大阪北部地震当日のJR新大阪駅。外国人観光客の方々が大阪宿泊をキャンセルし、東京方面に回避したこともあり、窓口には大行列ができた。
2018年6月18日、朝の通勤ラッシュの時間帯に近畿地方を襲った最大震度6弱の地震。
当日の夕刻、遅れに遅れた東海道新幹線で東京から大阪入りした記者は、出勤中に大変な目に遭ったという尼崎市の30代男性から、あまりに生々しい証言を得た。
男性はその日の朝、最寄りの園田駅(阪急電鉄神戸線)からいつものように満員電車に乗り、大阪市との境目に架かる神崎川の鉄橋の上で激しい揺れに見舞われた。揺れもひどかったが、それより乗客たちの携帯電話からけたたましく鳴り響く緊急地震速報の音が凄すぎて、その後(感覚的に)10秒ほどで停車するまで、記憶に残っているのは音ばかりだという。
「神崎川駅が見えるほどの距離なのに、川の真上だからか、助けが来るまで3時間かかりました。トイレは尼崎側の最後尾の車両にあります、という車内アナウンスがあったのですが、あまりに人が多くて全然動けない。我慢できなくなった人たちが車両の連結部で申し訳なさそうに用を足していました。こんなことが現実に起きるなんて、今でも信じられません」
東日本大震災の時と同じ光景が大阪でも
JR新大阪駅のタクシー乗り場。午後7時過ぎの時点で、この写真に写っている数の4倍ほどの行列ができていた。
状況はそれぞれ違っても、早朝から生きた心地のしない時間を過ごした人たちは他にもたくさんいたはずだ。にもかかわらず、その多くは自宅に引き返すことなく職場に向かった。
その日の夕方、市内の主要な鉄道駅は、運転再開の見込みが立たない電車を改札前で待つ人たち、待てども待てどもやって来ないタクシー乗り場に行列を作る人たちであふれ返った。市内の基幹道路の歩道は、しびれを切らして歩いて家路につく人たちの群れで埋め尽くされた。
忘れもしない7年前の大地震が起きた日の夕方、東京で目にしたのと全く同じ光景がそこにあった。
なぜまたも同じことが繰り返されたのか。帰宅ラッシュ直前の午後2時46分に発生した東日本大震災の時はともかく、今回は早朝の地震だ。なぜ運転再開にこれほどの時間を要したのか。近畿圏で運行する主な鉄道会社に理由を聞いた。
駅同士の間隔が狭い路線は安全確保が早かった
全線運転再開後の阪神電車梅田駅と阪神梅田本店。2018年6月1日に建て替え第1期棟がオープンしたばかり。
真っ先に動き出したのは、東海道新幹線。地震発生とともに緊急停止したが、午後0時50分には全線で運転を再開した。これには明確な理由があるという。
「東京ー新大阪間の新幹線は、JR東海が運行しているからです。同社は大阪圏に在来線を持たないので、大きな混乱に巻き込まれることなく、新幹線の安全確認と運転再開に集中することができたはず」(鉄道専門紙のベテラン記者)
続いて運転を再開したのは京阪電鉄と阪神電鉄。両社とも地震による緊急停止後、乗客を降ろして最寄り駅に誘導しつつ、線路や架線を目視で点検して安全を確認。京阪は午後2時10分に、阪神は午後3時に、それぞれ全線の運転再開にこぎ着けた。
午後の早い段階で運転再開できた理由は、いずれも似通ったものだった。
「駅同士の間隔がJRに比べると狭いので、前方の確認を行ってから徐行運転をすれば最寄り駅に着く。緊急停止してから乗客を降ろすまでの時間が短くて済みました」(両社の広報)
京阪は営業距離が91.1キロで89駅、阪神は48.9キロで51駅。京阪については、地震発生からわずか1時間半後の午前9時30分までに最寄駅まで車両を運行し、乗客を降車させている。
道路の渋滞が復旧車両の通行を阻む
JR西日本の大阪駅と南北のターミナルビルから成る「大阪ステーションシティ」。外国人観光客が多いエリアで、北部地震当日も大混雑が続いた。
その点で、同じ私鉄ながら苦戦したのが阪急電鉄だ。同社の営業距離は143.6キロ、駅数は90駅。ほぼ同じ駅数の京阪より50キロ長く、その分だけ駅同士の間隔が広い。とりわけ、今回の震源地に近い京都線(の一部区間)で乗客降車と安全確認に時間がかかり、全線で運転再開できたのは午後10時45分だった。
