左から、クリエイター/ゲームデザイナーの水口哲也氏、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの秋山賢成氏、若林恵氏。
『WIRED』日本版の元編集長であり、コンテンツメーカー「黒鳥社」を立ち上げた若林恵氏。彼がソニーと仕掛け、クリエイター/ゲームデザイナーの水口哲也氏も共同企画者として参加している新プロジェクト「trialog(トライアログ)」が、2018年6月、正式にスタートした。
「trialog」は、「What is the future you really want?(本当に欲しい未来は何だ?)」を合言葉に、クリエイター、エンジニアやアーティストなどの三者によるトークイベントを渋谷を中心に定期的に開催。イベントには一般参加もできるほか、公式Twitterアカウントでライブ配信。リアルタイムにコメントを投稿、対話に参加することができる。
渋谷の一角に、若者の人だかり
「未来はいいから希望を」。trialogのサイトは、若林さんのメッセージで始まる。
2018年6月5日夜、渋谷・ファイヤー通りに建つビルの入り口に、若者が列をつくっていた。これから始まるのはtrialogの第1回トークイベント「融解するゲーム・物語るモーション」。
古いビルを改装したスペース「EDGEof」は2018年4月に誕生。周辺を彩る看板とは一線を引く、シンプルな内装だ。会場となる2階のイベントスペースは「く」の字に変形しており、登壇者を囲むようにステージが設置されている。ドリンクやフードの提供もあり、参加者はイベントを“観覧する”というより車座になってトークに“参加する”という雰囲気だ。
スピーカーのプロフィール:
ヴィデオゲーム、音楽、映像、アプリケーション設計など、共感覚的アプローチで創作活動を続けている。代表作に「Rez」や「ルミネス」など。独創性の高いゲーム作品を制作し続け、「全感覚の融合」を提示してきた“VR研究・実践のパイオニア”でもある。金沢工業大学客員教授、慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授。
秋山賢成氏 ソニー・インタラクティブエンタテインメント ソフトウェアビジネス部 次長 兼 制作技術責任者
ソニー・インタラクティブエンタテインメントにて、ゲーム・コンテンツ制作コンサルティング及び技術サポートに従事。多数の著名ゲームタイトルの制作に関わり、現在に至る。日本・アジアエリアにおいて、PlayStation®VR(PS VR)の技術講演を実施し、技術デモの制作・ディレクションも行っている。
若林恵氏
1971年生まれ。早稲田大学を卒業後、平凡社入社。『月刊太陽』編集部所属。2000年、フリー編集者として独立。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社設立。
「VRは早く終わればいい」その意味するところは
SESSION1にも登壇した水口氏。イベントが行われた会場「EDGEof」創設メンバーの1人だ。
どのセッションも予定時間を大幅に超える盛り上がりを見せたが、特に参加者からの質問が後を立たなかったのはSESSION2だった。
ソニー・インタラクティブエンタテインメントの秋山賢成氏、クリエイター/ゲームデザイナーの水口哲也氏、若林恵氏が登壇したセッションのテーマは、「プラットフォーマーの想像力」。
水口氏がまず、「僕は早くVRの時代が終わればいいと思ってるんです」と、VRの第一人者とは思えない衝撃的な言葉で口火を切った。
「誤解をされるかもしれないのですが。VRは没入感があるし、今後解像度も上がって軽量化もされるだろう。でも、immersive(没入型)であるがためにどうしても超えられないポイントがある。リアルな、人と人とのコミュニケーションの分断です。そういう意味で、VRはAR(拡張現実)的なものにトランジットしていく未来を夢見ています」
これを受けて、秋山氏は「VRは表現の1つの方法なので、違う表現、違うやりたいことが出てきたら、いずれ今の技術の枠に収まらなくなったときにVRの限界が来るとは思う。それは正常な進化だと思う」と見解を述べた。
若林氏が「映画は映画の、小説は小説の没入性がある。それは自分たちの生きている世界とまったく違う世界をつくるということではなく、自分たちが生きている世界を再発見するということ。ストーリーに没入させることは重要だけど、完全に人工世界をつくることが意味があるのか、僕はわからない」と、違う角度から発言。
秋山氏は「VRは表現の装置であり場所をつくっているにすぎないので、そこで伝えたいこと、ストーリーテリングがより重要になってくるだろう」と展望を語った。
会場に準備されたケータリングは、「おいしい食に対する飽くなき探究心」がテーマ。
「trialog」でのセッションは、対談やインタビューではなく鼎談にこだわっている。だからこそ、議論は「二項対立」ではなく「三者対話」になり深まってゆく。
2017年、SXSWでの出会いがきっかけ
