弁護士2.0「法×テクノロジー」で旧態モデル変えるベンチャー法律事務所「ZeLo」

法律事務所ZeLo

法律事務所ZeLo(ゼロ)代表の小笠原匡隆弁護士(右)と徐東輝弁護士。

撮影・川村力

社会のあり方を根底から変える可能性があると言われるブロックチェーン技術。事業者のルール、規制のあり方など何もかもが初めて尽くしのこの分野で、近頃大きな存在感を放つプロ集団がいる。法律事務所「ZeLo(ゼロ)」だ。

代表の小笠原匡隆弁護士のコメントを仮想通貨関連のメディアで見かけるようになったと思ったら、2017年11月には事業者の自主規制団体「日本ブロックチェーン協会(JBA)」のリーガルアドバイザーに就任、一気にその名が知れ渡った。どんな集団なのか、何が狙いなのか。事務所を訪ねた。

ベンチャーでも大手でも「挑戦する企業」を支える

ZeLoの事務所は、IT・テクノロジー関連の事業者が集中する港区や渋谷区とはイメージのかけ離れた、中央区築地にある。

「弊所はテック専門の法律事務所というわけではありません。時代を切り拓くために挑戦している企業を応援することにこだわった結果、最先端のテクノロジー分野で戦う企業との仕事が増えているというのが率直なところです。大手でもスタートアップでも、本気で挑戦している企業を全力で支える。その想いを共有できる仲間で事務所を運営しています」

代表の小笠原さんとともに取材に対応してくれた、徐東輝(そぉ・とんふぃ)弁護士もそんな仲間の1人だ。

「2017年に司法修習を終えたばかりで、初めて所属する事務所。小笠原とともにZeLoを創業した京都大学の先輩・角田望に弁護士登録後の進路を相談するうち、テクノロジーを用い、顧客と手を携えて新たな時代を切り拓くという理念に惹かれ、この事務所で仕事がしたいと思うようになりました」

東輝さんは京大法科大学院在学中にNPO法人「Mielka(ミエルカ、旧ivote関西)」を立ち上げ、若者と政治を結びつける活動を展開。2017年の総選挙では、若年層の投票を促すための選挙情報を提供する特設サイト「JAPAN CHOICE」を立ち上げた。そうした取り組みが評価され、卒業時に総長賞を受けている。

最若手の東輝さんだけでなく、京大法科大学院在学中に司法試験(論文式)を全国1位で合格した共同代表の角田さんや、メルカリ社員としても活躍する岡本杏莉弁護士らをはじめ、2017年4月の事務所開設からわずか1年超で10人(6月末時点)の若手が、一つの理念のもとに結集した。

「ロボット弁護士」の登場に衝撃を受ける

IBMの展示ブース

人工知能「Watson」を開発したIBMの展示ブース。ロボット弁護士、自動運転車……次なる展開に強い関心を抱く人たちがこぞって集まる。

Reuters

共同代表の小笠原さんと角田さんはかつて、日本を代表する「四大法律事務所」(通称、四大)の一つ、森・濱田松本法律事務所の同僚だった。他の仲間たちも、多くが四大や企業法務を扱う伝統的な法律事務所で将来を嘱望されていた弁護士ばかり。

彼ら彼女らを「挑戦」へと駆り立てるものはいったい何なのか。

「弁護士の世界は華々しく見えるかもしれませんが、実際にはこの数十年ほとんど働き方が変わっておらず、傍目からは『旧態依然』としているなどと揶揄されています。弁護士というのは基本的に労働集約型のビジネスモデルで、所定の時間単価×案件処理に要した時間で支払われる報酬のあり方もずいぶん長いこと変わっていません。

そして、テクノロジーの発展はこの労働集約型の産業を変革しようとしている。そう考えていたところに、IBMの人工知能『Watson(ワトソン)』を活用したロボット弁護士が登場しました。もうテクノロジーはこの段階まで来たのか。テクノロジーを使えば、サービスの在り方そのものを変えられるんじゃないか。そう考えたのが、前の事務所を離れるきっかけでした」(小笠原さん)

小笠原さんと角田さんは悩んだ末、新たな事務所ZeLoの設立を決意。ほぼ同時に「法×テクノロジー」のサービスを開発するスタートアップ「LegalForce(リーガルフォース)」を立ち上げた。同社が開発中の、企業法務を合理化するクラウド型契約書作成支援ソフトウェアは、間もなく試用(クローズドベータ)版の提供を始めるところだ。

リーガルテック導入後も「法律事務所は人が命」

リーガルフォース

ZeLoの創設とともに立ち上がった「法×テクノロジー」スタートアップ、リーガルフォースが開発を進めるソフトウェア。

LegalForce HP

人工知能などテクノロジーの発展と普及が進むと、弁護士や司法書士、公認会計士などのいわゆる「士業」は今ほどに必要なくなると言われる。定型的な法務処理は人工知能(機械学習)の得意とするところだし、書類や印鑑に裏づけられた契約とその履行は今後ブロックチェーン(スマートコントラクト)で代替される可能性がある。

リーガルテックに飛びつくことは「自分で自分の首を絞める」ことにならないのか。学生時代からテクノロジーに深い関心を寄せていた東輝さんは次のように説明する。

「人工知能だけでできることは、実はそう多くない。機械学習がその最たる例で、過去の蓄積をメタレベルで学んで効率化を図ることはできても、具体的な文脈で最適解を求めることはできません。それに、アメリカと違って日本では裁判例のデータが(誰でも使用できる形では)一部しか公開されていない。例えば、判例検索を効率的に行うサービスを機械学習を用いて開発しようにも、そもそも人工知能に学ばせるデータがないんです」(東輝さん)

