米空軍が運用する軌道周回機「X-37B」。ミッションの詳細は公表されていないが、人工衛星に使用されるエンジンの試験などを行っているという。
U.S. Air Force
2018年6月18日、各紙が米ドナルド・トランプ大統領は宇宙政策大統領令3に署名し、「宇宙軍」の創設を指示したと報じた。
宇宙軍(Space Force)という言葉はまるで宇宙兵器を開発したり、宇宙で戦う専任の軍隊を創設したりするかのように感じられる。ただ、実際のSpace Forceという存在は、そうした役割を持つものではない。
そもそも宇宙軍とは何なのか。ではなぜ宇宙戦争ができないのだろうか。
そもそも「宇宙軍」とは何なのか
現在のアメリカでは、GPS衛星や軍事通信衛星、ミサイル防衛に関わる早期警戒衛星、偵察衛星や気象衛星の計画、運用など宇宙に関することは空軍が担当している。こうした衛星を打ち上げるためのEELVと呼ばれるロケット開発計画も管理しており、イーロン・マスクCEO率いるSpace X社は空軍から、大型ロケットFalcon Heavyによる念願の軍事衛星打ち上げ契約を取り付けたばかりだ。
米空軍のロケット計画EElVの中でも最大級のDelta IV Heavyロケットによる、国家偵察局の衛星計画NROL-65打ち上げ。
Photo by Pat Corkery, United Launch Alliance
宇宙軍は、宇宙に関する役割を空軍から切り離して独立の組織にするというもので、トランプ大統領は「Separate but equal(分離するけれども同等)」と説明した。さらに、国防総省に対し第6の軍隊を創設するよう指示したという。
この案は大統領自身のアイデアというわけではない。
2017年6月、下院軍事委員会でSpace Corps(宇宙軍団)創設に関する国防権限法(NDAA)の改正案が提出された。改正案では宇宙軍団は空軍の中にとどまるが、専任の長官の下で活動し、宇宙に関する任務を担当するとされた。
だが、ジェームズ・マティス国防長官とヘザー・ウィルソン空軍長官という2人の当事者から反対にあい、法案は上院で否決された。反対の理由は、軍の組織があまりにも肥大化し、複雑になってしまう上にコストがかかりすぎるというものだ。
宇宙軍新設の提案はトランプ政権に始まったことではなく、2001年1月に当時のドナルド・ラムズフェルド国防長官も同様の提案をしている。このときの資料となったレポートでは、1998年に大規模なポケベルの通信障害を引き起こした「通信衛星の機能停止」などのケースを検証し、同様の事態が発生してアメリカに損害を与えないよう、宇宙関係の業務に当たる高度な組織を創設する必要があると説いた。
その後、同時多発テロ事件の発生により、軍の組織改編は緊急の課題ではなくなった。
長らく放っておかれた宇宙軍構想だが、その間に「宇宙の交通管理(STM)」という課題が浮上してきた。
STMとは、「物理的、電波的障害を受けることなく、安全に宇宙空間へアクセスし、運用し、及び地上へ帰還するための技術的及び規制的取決め」というものだ。役割を終えた人工衛星やロケットの残骸が軌道上で他の衛星に衝突して損害を与えるスペースデブリの問題から、太陽活動が活発化して衛星の機能を損傷する「宇宙天気」の問題、無線周波数の調整、人工衛星に対する破壊活動(ASAT)対策などが含まれる。
宇宙軍は戦闘を行わない?
宇宙のミサイル防衛システム、早期警戒衛星SBIRS。
Photo from Lockheed Martin Space Systems
そもそも宇宙政策大統領令3に含まれる内容は、このSTMと、そのための宇宙状況認識(SSA)の定義や目標を定めたもの。軍民問わず宇宙を安全に利用するために必要な事柄であり、宇宙軍という勇ましい言葉を絡めずとも成立する内容だ。
ただ、ASATについてはロシアや中国がその技術を高めており、2007年に中国が起こした衛星破壊実験のように、ミサイルで物理的に衛星を破壊するといった手段を取らなくてもよくなっているとされる。衛星そのものを傷つけなくても、偵察衛星のセンサーを無効化する、といった工作で目的は果たせるからだ。
日本国内で数少ない、宇宙法を専門とする浦野修平弁護士によると、
「宇宙状況認識がこれに対してどのように役立つかというと、もしどこかの国がアメリカの衛星の活動を妨害しようとすれば、それをアメリカは把握することができるぞ、と牽制することができます」という。
ただ、軍事的脅威からアメリカの衛星を守るためだとしても、宇宙に兵器を置いて軍事的脅威を攻撃する、といったことは国際法上できない。
「1967年の宇宙条約第4条では、核兵器を含む大量破壊兵器を運ぶ物体を地球を回る軌道にのせないこと、および宇宙空間に配置しないことを規定しています。南極条約によって南極に軍事基地を置いてはいけないのと同様に、月を含む天体に軍事基地を作ることもできません」
ただし、「核弾頭を搭載した長距離弾道ミサイルは高度1000キロメートル以上の宇宙空間を通過しますが、地球を周回する軌道に乗るわけではないため、宇宙条約違反とはならないという解釈がなされています」(浦野弁護士)という。
これまで米空軍が宇宙で行ってきた活動は、安全保障が関係するとはいっても、どちらかといえば人工衛星やロケットの管理運用を目的としたもので、宇宙に大量破壊兵器を置くことはできない。こうしたことから、今後「宇宙軍」が創設されることになるとしても、宇宙で戦闘を行うような性質の軍種ではないといえそうだ。
歴史的には、米海軍から航空部隊が分離して空軍となった際には10年の時間がかかったという指摘もある。今回のトランプ大統領の発言が受け入れられたとしても、任期中に宇宙軍発足はみられない可能性は高い。
秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。