「借金を財産にする方法」超低金利時代だからこそ考えておきたい自己防衛術

住宅ローンのイメージ

少子高齢化、人手不足、空き家の増加、社会保障費の増大……先行き不透明な老後に備える工夫が今求められている。

Shutterstock

長寿化が進んで、20代、30代から老後の蓄えを考えないと、後々の「金切れ」が心配な時代になった。蓄えというと貯蓄や投資ばかりに目が行くが、今の時代、高い利回りを期待するのはなかなか難しい。むしろ、こんなに金利が低いなら、その状況をうまいこと蓄財につなげる方法はないだろうか。

実は企業にはそれを可能にする仕組みがある。「ディフィーザンス(defeasance)」という。

低金利を活かして財産を作る仕組み

例えば、上場企業A社が期間10年の社債を100億円、金利1%で発行、その3年後に市場金利が急上昇し、国債の利回りが3%になったとしよう。

A社は本来3%の金利を支払わなければ100億円を借りられない環境なのに、社債の残り期間7年について、1%しか金利を支払わなくて済む借金を有していることになったわけだ。

そこでA社は、市場で3%の国債を購入して信託銀行に預け、元利金(元金+利息)を使って金利1%の社債による借り入れを返済してもらうことにした。詳しい計算は省略するが、国債の金利は3%だから、88億円分ほどあれば先の社債100億円分を全額返済できることになる。

A社の社債を買った投資家からすると、受託者である信託銀行が(安全性の高い)国債を使って責任を持って返済してくれるなら、仮にA社が途中で倒産しても問題はない。このため、企業会計原則は、A社がこの時点で100億円の借り入れを全額返済したことにしてよいとする。

そうすると、A社は88億円支払って100億円の負債を消すことができたことになるから、差額の12億円はその期の利益になる。

エクソンモービルが生み出し、日本企業も導入

エクソンモービル株価

「ディフィーザンス」を生み出したアメリカの石油大手エクソンモービル。

Reuters

この「ディフィーザンス」の手法は、1980年代前半にアメリカの石油大手エクソンモービルが考え出したもので、日本でも90年代から行われている。

長期間低い金利で借り入れをしておけば、途中で金利が上昇した場合に「この借り入れって一種の財産だよな」と感じる。実は、企業はその「感じ」を具体的な利益に変えることができるわけだ。

最近多くの企業が10年、時には30年という超長期の社債を積極的に発行している背景には、仮に集めた資金をすぐに使う当てがなくても、「低金利の負債という資産」を積み増しておけば、後で利益に変えられるという財務戦略上の配慮がある。

個人でも、借金を財産に変えられるか?

国債を取り扱う野村證券

低金利で長期間の借り入れが可能な国債だが、住宅ローンの返済に充当することはできないので……。

Reuters

では、個人の場合はどうだろう。

個人にとって、企業の社債と同じように、大きな金額を長期間、途中で金利の見直しのない固定低利で借りられるものといえば住宅ローンである。

実際、住宅ローンの金利は歴史的な低金利状態にある。「猫も杓子もマイホーム」という時代はとうに過ぎ去ったが、経年劣化する家屋はともかく、土地には寿命がないから、もし住宅ローンの返済額が家賃と似たような水準なら、超低金利の借り入れで購入して老後の資産形成を図ることには、それなりに経済合理性がある(この点は別の機会にまた詳しく論ずる)。

そこで、35年間固定金利で借りられる、住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)の「フラット35」という住宅ローンを借り入れ、その後に市場金利が上がったら、企業と同じように金利差を利益に変えることができるかを考えてみよう(なお、銀行が提供する住宅ローンの多くは市場金利に連動して金利が改定されるので、以下の議論は当てはまらない)。

とはいっても、ディフィーザンスのように、個人向けに「住宅ローン返済お引き受けサービス」を提供してくれる信託銀行は、残念ながら今のところ存在しない。また、仮にそういうものがあっても、返済に使う国債などを買うまとまった資金がなければ絵に描いた餅である。

超長期の住宅ローンで「将来の資産」を生み出す

アメリカの中古住宅

アメリカの公的住宅ローンには元の所有者の金利を引き継げる特約が付いている。(写真はイメージです)

Reuters

そこで視点を変えて、将来、家を売る時のことを考えてみよう。

元の持ち主が低金利で住宅ローンを組んで家を買い、売る時点で金利が上昇していたとする。本来なら、次の買い主は購入に当たって新たに住宅ローンを組み、その時点の高い金利を払わねばならない。

しかし、売り主が最初に組んだ低金利の住宅ローンを次の買い主が引き継ぐことができれば、買い主は金利負担をかなり節約することができるから、家の魅力がアップすることになる。売り主の方も、うまく仕組めば、金利差に見合う分を売却価格に上乗せすることもできる

アメリカの公的住宅ローンにはこれを可能にする特約が付いている。「For Sale」と書かれた家の売り出し広告を丁寧に見ていると、売り値の下に($2000/month)などと注記されているものがある。これは、月2000ドルの返済で済むローン付き物件ですよ、という意味である。

あまり知られていないが、実はわが国でもフラット35については、担保となる住宅が長寿命住宅(認定長期優良住宅)の場合は、ローンを次の買い主に引き継げる「金利引継特約」を付けることができる

これからの無駄が許されない時代のために

これからの時代、通勤に便利な場所に家を買っても死ぬまで住み続けるとは限らない。住みかえる時に持ち家をできるだけ効率的にお金に変える工夫を懲らすのは当然のことだ。現在のような低金利環境においては、借金も将来の財産に変えられるのだから、考えない手はない

残念ながらこれまで日本人はこうしたことに無頓着だったが、これからは上の世代がしてきたような無駄は許されない時代になる。本連載では、今後も折に触れてそうした時代に備えるためのヒントを提供していきたいと考えている。


大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。主な著書に『金融と法――企業ファイナンス入門』『金融アンバンドリング戦略』『49歳からのお金―住宅・保険をキャッシュに換える』など。

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