小笠原さんもこう補足する。

「実はリーガルフォースの将来像として、当初、判例から一定の結論を導き出す仕組みも考えていました。紙ベースの判例をデータ化して利用できるよう、経済産業省に働きかけたこともあったのですが、関係官庁や議員との調整をするのが難しいとのことで、実現するとしてもまだまだ時間がかかりそうです」(小笠原さん)

リーガルテックによる効率化や自動化が進んでも、人間の弁護士へのニーズは失われないようだ。他の業界と同じで、徹底した効率化の後にこそ、本来やるべきクリエイティブな仕事が残るのかもしれない。これからも「法律事務所は人が命」(小笠原さん)との判断から、ZeLoは志を同じくする優秀な弁護士をさらに増やしていく方針という。

受け身の「顧問弁護士」を脱却、ルール作りにも関与

コインチェック記者会見

事業者が日本市場から海外に流出するきっかけとなったコインチェックの仮想通貨不正流出事件。法規制は重要ながら、「何でも禁止・中止」ではビジネスが広がらない。

Reuters

弁護士業界の変革に向けて、リーガルフォースによるテクノロジーの導入が進む一方で、ZeLoはどんな法律事務所を目指すのか。柱の一つは「経営へのコミット」だ。

「挑戦する企業にどれだけ寄り添えるか。日本ではまだあまり見かけない『最高法務責任者(CLO)』のような立場で経営幹部と直接対話しながら、企業の課題解決に取り組むケースを増やしたい。従来の受身的な『顧問弁護士』を脱却し、法律の知識を活かして企業の意思決定にまで関与していく必要がある。自分も東輝もそれぞれ、顧客である上場企業に週1回出社し、社内のビジネスチャットに日頃から参加するなど、密な関係を築いています」(小笠原さん)

そして、もう一つの柱が「ルールメイキング」。

コインチェックの仮想通貨不正流出事件後、金融庁は登録審査中の「みなし業者」に立ち入り検査を行い、交換業者の登録を拒否するケースも出た。

また、交換業者の審査が進まず、ブロックチェーンを用いた新規ビジネスや、真剣に取り組んでいるICO(イニシャル・コイン・オファリング、仮想通貨による資金調達)がストップし、日本を脱出した企業もある。小笠原さんらはこうした流れを問題視し、ルール(法規制)作りに弁護士が関与していく必要性を訴える。

「ひとたびコトが起きると、中止というのはきわめて日本的。でも、それでは挑戦しようという事業者が恐れて参入できなくなる。韓国や中国ではブロックチェーン関連のビジネスが拡大していて、そういう外の市場に人材や技術が逃げてしまっている。規制が必要であることは十分に理解していますが、新しい産業を育成するには、法律にもチャレンジする枠を残しておかないといけない

東輝さんもこう指摘する。

「仮想通貨・ブロックチェーンに関して言えば、日本の議会にはビッグピクチャーを描ける人がいない。ステークホルダーとして常に話題になるのは規制する行政(金融庁)と事業者ばかりで、ルールメーカーである政治家(議員)は何をしているのか。どういう市場を作りたいのか、理念や構想がないから事件が起こるとすぐブレる。同時に、そうした理念の実現に向けて働きかけを行う『ロビイング・ロイヤー』がいないことも問題です」

民間組織や政府、メディアなど関係者との戦略的なコミュニケーションを図る、いわゆる「パブリック・リレーションズ」(特にガバメント・リレーションズ)ができる弁護士は日本にほとんどいない。ZeLoはルールメイキングに貢献するロビイング・ロイヤーの育成にも力を入れていく考えだ。

「大手法律事務所」志向の若者たち

就職活動を終えた学生たち

少子高齢化の進む日本は、空前の「売り手市場」。選べる時代だからこそ「なぜその道を選ぶのか」が重要になる。

Reuters

これだけの変革を実現していくためには、熱意を持つ優秀な弁護士の存在が不可欠だが、人材の確保は容易ではない。小笠原さんは若手弁護士たちの「選択」について、次のように見ている。

「従来優秀な人材が大手事務所に就職し活躍してきたこともあって、『とりあえず四大(法律事務所)』という人は少なくない。大手に行くことに何も問題はないが、行くならぜひ積極的に、明確なビジョンや目的意識を持ってほしい。弁護士としてどう世界を変えていくのかという視点を持てば、きっと選んだ道を正解にできる。問題なのは、後づけの答えで自分の選んだ道を正当化してしまうこと」

そんな現状の中で、ZeLoはどのように人材を確保していくのか。テクノロジーを大きな武器にできるこの時代、弁護士の可能性は無限大であり、そのことに気づく人材は必ず出てくると強調する。

「日本ではこれまで弁護士の数が限定され、役割がその分限定されたため、弁護士自身も自らに制限をかけて考えてきたように思います。司法試験の勉強や司法修習も含めて、課題を発見して解決策を見つける力を苦労して養ってきたのに、結果的に『あとは御社のビジネスジャッジメントでお願いします』ではあまりに切ない。自らの見識を最大限活用して、法律解釈にとどまらず、法が予定していない領域へと挑み、さらにはルールメイキングにつなげていく。そんな心意気を持った人はまだまだいるはず。出会いを求めてこれからも動き回るしかないですね」

(文・川村力)

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