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2018年6月8日~9日、カナダで開かれたG7シャルルボワ・サミットの最大の関心事は貿易問題だったが、環境問題では2つの驚くべき出来事があり、各方面に波紋を投げかけている。
1つめは、これまでは比較的マイナーな課題であったはずの海洋プラスチック廃棄物に関する海洋プラスチック憲章が、首脳会合で採択されたことだ。海洋プラスチック汚染問題とは、海洋中に人工物であるプラスチックが分解されないまま、小さくなりながら残留・浮遊し続ける問題である。特に、直径5ミリメートル以下の小さなプラスチックのごみであるマイクロプラスチックは、海洋生物の中に取り込まれているという調査結果があり、生物・生態系への深刻な影響が懸念されている。
環境大臣会合や、国連の会議ではない。経済協力や安全保障問題が主要課題となるはずのG7の首脳会合の成果として取り上げられたことは、関係者にポジティブな驚きをもって受け止められた。
2つめは、日本がアメリカとともに、海洋プラスチック憲章への署名を拒んだことである。
日本政府の説明は、
「同憲章が目指す方向性を共有しつつも、生活用品を含め、あらゆるプラスチックを対象とした使用削減の実現にあたっては、市民生活や産業への影響を慎重に調査・検討する必要があることから、今回の参加を見送ることとした(中川雅治環境大臣、2018年6月12日大臣会見より)」
ということだ。また、
「数値目標が義務的なもので年限が示されているということで、我が国としては、産業界ともある程度調整した上で、そして政府部内で関係各省と調整をして、こうした合意に臨むというのが一般的でございますが、今回はそうした調整を行う時間が足りなかった(同上)」
とも説明している。国内の産業界、関係省庁との調整時間が短かったという説明、数値目標の合意の難しさはよく理解できる。
しかし、これまでの日本の立場を考えると、今回の出来事は想定外という一言では言い表せない驚きであった。
パリ協定後の次テーマが循環経済
パリ協定は脱炭素型の経済・社会システムの方向性を定めた。
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まず、なぜ海洋プラスチック問題がこれほどまでに国際的な関心を集め、首脳レベルでの憲章の採択にまで至ったのか。
筆者は2005年のG8での3R(Reduce、Reuse、Recycleの3つの言葉の頭文字=削減、再使用、再生利用)イニシアティブの発足以降、3R・循環経済に関する国際動向の形成に政策決定者とともに関与してきた。その立場から考察してみたい。
まず考えられるのは、2015年のパリ協定の影響である。
パリ協定後、気候変動に関する交渉は大きな山場を越え、CO2排出削減の議論から、脱炭素型の経済・社会システムの構築へ、ある程度方向性が定まってきた。
こうした中で、持続可能性・グリーンな経済への移行のための「次」の大テーマを探る動きが出てきている。その最有力候補が、資源効率の向上と循環経済だと考えられているのだ。特に、2015年に欧州が循環経済を重要なテーマとして採用して以降、これをグローバルなテーマとして推進する傾向が強まっている。
しかし、廃棄物のリサイクルという循環経済の考え方は、まだローカルな課題、もしくは産業界の課題として受け止められがちであり、気候変動問題のように、地球規模の課題としては認知されていない。そこで、海洋中のプラスチックゴミ、マイクロプラスチックが、国際的な循環経済の認知や対応を促すわかりやすい課題として、大気中のCO2と同じような位置づけで注目を浴び始めたのだとも考えられよう。
魚介通じて人体に有害物質が蓄積する可能性
浜辺に打ち上げられたプラスチックゴミ。
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従来、海洋中のプラスチックの問題は沿岸・漂着ゴミの散乱、海洋性哺乳類や亀など比較的大型の海洋生物へのダメージの文脈で語られてきたのだが、それが途上国の開発問題や人体への影響などの文脈へと変化してきている。
海洋プラスチックの多くがアジア起源であるという論文が注目を集めたり、イギリスのエレン・マッカーサー財団が、2016年に海洋中の魚の重さよりもプラスチックの重さのほうが大きくなるとのセンセーショナルな報告を世界経済フォーラム(ダボス会議)で行ったりしていることに加え、マイクロプラスチックは海洋生物中に蓄積されているとの研究も増えてきている。そうしたマイクロプラスチックが人体に有害な化学物質を吸着し、魚介類の摂取を通じて人体に蓄積するのではないかという懸念も示されている。
