世界最先端のデジタル国家、エストニア。人口130万人の小国にも関わらず、電子居住制度、スタートアップビザ発行など、時代の変化を捉えた政策を他国に先んじて実行に移すことで、起業家など世界中の才能を誘致することに成功しています。
エストニア最大級のテクノロジー・カンファレンス「Latitude59」
エストニアが電子国家として今日の地位を築いた背景には、日本には真似しようがない地理的・歴史的要因が多くあったでしょう。しかし、エストニア政府や官僚組織の意思決定プロセス、そこで働く政策決定者たちのマインドセットからは、私たち日本人が学べることもあるはずです。
そこで今回お話を伺ったのは、未来型国家エストニアの国家技術を日本に持ち込んだスタートアップ企業、プラネットウェイ代表の平尾憲映さん。同社は先月9日、メガバンク3行を含む日本の大手企業9社を巻き込んだオープンイノベーションプログラム事業、サイバーセキュリティ人材育成事業を発表し、話題を呼びました。
Planetway Corp.ファウンダーの平尾憲映さん
注目すべきはそのボードメンバーです。エストニア経済通信省経済開発部局次長、エストニア・サイバーディフェンスユニット副司令官、エストニア政府 CIO(最高情報責任者および経済通信省局次長)など、同国の要人が名を連ねています。
「時代の変化に強い組織」を作るために、日本企業はエストニアから何を学ぶことができるでしょうか。平尾さんに聞きました。
9割の人が“革命”に賛同してくれる国、エストニア
——プラネットウェイとエストニアの関係について教えてください。
プラネットウェイを設立したのは、2015年7月。本社はアメリカのサンノゼ、国内では福岡に拠点を置いていますが、開発はエストニアで行っています。社員の半分、エンジニアの95%はエストニア人です。
コアメンバーも、4人中、僕を除く3人がエストニア人。MySQLの元開発者だったり、元政府関係者だったりと、みな現地の重鎮ばかりです。
——なぜ、エストニアだったのでしょうか?
プラネットウェイの創業以来のビジョンは、「データの主権を個人に取り戻すこと」。僕らがネットで何を購入したとか、何を閲覧したといったデータは現状、グーグルやフェイスブックなどの大企業に好き勝手に使われています。これを僕ら個人の意思で扱えるようにしようということです。
なぜ、エストニアなのか?と問われれば、そのビジョンを実現するための技術が、エストニアにはすでにあったからというのがその理由です。現在われわれが提供しているサービスは、エストニアのe-Residency(電子居住権システム)の屋台骨とも言うべき技術「X-Road」をベースに、それを民間向けに作り替えたもの(PlanetCross)になっています。
エストニアの電子居住者に配布される「e-Residencyカード」
——つまり、エストニアと組んだのはその技術力に惹かれて?
もちろんそうなのですが、とはいえ実は、会社を設立した当初、僕はエストニアのことをほとんど知りませんでした。プロダクトもゼロから自分たちで開発するつもりでいたんです。
僕がエストニアという国と深く関わることになったのは、創業3カ月目に、現在取締役を務めてくれているラウル(アリキヴィ氏)と出会ったことがきっかけでした。
ラウルと東京のとあるカフェで会った際に、先ほどお話ししたビジョンについて話したところ、「すごくいいビジョンだね」と言われました。さらに、「エストニアにはそれを実現するのに最適な技術がある。一緒にやらないか」といって紹介されたのが、「X-Road」だったんです。
その後、ラウルを通じてエストニアの政府関係者らと会うことができ、協力者も徐々に増えていきました。興味深いのは、そういう人たちに自分のビジョンを話すと、9割以上の人が「面白い」と言ってくれたことです。
「グーグルやフェイスブックを相手に革命を起こす」なんて、日本で言ったら頭がおかしいやつだと思われるのがオチでしょう。このあたりに、エストニアという国の特異性が表れていると感じます。
——エストニア側が平尾さんと組むメリットはどこにあったのでしょうか?
エストニアという国は、確かに技術力は高いのですが、一方でビジネスがうまいとは決して言えません。その点、僕はエンジニア出身ですが、ソフトバンクでトップセールスだったこともあるくらいに営業が得意です。いかに市場に普及させるかというところに、彼らが僕と組むメリットがあったのだと思います。
国自体がスタートアップ的、「Uber法」ができるほど
——エストニアではe-Residencyの他にも、独自の仮想通貨「Estcoin」を発行して資金調達を目指すICOや、デジタルノマドビザ導入なども検討が進んでいると聞きます。人口130万人の小国が、こうした先進的な施策を次々に打つことができるのはなぜでしょうか?
ひとことで言うなら、国自体がスタートアップ的だからでしょう。技術とガバメントの連携、フレキシビリティ、内部で囲い込むのではなく、さまざまな団体・機関を巻き込んで物事を進めるところなども含めて、全てがスタートアップ企業のような国家です。
Uberのようなライドシェアサービスが誕生した時の対応が象徴的でした。エストニア政府はいち早く、一定の要件を満たせばライドシェアを合法化する法律、いわゆる「Uber法」を作ってこれに対応しました。
いちベンチャー企業のために新たにレギュレーションを作るなど、日本では考えられないことなのではないでしょうか。
——なぜ国家でありながらスタートアップ的に振る舞えるのでしょうか?
