕事一つとっても、それがコンピューターでできてしまうものであれば、もう必要ないかもしれません。新しいテクノロジーは、そういう職業を脅かすものになっている。もちろん、老人介護はロボットだけでは無理です。「人対人」の仕事は消えません。

Daniel Coen

この数十年に誕生したテクノロジーは人々の間の格差を生んだ、と指摘するダニエル・コーエン氏。

撮影:大野和基

つまりテクノロジーが多くの格差をもたらし、多くの人が取り残された、ということです。そういう人たちに対し、テクノロジーは何の利益ももたらさなかったと解釈できます。直接テクノロジーの恩恵を受ける人の生産性は向上しても、その範囲は限られるということです。

(1870年から1970年に誕生した)歴史をつくったテクノロジーは、その恩恵が中流階級にも広く行き渡りました。一方で新しいテクノロジーは、その恩恵が中流階級にはそこまで行き渡っていないというのが私の解釈です。

経済学者らは労働人口の分極化の話をします。トップ1%層である偉大なアーティスト、サッカー選手などは、何十億人ものテレビ視聴者によって、収入が増えていきます。新しいテクノロジーが世界に行き渡る範囲と彼らの収入増には相関関係があります。

まさにテクノロジーこそ、格差を生み出す根源になっているのです。人口の半分が新しいテクノロジーがもたらす恩恵に与れない場合を考えてみてください。それだけで経済成長率は半分になります

経済成長という呪いから逃れられない

——高度成長期においては、経済が成長してテクノロジーが発達すれば、生活は便利で豊かになり、幸福感も増すとおおむね考えられていました。しかし現代では、経済成長に比例して幸福を感じることができない。幸福の追求とは、快楽の「ランニング・マシーン」のようなもので、どんなに努力しようともいつも出発点に位置し続けると、教授は著書『経済成長という呪い』で述べられていますね。

コーエン:それは現代社会ではますます顕著で、人々は自分が欲するものが分からなくても、他人が持っているものを欲しがります、誰かが自分の前に立つと、あなたはその人よりも先に行きたいと思う。そうやって前進している錯覚を抱きながら働いているうちはいいですが、こうした錯覚を失うと、上の者は常に上にいて変わらないという現実に、社会的に脅かされた気持ちになってしまうのです。

現代社会に成長が必要なのは、「社会的出世の道が開けている」と全ての人に感じさせることが重要だからです。「出世街道を歩む能力を全ての人に提供している」という感覚を与えなければならないからです。民主主義的価値観は、そうでない国にさえ及んでいる。そして経済成長だけが、そうした感覚を生み出すことができるのです。

高齢化社会・日本はロボット先進国になれるか

——コーエンさんは日本社会にどういうイメージを持っていますか。日本社会は「繊細な振る舞いにまで決まりがあり、身分が固定された社会」であると、著書で指摘されていますね。

コーエン:日本について非常に興味深いことは、1980年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」として、アメリカを乗っ取る一つの経済大国と見なされたことです。20世紀において、これほど早く頑張って経済大国になったのは日本だけです。それから金融危機がやって来て、バブルが弾けた。このとき、日本が次のリーダーになる可能性はなくなりました。

ただ、それは日本経済が好調ではない、ということではありません。他の先進国に比べて、日本が際立って異なる点は、移民の決定的な欠如です。他の先進国は、移民があちこちから入ってくることで社会を変化させてきました。アメリカでもヨーロッパでもそうです。

高齢者

高齢化が世界で最も進む日本では、人手不足への処方箋としてロボット技術が発展する可能性が大きい。

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一方で、日本は我々と同じように高齢化社会です。労働力の不足を補うため、ロボットの活用についてはどの国よりもイノベーティブです。将来ロボットを労働力に置き換える方法については、日本はどの国よりも進んでいる気がします。

トップ総取りの構図はますます加速

——AIがこれからの革命を担うと思いますが、トップが全てを手に入れ2番目以下はゼロ、つまりトップが総取りという「パヴァロッティ効果」はますます深化するでしょうか。

コーエン:AIがこれから50年間、あらゆる局面で物事を変えていく革命を起こすことは間違いありません。パヴァロッティ効果とは、イタリアの歌手ルチアーノ・パヴァロッティのような最高のアーティスト以外のCDは売れない、ということです。AIが発達すればするほど、その方向に傾いていくでしょう。

トップのみが総取りする構図は、世界の企業を見れば一目瞭然です。どの分野でもトップ企業のシェアはますます増えています。それらの企業にはテクノロジーを駆使する人が他企業よりも多いことがいちばんの要因でしょう。その昔、アメリカで「ビッグ・スリー」と言えば、3大自動車会社のフォード、GM(ゼネラル・モーターズ)、クライスラーのことでした。それが今はグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンと、IT企業に取って代わられました。このIT企業の従業員数は自動車大手に比べて半数以下ですが、株価は10倍以上です。

彼らはまさに革命となるAIを駆使しているので、人員を多く割く必要がありません。AIを利用して生産できる価値には限界がないのです。

(聞き手・文:大野和基)


ダニエル・コーエン:1953年、チュニジア生まれ。フランスを代表する経済学者であり思想家。エリート校であるパリ高等師範学校(エコール・ノルマル・シュぺリウール)経済学部長。2006年には、経済学者トマ・ピケティらとパリ経済学校(EEP)を設立。元副学長であり、現在も教授を務めている。専門は国家債務であり、経済政策の実務家としても知られる。「ル・モンド」紙の論説委員でもある。邦訳書には『迷走する資本主義』『経済と人類の1万年史から、21 世紀世界を考える』『経済成長という呪い―欲望と進歩の人類史』など。

大野和基:1955 年、兵庫県生まれ。1979 ~1997 年在米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んだ後、現地でジャーナリストとしての活動を開始、国際情勢の裏側、医療問題から経済まで取材・執筆する。帰国後も頻繁に渡米し取材、アメリカの最新事情に精通している。編著書に『知の最先端』『英語の品格』、訳書に『そして日本経済が世界の希望になる』(ポール・クルーグマン著)など多数。

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