中国・広東省と香港、マカオの出入境手続きには、7月からテンセントのシステムが導入予定。顔認証やQRコードを使い、本人確認を行う。
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AI、ビッグデータ、無人店舗、シェアエコ……、最新テクノロジーの実用化と大規模展開で世界の先頭集団を走るようになった中国系テック企業。世界最大の市場や中国政府の保護も追い風に短期間で急成長し、この2~3年はこぞって日本に進出している。人口減少時代に入り、高度成長も期待しづらい日本市場を中国企業はどう見ているのか。EC、ソーシャル、教育業界を代表するテック3社に聞いた。
日本で勝たないと世界で勝てない
京東が実施した618セールの売り上げを示すスクリーン。
京東提供
「日本で勝たないと、世界では勝てないですよ。グローバル企業を目指すなら、日本は絶対に無視できません」
中国EC大手京東集団(JD.com)の広報ディレクター張雲澤氏は力を込めた。同社は2017年夏に日本法人を設立。同年はフランスや香港にも現地法人を開設しグローバル化を一気に進めようとしている。
京東は今、業界の巨人であるアリババを猛追している。アリババが11月11日に行う独身の日セールは世界的に有名になったが、京東も設立記念日の6月18日に「618セール」を実施。2018年は1日から18日までの累計で、1592億元(約2兆7000億円)を売り上げた。
同社の最大の特徴は倉庫や配送センターなど、自社で物流網を構築していることだ。無人配達車、ドローン、倉庫の自動化などAIやビッグデータを活用した物流改革にも熱心で、618セールでは注文の9割以上を翌日までに配達し、カスタマーサービスにもAIで対応した。最近はECのノウハウを応用したリアル店舗運営にも乗り出している。
ECサイトのセール時期の京東の配送センター。全国の大部分で翌日配達を実現している。
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京東はアリババと多くの事業領域が重なり、ライバルと目されているが、「(アリババと違い)中国を出ると全然知名度がない。中国の市場は大きいが、グローバル企業に脱皮するために、2017年には国際広報のポジションも新設した」(張氏)
実は張氏も長年日本メーカーでマーケティングに従事し、2017年京東に転職したグローバル人材だ。
日本のミッションは大きく2つ。1つは、越境ECの商品発掘。張氏は「中国は消費力の拡大に品質や生産能力が追い付いていない。特に日本の農産品や食品はおいしくて、人気が高い。中小企業の高品質の商品も京東のECサイトで紹介していきたい」という。
2つ目は技術の提携。
「中国は常に未来を見ているので、AI分野では相当進んでいる。一方、日本には長年蓄積された素晴らしい技術がある。両者の強みを生かし、倉庫や小売り分野でイノベーションを起こしたい」と張氏は話した。
日本は中国人の第2の旅行先
中国を代表するIT企業3社は「BAT」と呼ばれる。Bはバイドゥ(百度)、Aはアリババ。日本での知名度で2社に後れを取っていたT=テンセント(騰訊)だが、最近になって小売業界などをターゲットに、PR活動を活発化させている。
ホー氏は、WeChatのツールについて、「日本にないものを説明するのは難しい」と語った。
撮影:松本幸太朗
テンセントで国際ビジネスを担当するIBGシニアディレクターのベニー・ホー(何国斌)氏は日本について、「テンセントにとって、最も重要な海外市場だ」と強調した。
テンセントが運営するメッセージアプリ「WeChat(微信)」は10億人のアクティブユーザーを抱え、モバイル決済や配車サービスなど、日常生活のプラットフォームとして、中国人にとって欠かせないインフラだ。中国ではモバイル決済が広く普及し、小さな飲食店や露店まで、キャッシュレスで買い物ができる。
中国観光研究院によると、2017年に海外旅行をした中国人はのべ1億3051万人で10年前の約3倍に増えた。
中国人が旅行先でも自国同様の決済システムを望むようになり、ホー氏は「中国人が行くところ全てに、サービスを張り巡らせなければならない。日本はその中でも、一番重要な地域」と位置付ける。