「駅間の距離が長いので、やむを得ず線路上で乗客を降ろして最寄り駅まで誘導したケースも多かった。中には体調不良を訴えて緊急搬送された方もおられ、そちらに時間も人員も割かねばなりませんでした」(阪急電鉄の広報)
営業距離が長く、駅間も広いJR西日本の路線は推して知るべし。阪急と同様、誘導や乗客救護などに時間がかかり、全ての乗客を降車させ終えるだけで午後3時45分までかかった。京阪と阪神が全線で運転を再開したさらにその後である。
「路線が広い範囲にわたり、目視による点検や安全確認にもかなりの時間が必要でした。しかも、復旧工事が必要な箇所については機材を積んだ車で移動する必要があったのですが、帰宅ラッシュ時など各地で渋滞に巻き込まれ、思うように進められない難しさもありました」(JR西日本の広報)
結局、JR西日本が嵯峨野線、奈良線などを含めた全線の運転再開にたどり着いたのは、翌19日午前5時のことだった。
民営化直後の大阪メトロが苦しんだ「地上区間」
大阪メトロ御堂筋線・西中島南方駅から中津駅方面を見る。線路の中央に伸びるのが給電用の「サードレール(第三軌条)」。今回の地震で脱落し、復旧工事に時間と労力を奪われた。
他の鉄道会社の説明を踏まえると不可思議なのは、2018年4月に民営化したばかりの大阪メトロの全線運転再開が、午後9時40分までかかったことだ。営業距離137.8キロで133駅、駅間の広さは京阪や阪神並み。路線のほとんどが地下にあるので、もともと地震の影響を受けにくい。にもかかわらず、なぜなのか。
「乗客を降ろし終えたのは午前10時10分と早かったのですが、中津駅より北側の地上区間が泣きどころでした。地上では高い箇所ほど揺れの影響が大きくなるため、線路脇に配置されている給電用の『サードレール(第三軌条)』が、この区間の一部で脱落してしまったのです。他の区間は先に運転を再開したものの、この部分の復旧作業に最後まで時間を取られました」(大阪メトロの広報)
首都直下型でも、鉄道会社の対応は大差ない
東日本大震災では、首都圏で約515万人の帰宅困難者が発生した。首都直下型地震が起きた場合は、首都圏で避難所生活者が460万人、帰宅困難者が650万人に膨れ上がるとの試算もある。
大阪北部地震に際して各鉄道会社が取った対応には、早急に解決すべき課題が見え隠れするものの、乗客の安全確保や対応要員の物理的限界を考えた時、帰宅困難者を劇的に減らすような改善の余地があるとまでは言えないだろう。
今回、首都圏の鉄道会社にも直下型地震発生時の対応計画を聞いてみたが、そのほとんどが近畿圏と同じように、乗客の降車と安全確保を優先して進め、目視により点検を行った上で運転再開を決めるというものだった。近畿圏より人口が多い首都圏では、大阪北部地震と同じ震度6弱であっても、さらに多くの帰宅困難者が出ることは想像に難くない。
帰宅困難者を少しでも減らす方法はないのか
JR西日本の京都線。6月19日早朝5時に全線運転再開を果たしたばかりだったが、1時間もしないうちに高槻ー茨木間の線路異常が見つかり、再度運転見合わせ。ホームは再び大混雑した。
少しでも鉄道の運転再開を早め、帰宅困難者を減らすことはできないのか。JR東日本に17年間勤務した経験を持つ、鉄道と交通計画の専門家・阿部等氏はこう指摘する。
「安全点検を行う現場と運転再開を判断する司令塔の情報共有体制のアップデートがまず不可欠。路線によってはICTが導入されず、効率が悪いシステムになっている可能性がある。さらにもう一つ、安全点検の方法を見直すことも大事だ。徒歩や軌道自転車で移動しながら点検するのが一般的だが、橋梁や高盛土のない区間などでは、停止した列車を徐行運転することで安全点検と乗客の輸送を兼ねることができる」
さらに言えば、鉄道会社の努力に委ねるだけでなく、災害大国に生きる国民として、帰宅困難者をできるだけ出さないような働き方、帰宅困難時でもできるだけ安全に安心して一時避難できるような工夫が求められているのではないか。
(取材/川村力・木許はるみ、文・撮影/川村力)