われわれは現在、怒濤の変化の只中にいる。
国際情勢だけでなく、 AIをはじめとする技術の急速な発展は社会のあり方も変えようとしている。
筆者は2017年からから2018年にかけて、世界各地の「知の巨人」たちのもとを訪ね、来たるべき未来について対話を重ねてきた。ますます複雑化する世界の行く末を、歴史学、経済学、進化生物学など各分野の泰斗たちはどう読み解くのか。
知の巨人8人へのインタビューは『未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか』(6月17日刊、PHP新書)として出版される。
本連載では、その一部を抜粋してお届けする。1回目はクリントン政権で国防長官として核開発を進める北朝鮮との外交交渉にあたり、米朝枠組合意を結んで危機回避を成功させたウィリアム・J・ペリー氏。
南北首脳会談にて北朝鮮の金正恩委員長(左)とアメリカのトランプ大統領(右)。
REUTERS/Jonathan Ernst
—— 連続的なミサイル発射によって挑発行為を続けていた金正恩氏が、突如、朝鮮半島全体の非核化を目指す意思を表明しました。真の思惑はどこにあるのでしょうか。
ペリー:当面の彼の目的は、十分な抑止力となる核兵器を保持しながら、非核化による経済上の恩恵を得ることです。それは、北朝鮮が韓国と良好で強固な南北関係を築き上げ、アメリカから脅かされない保証を得るまで、すなわち彼が「正常化」を達成するまで、ということになります。現に、2018年5月には、「北朝鮮が、米韓合同演習に反発して韓国との閣僚級会談を中止した。アメリカに対しても、米朝首脳会談の中止の可能性をちらつかせた」と報じられました。結局、米朝会談は予定通り6月12日に行われたものの、そこに至るまで金正恩氏とトランプ大統領との「駆け引き」は続きました。
こうした北朝鮮の「脅威外交」を見るにつけ、非核化への道のりは遠く、容易ではないことに気づかされます。
金正恩氏は今のレジーム(政治体制)を維持することにより高い価値を置いています。核兵器がレジームの維持に大いに寄与していると、彼は判断しているのです。レジームの安定のために経済面で貧窮を極める状況に陥っていることは、金正恩氏の言動からも明らかです。
核開発をやめさせるチャンスは過去にあった
—— 父の金正日氏も含めて北朝鮮の指導者たちは、ミサイル開発に関する合意をすべて破ってきました。開発をやめさせるためには、何をすべきだったと思いますか。
撮影:大野和基
ペリー:(民主党政権時の)1999年にアメリカは北朝鮮と交渉をもちました。それが妥結していれば、核開発を北朝鮮にやめさせるチャンスはあったと思います。しかし、アメリカは2001年に身を引きました。共和党政権に代わったときです。米朝間の合意が成功したかどうかはわかりませんが、チャンスがあったことも確かです。
その交渉の目的は、単に核兵器から手を引かせたり、ICBM(長距離弾道ミサイル)の開発をやめさせたりすることだけではありませんでした。北朝鮮の安全保障を別の方法で提供することも焦点となっていました。
当時も今も、私の考えは同じです。北朝鮮に安全を保障する別の方法を見つけない限り、彼らは核開発を続けるでしょう。
当たっているかどうかは別として、北朝鮮はこの数十年間にわたり、「アメリカは軍事的に彼らのレジームを転覆する方法を見出そうとする意図がある」と疑っています。そして核プログラムや核兵器の開発が、そうしたアメリカの行動を抑止できるとみているのです。
今の状態では、北朝鮮は非核化の合意をしたとしてもまた破ります。成功の鍵は —— もし成功の鍵というものがあるとすれば—— 核抑止力以外の手段を見つけることです。「北朝鮮のレジームは転覆されない」という保証を彼らに与えるための、何らかの代替手段を探すということです。
誤報から偶発的核戦争は起こり得る
——2018年1月13日、ハワイで弾道ミサイル発射の誤報が州の緊急事態管理庁(EMA)から発信され、大変な騒ぎになりました。このことから得られる教訓はありますか?
体制保証をもっとも重視する北朝鮮の金正恩委員長。核以外の“保証”とは。
KCNA via REUTERS
ペリー:いかなる国のリーダーも、他の国に対して核戦争を始める意図はないと思いますが、誤算や何かの偶発で核戦争が勃発する危険は存在します。偶発的な核戦争が起きるもっとも蓋然性の高いシナリオが、誤報に反応することです。
われわれのシステムは誤報を防ぐように設計されています。非常に優れたシステムですが、必ずしも適切に動くとは限りません。まさしくハワイのケースは、ヒューマン・エラーに加え、機械が適切に設計されていないことが重なって起きたのです。
アメリカ西部に位置するコロラド州には、アメリカに向かって発射されたミサイルを探知し、警報を発するシステムがあります。間違いが起こるのを防ぐように設計されている点で、ハワイのシステムよりもはるかに優れています。
にもかかわらず、この50年間で私の知るかぎり、3回も誤報を出しています。どれも大規模のミサイル群がロシアからアメリカに向かって発射されたという誤報です。幸運にも、どの誤作動のときも、反応する前に人間が介入してエラーであると結論づけました。
——どのケースでも対応を誤れば、アメリカは反撃していたかもしれないということですか。
ペリー 3回の誤報のうち1回は、アメリカが危うく反応しそうになるくらいリアルなものでした。偶発的に核戦争を始めていた可能性はあります。危険はつねに側にあったのです。それは間違いありません。
「金正恩は最も成功しているCEOだ」
——フォーリン・アフェアーズ誌に「金正恩は最も成功しているCEOである」という内容の記事が出ましたが、これは彼が交渉においてつねに優位に立っている、ということでしょうか。
REUTERS/Edgar Su
ペリー:まず、北朝鮮のレジームが「クレイジーだ」(常軌を逸している)と主張する人がいますが、われわれは金正恩が結果を達成するのに成功していることを知っています。それはクレイジーな政府の特徴ではありません。金正恩氏は自分のカードをとても賢く使って、目的のほとんどを達成している。そうした傾向にあることは同意せざるを得ません。
ただ、彼の最重要目的はレジームを維持することなので、核兵器を使えば、その目的を達成できなくなります。つまり、彼は理性的なプランも用意しており、そのプランがある限り、一方的に核兵器を使うことはないでしょう。
金正恩氏はクレイジーではないという意味は、彼は合理的に自分の目的を追求しており、その意味ではクレイジーではない、ということです。
※インタビューは2018年1月23日と5月8日に行いました。
(聞き手・文:大野和基)
ウィリアム・J・ペリー:1927年生まれ。1945年、アメリカ陸軍工兵隊として沖縄に駐在。カーター政権で国防次官、クリントン政権で国防副長官、国防長官を歴任。1994年、国防長官として、核開発を進める北朝鮮との外交交渉にあたり、米朝枠組合意を結んで危機回避を成功させた。核不拡散に務め、退任後も「核なき世界」を実現するために活動を続けている。著書に『核戦争の瀬戸際で』など。
大野和基:1955 年、兵庫県生まれ。1979 ~1997 年在米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んだ後、現地でジャーナリストとしての活動を開始、国際情勢の裏側、医療問題から経済まで取材・執筆する。帰国後も頻繁に渡米し取材、アメリカの最新事情に精通している。編著書に『知の最先端』『英語の品格』、訳書に『そして日本経済が世界の希望になる』(ポール・クルーグマン著)など多数。