中国人の旅行先は、タイに次いで日本が2番目に多い。2017年の中国人訪日旅行者は過去最高の約736万人で初めて700万人台を突破した。また、中国人の訪日旅行での消費額は1兆6946億円で。一人当たりの消費額でも、世界トップの約23万円に上る。
イオンやローソン、マツモトキヨシなど、日本企業も中国のモバイル決済を導入するようになり、店舗はWeChatを通じて商品情報やクーポンを配信し、来店を促す。
インバウンドの拡大を商機と見ているのは、日本企業だけではない。
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「訪日外国人旅行者の26%、そして消費額の4割近くを中国人が占めている。日本の小売り施設は、テンセントの決済ツールを導入することで、さらに中国人の消費を取り込めるし、実際に日本企業からは誘客に効果が出ているとの声を聞いている」(ホー氏)
ただ、テンセントは「中国人に特化したサービス」であるため、日本に広げるためにはツールの魅力を知ってもらうことから始めなければならない。
ホー氏は「テンセントは一言で言えば、“つなげる”企業。中国人の主要旅行先である日本で、中国人に母国と同じように買い物ができる環境を提供すると同時に、日本企業にテンセントのビッグデータを利用し、中国人の購買傾向を分析できる環境を整えたい」と語った。
2020年に向け英語学習者は増える
レッスンのインフラを自社で開発しているVIPABC。楊博士は「講師と受講生の発言比率なども記録し、蓄積している」と話す。
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テンセントと同じように、オンライン英会話レッスンの VIPABCも、日本のインバウンドの拡大を商機と捉えている。
VIPABCの親会社であるiTutorGroupは、台湾出身のCEO、楊正大氏が創業し、上海に本社を置くユニコーン企業だ。2016年に日本でサービスを開始したVIPABCは、日本のオンライン英会話市場では“後発”と言えるが、楊氏は「当社の最大の強みは、レッスンのパーソナライズ化。受講生のレッスンデータを蓄積し、AIを用いて、最適な講師、教材、レッスンをマッチングできる」と語り、格安オンライン英会話サービスと違う土俵で戦うことを強調した。
VIPABCの特徴は、資格を持ったプロ講師とAIを活用したマッチングの組み合わせだという。
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楊氏はアメリカで化学分野の博士号を取得した後、台湾に帰国し、1998年に英会話教室を始めた。「一人ひとりのニーズやレベルに合ったレッスンを提供したい」と、当初からITの活用に取り組んでいたが、2000年前後はネット人口が少なく、通信環境も悪かったため、教室スタイルの事業を中心に展開。2003年に感染症のSARS(サーズ)が中国南部で大流行し、人々が外出を控えたことで、オンラインレッスンの受講者が急増。教育とITを掛け合わせた「EdTech」の先駆者として飛躍した(実は京東も創業当初は電気製品販売店だったが、SARSをきっかけにEC企業に転換した)。
VIPABCはグローバル展開しているが、最大の市場は14億人の人口を抱える中国で、受講生の8割が同国に集中している。国土だけでなく教育格差も大きい中国では、オンライン教育市場がこの数年で急拡大し、複数の企業が上場した。
英語学習熱が高まっているとはいえ、中国に比べると市場がかなり小さく、かつ競争も激しい日本の英語教育市場に投資するメリットがどこまであるのか。楊氏は、「日本の英語教育市場に占めるオンラインの割合は2%前後と小さく、拡大の余地が大きい」と語る。
日本事業の追い風として特に期待しているのは、訪日外国人の増加だ。
VIPABCの日本人受講者数を都道府県別にみると、東京に次いで2番目に多いのが北海道だという。「外国人旅行者が増えていることに加え、英会話教室が不足している地域も多いからでは」と同社。
楊氏は、「2020年の東京オリンピックを控え、全国各地で英語を必要とする人々が増えるだろう。学習方法としても、オンラインレッスンがメインストリームとなっていくはずだ」と語った。
(文・浦上早苗)