身内びいきで始まったトランプの「戦争」

クシュナー氏、イヴァンカ氏、バノン氏の写真

政権内で対立していたと言われていたクシュナー氏(奥から2人目)とバノン氏(手前から2人目)。

Mario Tama/Getty Images

まるで、映画のような展開だった。

4月6日、トランプ米大統領とヨルダンのアブドラ国王との会見直前に、シリアで子どもを含む市民に対する化学兵器の攻撃が発覚。トランプ氏は会見で、極めて珍しいエモーショナルな声のトーンで語った。

「無実な、無垢な子ども……無実な、愛らしい赤ん坊まで……攻撃された。シリアとアサド政権への考え方が変わった。いくつもの一線を超えてしまった」。幼い子どもたちの動かない肢体が写った写真が、トランプ氏をしんみりとさせた。それから24時間も経たずに、 化学兵器の備蓄があるとされるシリア空軍基地を米軍が、ミサイル攻撃し、全世界にショックを与えた。

「やっと、トランプがガッツを見せた」。と話すのは、ニューヨークに住むアパート経営者のトランプ支持者、ホゼ。「でもミサイル攻撃で、民間人が巻き込まれる可能性もあった」と指摘すると、きっとなってこう反論した。

「いや、トランプはオバマ(前大統領)が放置していた、当然破壊すべき化学兵器を取り除いただけだ。オバマがシリア問題で何も手を下さなかったから、子どもたちが犠牲になった。子どもたちが死んでいくのは、見過ごせない。トランプは心ある人間として、当然のことをしたまでだ」

サウスカロライナ州元知事で、新たに国連大使に就任したニッキー・ヘイリー氏も、テレビ番組でこう強調した 。

「(ミサイル攻撃は)世界中で、成功したとみられている。アサド大統領を用心深くさせるには、十分だっただろう。化学兵器を使おうとする、あるいは無実な人々を攻撃しようとする人物がいれば、今後は二の足を踏むだろう。そうなるべきです」。強硬派が勢いを得たことをうかがわせる場面で、世界の独裁国家を監視する「警察国家」に、アメリカが返り咲いたような発言だ。

一貫性のないトランプ・ドクトリン

このミサイル攻撃で一部の米メディアは、トランプ氏の外交政策を「トランプ・ドクトリン」と呼び始めた。しかし、中身は極めて不透明だ。

「ドクトリンにとらわれるな、というのが、トランプ・ドクトリンのようだ」(ニューヨーク・タイムズ)

「トランプ氏は、単に柔軟性があるんだと説明するのだろう」(AP通信)

子どもや赤ん坊に同情を寄せたものの、確かに一貫性はない。 トランプ氏は、主にシリアなど中東からの難民が、「テロリストとしてアメリカを攻撃する」として、イスラム圏諸国からの旅行者・難民の入国を禁止する大統領令に二度も署名している。化学兵器による市民攻撃には今回制裁を加えたが、難民は救済しないという矛盾がある。トランプ支持者も、「難民はアメリカにテロと伝染病を撒き散らす」というオルタナティブ右翼系サイトのフェイク・ニュースを信じているものの、シリア攻撃は歓迎し、論理性にも欠ける。

アサドが暴れれば、トランプが制裁する ーー 。いきなり映画のようなシナリオがどうやって、実現したのか。それは、就任から約80日経っても、ホワイトハウスの中の混乱状態を収めきれない新人政治家トランプ氏を取り巻くドタバタぶりを反映している。

バノン氏との闘い制したクシュナー・イヴァンカ

一枚の写真が、「トランプランド」を物語っていると話題を呼んでいる。トランプ氏が、シリアの攻撃の成果についてペンス副大統領からビデオ電話で報告を受けている様子を、スパイサー大統領報道官がツイートしたものだ。

国家安全保障の重要な局面であるにもかかわらず、場所はホワイトハウスのシチュエーション・ルームではない。フロリダ州にあるトランプ氏の別荘だ。軍事機密などがきちんと保護されているのかという懸念の声が上がっている。中心にいる大統領の近く、つまり、写真の手前に、長女イヴァンカ・トランプ氏の夫である大統領上級顧問ジャレッド・クシュナー氏が座っている。一方で、スティーブン・バノン上席戦略官が、テーブル席から漏れて、出口に近い壁際に居心地悪そうに座っている。

強烈なナショナリストとして、コアなトランプ支持者を引きつけてきた戦略家であり、選挙対策本部最高責任者だったバノン氏は、「ブライトバート・ニュース」というオルタナティブ右翼系サイトの会長だった。そのバノン氏が、ホワイトハウス入りし、しかも国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーに就任したため、批判が高まっていた。NSCは、アメリカ国民と世界の市民の生死を左右する国家安全保障の政策について、大統領に助言する。政治色が加わることを退けるため、ホワイトハウスのスタッフはNSCに加わるべきではないとされてきた。

トランプ氏は4月5日、NSCを再編し、バノン氏を突然、外した。バノン氏はその決定に反対し、現職を辞任するとまで表明したようだ。さらに、ニューヨーク・マガジンによると、バノン氏はシリア爆撃に反対だったが、ジャレッド氏が「大統領は爆撃を実施するべきだ」と主張。保守系タブロイド紙ニューヨーク・ポストは、イヴァンカ氏もミサイル攻撃を説得した可能性を報じた。バノンVSジャレッド・イヴァンカ夫婦の構図が、急速にホワイトハウスの中で目立ち、より現実的で結果が早く出るアイデアを持つイヴァンカ氏とクシュナー氏が、極端な思想から入るバノン氏に勝利した。イヴァンカ氏の片腕が、安全保障チームの副顧問入りし、前述の写真でもバノン氏よりも手前に座っている。一部では、バノン氏の影が薄くなることが、ホワイトハウスの中の権力争いが沈静化していくとみられている。

トランプ氏は週明けの10日、両者に対し、「落としどころ」を求める指示を出した。話し合いの着地点が見出されなければ、バノン氏がホワイトハウスを去る可能性もあるだろう。

一方、シリア攻撃については、ワシントンでは議会、ニューヨークでは国連本部に、ホワイトハウスから通知がなかったことが槍玉に上がっている。あまりに決定まで短期間の電撃的な攻撃。就任から100日以内で「トランプの『戦争』が始まった」と世界の人々が懸念し、ニューヨークでは攻撃の翌日に複数の反対デモが開かれた。

かつては「シリアを攻撃するな」とツイートしていたトランプ氏だが、化学兵器による惨禍には直感的に反応し、しかも、身内のホワイトハウススタッフの意見を聞いた。これが、ひょっとして、万が一、就任以来最低の支持率を上げようというトランプ氏の目論見なら、あるいは、トランプ氏がテレビ番組のような「トランプランド」のホスト役気取りであるなら、いや、「アメリカ・ファースト」ではなく「トランプ・ファースト」であるなら、世界は大きな問題に直面している。


津山恵子:ジャーナリスト。元共同通信社記者。ニューヨーク在住。2007年に独立し、主にアエラに米社会、政治、ビジネスについて執筆。

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