エストニアが人口130万人の小国であることや、歴史的背景があってそうせざるを得なかったところもあるだろうとは思いますが、政府に民間の人材を積極登用していることが大きいと思います。
弊社のアドバイザリーをしてくれている政府CIOのターヴィ・コトカをはじめとして、政府系機関の要職に就いている人の多くが、エストニアを代表するスタートアップ起業家だった人たちです。そういう人たちが政府の中枢にいれば、国家自体がスタートアップ的になるというのも自然な帰結ではないでしょうか。
また、そうやって政府の要職を務めた人が、その後再び民間企業に移るということもよくあります。そういう人の循環ができているんです。
——先ほど挙げたような先端的な施策をスピーディに形にするのに、アイデアは誰が発案し、どんな意思決定のプロセスを踏んでいるのかご存知ですか?
残念ながら、そこまで詳しいことは分かりません。ただ、エストニアの情報施策の中心にはCIOがおり、彼が尖った才能の持ち主であることは確かです。
情報施策に関しては彼に権限が与えられているため、例えば、民間と何か新しい取り組みを始めるというのは、彼の判断で行うことができます。スピーディな施策の実現が可能な一因といえるでしょう。
——日本企業も優秀なCIOを雇えば変われますか?
CIOを雇っただけではダメでしょう。CIOがやることを理解し、まかせられるCEO、すなわちリーダーがいなければ機能しません。エストニアの場合は首相も30代後半と若く、こうした施策にとても理解があるからこそ、成り立っているのだと思います。
エストニアから日本の組織が学べること
——日本のリーダーはどう変わるべきでしょうか?
日本の企業も「IoTだ、ブロックチェーンだ」と騒いではいるものの、バズワードに踊らされているだけで、本質が見えていないように映ります。その結果、ディシジョンメイキングが崩れている気がするんです。
時代時代でやることが変わること自体は問題ありません。でも、本来それは自分たちがやろうとしていることがまずあり、それを実現するために、そうした先端技術がどう使えるのか、という順序のはずです。
僕らは常に100年後のビジョンを見据えて、そこにこの技術がどう生きるかという視点で物事を捉えるようにしています。だから、表面だけ見ている人からすればそれは、到底理解できない選択として映ることもあるだろうと思います。でも、そこには僕らなりのロジックがちゃんとある。「踊らされない」とはそういうことではないでしょうか。
エストニアが電子大国になったというのも、そこにポイントがある気がするんです。人口130万人の小国が生き残るには、ソ連時代にITセキュリティを一手に担ってきたという背景からくる、ITという強みを活かす他なかった。
自分たちの強みが何にあるかを見極め、この道で生きていくと決めた。そこがブレていないからこそ、今日のエストニアがあるのだろうと思います。
——他にも日本の組織がエストニアから学べることはありますか?
日本では、会社が1000人くらいを超えるとようやく「大きい会社だね」と言われますが、エストニアでは、100人を超えれば、それはもう大企業だと言われます。政府の基幹システムを作っている会社が、社員50人くらいのスタートアップであることも珍しくありません。
すると当然、社員一人ひとりに求められる仕事の幅が広くなり、スキルレベルも高くなります。特に業績が伸びている会社はそういう人ばかりで、「全員が社長、全員がリーダー」というマインドで働いています。
そういう優秀な人たちをマネジメントするのは難しく、日本企業の旧態依然としたマイクロマネジメントを当てはめようとするものなら、「俺はもういいよ、抜けるから」となり、優秀な人材は会社に残らなくなってしまいます。
つまり、まかせることが大切。僕自身、日本流の旧式のマネジメントはしていないんです。社員を自由に放し飼いしているというか。「予算はこれでやってね。足りなくなったら、それなりの理由があるなら、まあいいよ」、と。
そして、新しいことに挑戦する時は失敗してもいいというマインドセットは学ぶべきだと思います。エストニアでは挑戦しなかった人より、挑戦した結果として失敗した経験のある人が認められます。エストニアで生まれ、いまや世界的なサービスにまで成長したSkypeのファウンダーだって、Skypeを生む前に10回くらい失敗しているんですよ。
エストニアにそういうカルチャーがあるのは、彼らが歴史上、とても大きな危機にさらされ、なおかつ挑戦することでそれを乗り越えてきたことがあるから。国家規模の危機からすれば、一度や二度の失敗は大したことではない。むしろ失敗を恐れて挑戦しないことが自分たちを苦しめると経験的に知っているのです。
日本では一回失敗しただけで支援や機会がサーっと引いていってしまう。それでは新しいものは生まれないですよね。スピード以前に、「失敗したら終わり」では、博打も打てないからです。仮にポテンシャルを持っていたとしても、それでは発揮することができません。
これは会社単体にも社会全体についても言える、日本の本質的な問題だと思います。教育から何からすべて変えなければ、その問題は解決しないかもしれない。失敗してもいいからまかせるということが、日本にはもっと必要なのではないでしょうか。
[取材・文] 鈴木陸夫、岡徳之 [撮影] 伊藤圭
未来を変えるプロジェクトより転載(2017年6月12日公開の記事)
平尾憲映:Planetway Corp. ファウンダー
1983年生まれ。2008年カリフォルニア州立大学ノースリッジ校マーケティング学部卒業後、ソフトバンクモバイルに入社。800名超の全国携帯販売コンテストにおいて優勝、社内アワードを2度受賞、新規事業開発に従事するなど活躍。その後、エンタメ、半導体、IoT分野で、3度の起業と1度の会社清算を経験。多様な経験を糧に、2015年7月米国、日本、エストニアに拠点を置くグローバルスタートアップPlanetway Corp.を創業。