trialogの仕掛け人の一人、ソニーの森繁樹さん。イベント終了直後のインタビューにて。
「trialog」の仕掛け人の一人である、ソニー ブランド戦略部 統括部長の森繁樹氏は、イベント直後に、会場の熱気をまとったままインタビューに答えた。
「会場の反応もよかった。こういうイベントで質問があるかと聞いても、たいてい手を挙げる人は少ないもの。今日は時間が足りないほどたくさん挙がっていました。Twitterのライブ配信も最大で約8000人が視聴。注目度の高さが分かる。第1回としては、手応えを感じました」
そもそも、ソニーが「trialog」に参画することになったのは、2017年にアメリカで行われた「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」がきっかけだという。
若林さんの率直すぎる感想が、今につながる
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2017年SXSWで、ソニーは初めて大きなブース出展をした。ソニーは過去の歴史と、今提供している商品を見せることはできる。では未来はどうなのか——。
この問いに対する考えを提示する場としてのSXSWだった。研究開発中の技術も含めて出展し、そこから生まれるディスカッションを通してオープンイノベーションを行おうと試みた。若林氏、水口氏との出会いはこの場だったのだ。
そのとき、若林氏は森氏に率直すぎるとも言える感想を述べた。
「今回のソニーの試みはいいものだったが、メッセージが伝わってこなかった。未来は自分たちでつくるもの。自分たちが求める未来を語ることで、人間が求めるべき豊かな方向に近づくのではないか。ソニーさんがリードすべきではないか。そう言われたことが、このtrialogにつながっています」
ソニー色をあえて出さない理由
平日の夜にもかかわらず、一般60人、学生10人のお客さんで満席。
だが、「trialog」では、ソニー色をあえて抑えている。技術も登壇する人も、ソニーの視点だけではなく、様々な視点を取り入れたい思いがあるからだ。
もっとオープンに、想像もしていなかったような角度から未来について語る場に——。
「渋谷」という場所にもこだわった。ソニーは、2015年に大型街頭ビジョン「ソニービジョン渋谷」を設置し、2017年にはソニーグループの製品やコンテンツなどを展示する「ソニースクエア渋谷プロジェクト」をオープンさせた。国内だけでなく海外からも文化創造の拠点として注目を浴びているこの街で、若い世代にソニーを知ってほしいという強い思いがある。
「上の世代は、ソニーの良いところをたくさん知っている。それと比べて、若い世代はソニーの悪い面しか知らない」と自虐的に語る森氏だが、だからこそ今、イノベーションを求めているのだという。
「シロクマ視点」の体験が、社会課題解決に
「ソニーには、テクノロジーとエンターテインメントによって、KANDOを届ける、つまり人生を豊かにし、社会に貢献していくというミッションがあります。さらに、これからの時代は、人間だけでなく他の生物を含めた地球規模での豊かさを求め、感動する人とその感動をつくる人、その両方に対して寄与していかなくてはなりません。
たとえばVRも、エンターテインメントとしてだけでなく、さまざまなメッセージを伝える手段として活用され始めている。例えば、SXSWでは、次々に足元が崩れていく流氷の上のシロクマの視点を体験させたり、リアルな戦場に身を置く体験を通じて社会的なメッセージを発信するクリエイティブが出展されていました。
テクノロジーは使い方によって人の心を大きく作用し、単なる感動や楽しみを提供するだけでなく、現在を再考させられる。まだできることはたくさんあるはずです。trialogを通して、今のソニーが持っている領域でないところにも踏み込み、我々のアイデアやソリューションの幅を広げてくれる人とコラボレーションしていきたい」(森氏)
人類が本当に求める未来をつくり出したい—— 。ソニーが今、本気を見せている。
デイヴィッド・オライリー氏/アーティスト
1985年生まれ。代表的なアニメーション作品『Please Say Something』で数多くの賞を獲得。2017年に発表したゲーム『Everything』は多くのメディアでゲーム・オブ・ザ・イヤーに輝く。
クック・イウォ氏/Motion Plus Designファウンダー
1979年生まれ、パリを拠点にタイトルデザイナー/ディレクターとして活動を続ける。代表作に映画『サイレントヒル』のタイトルなど。2011年にMotion Plus Designを立ち上げ、モーションデザインの魅力を伝えるべく2015年より同名のミートアップイベントを開始。
塩田周三氏/ポリゴン・ピクチュアズ代表
TVシリーズ制作や海外市場をターゲットにしたコンテンツ企画開発を実現。2008年、米アニメーション専門誌『Animation Magazine』が選ぶアジアアニメーション業界の25傑の一人に選定された。