こうした文脈を踏まえ、現在では見える形、見えない形両方を含め、環境中にプラスチックが排出されていることが問題とされており、欧州を中心に、「プラスチック汚染」という言葉も使われ始めている。
- 大型のプラスチックの破片:容器包装や使い捨て用品などが河川などを通じて海洋に到着する、漁業用具が廃棄物として海洋中に残存する。
- マイクロビーズなど:工業用、消費者製品用の研磨剤やスクラブが河川や下水などを通じて、海洋に流れ込む。
- 化学繊維:化学繊維(例:フリースなど)が洗濯などを通じて磨耗し、下水などを通じて海洋に流れ込むなどがある。
他にもタイヤの磨耗などもマイクロプラスチックの発生源とされている。
ではどのような対策が可能なのだろうか。
このうち、2と3については、原料としての使用禁止など、製品規制などのアプローチが可能である。特に2については規制が進みつつあり、2018年にはイギリスでマイクロビーズ入りの製品の製造を禁止する政策が施行された。アメリカやカナダでも同様の規制が導入されている。1については、従来のプラスチック廃棄物収集・管理、3R政策の徹底と、プラスチックの河川への流れ込みと海洋への流出の管理を組み合わせて実施することが必要となる。
ここで、海洋プラスチックの問題が循環経済の推進と結びつくのだ。
循環経済・資源効率推進役の日本とサミットの影響
先のG7では、貿易問題での各国の対立が注目されたが、環境問題でも足並みが揃わなかった。
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日本がG7サミットにおいて、アメリカと共にプラスチック憲章に署名しなかったと報じられたのは日本時間の6月10日(日曜日)である。その翌日に出席した循環経済に関する会議で筆者は、イタリア政府の代表とOECDの担当官から「G7のあの結果はどうしたことか、日本はどうしてしまったのだ。もう循環経済の旗手ではないのか?」と問われた。
イタリア政府の代表が言うように、日本は循環経済の推進に2000年代の初頭から先導的な役割を果たしてきている。
国内的には、循環型社会形成推進基本法、5年ごとに改定される循環型社会形成推進基本計画、各種リサイクル法などが整備され、国際的にもG8の3Rイニシアティブを主導し、アジア太平洋地域ではアジア太平洋3R推進フォーラムという30カ国以上が参加するリサイクル・資源効率に関する国際フォーラムの先導役を務めてきた。長年にわたり、さまざまな場面で循環経済、資源効率に関する国際アジェンダ、イニシアティブを牽引する立場であったのだ。
こうした立場を反映するように、日本では6月15日にマイクロプラスチックによる海洋汚染、海岸漂着ゴミ対策に対する対策強化を盛り込んだ海岸漂着物処理推進法改正が成立しているほか、6月19日に第4次循環基本計画が策定されており、具体的な数値目標はないものの、プラスチックに関する独立した項目も設けられ、廃プラスチック対策だけではない包括的な対策を採ることが明記されている。そこにはマイクロプラスチック・海洋プラスチック問題が、懸念され対応すべき課題として明記されてもいる。
さらに、海洋ゴミ対策、資源・廃棄物、温暖化対策を含むプラスチック資源循環戦略を2019年に向けて策定することも予定されている。
後ろ向きと国際的にとらえられないために
6月12日の中川環境大臣の会見では、数値目標についても前向きに考えなければならないとも表明しており、日本が議長国を務める2019年のG20へ向けて、この課題を含めて循環経済、資源効率に関するアジェンダを主導するために着々と準備してきていたことが伺える。
ウォール・ストリート・ジャーナルなどによれば、安倍首相がプラスチック憲章の特定の表現(an objection to wording)に疑問を投げかけた際に、トランプ大統領が「それなら良かった。これで、5対2だな」と発言したと伝えられる。
ここで示唆されているのは、日本がすべてに反対しているのではなく、特定の表現に疑問を投げかけている様子である。G7の国際交渉の内幕内部は知るよしもないが、国内的な準備が進む中での今回のG7の結果、日本が従来メインプレイヤーとみなされてきた分野で後ろ向きであると国際的にとらえられたなら残念なことだ。
堀田康彦(ほった・やすひこ):公益財団法人「地球環境戦略研究機関(IGES)」持続可能な消費と生産領域 ディレクター/上席研究員。2004年に英国サセックス大学で博士号(国際関係論)を取得。国連大学ゼロエミッション研究構想プロジェクト助手などを経て、2005年9月にIGESに着任。主な研究関心は、グローバル化の環境政策への影響、拡大生産者責任(EPR)、ゴミの3R、持続可能な消費・ライフスタイルへの移行に関する政策分析。東京工業大学非常勤講師。