アルプスのヤギ飼いからデジタルノマドに転身! 「人生最良の選択」から得た4つの教訓

ナタリア・ルジンスキー

スイスに滞在中のこの記事の筆者、ナタリア・ルジンスキー(Natalia Lusinski)。

Natalia Lusinski

  • 最愛の祖母の死にショックを受けた筆者は、ヤギのお世話係として働こうと、スイス行きの片道チケットを買った。
  • ほどなくして、ほんの思いつきで下した決断が、最良の選択になる得ることが分かった。
  • この片道チケットがきっかけで、筆者はそれから1年半以上にわたって、デジタルノマドとして世界中を旅している。

2017年1月、わたしはヤギの世話をするためにスイスへ移り住んだ。正確に言うと2匹のヤギだ。わたしは数カ月前に最愛の友でもあった祖母を亡くし、都会での生活から離れる必要があった。街のそこここに祖母の面影を感じて辛かったのだ。

そんな時、スイスアルプスでヤギの世話をしてくれる人を募集中だという、ある女性の投稿をフェイスブックで見かけた。山に囲まれた何もない静かな場所でヤギを飼うという話に、わたしはすっかり魅了された。依頼人の女性は「デジタルノマド」を募集していて、ヤギの世話をしながら、空いた時間にリモートワークができるということだった。ヤギの世話をする代わりに、家を無料で貸してくれるという。すでにライターとしてリモートワークを実践していたわたしにとっては、理想的な話だ。

2016年に祖母が息を引き取った時、わたしは自分の心臓も止まってしまったように感じた。その悲しみを癒すのに、ヤギはぴったりなのではないかと考えたわたしは、2017年1月、アイスランド経由スイス行きの片道切符を買った —— この決断が人生を変えるとは思いもせずに。

事前に聞いていた通り、ヤギの世話をする山小屋はスイスアルプスの真ん中にあり、バービー人形のドリームハウスの山小屋バージョンといった趣だ。背景に望む雪をかぶった峰々も、まるで絵のように美しかった。

とはいえ、見た目に裏切られることもある。ヤギの世話をする生活は、事前の触れ込みほどのどかなものではなかった。山小屋には暖房もなく、わたしが暮らす場所は屋根裏だった —— 気分は王子様に出会う前のシンデレラだ。雪かきにも多くの時間を取られた。小屋の周りは雪だらけなのに、ヤギたちは雪が嫌いなのだ。その結果、手根管(手首の正中神経と指を動かす腱が通る、骨と靭帯で囲まれた部位)を痛めてしまい、タイピングもできないほどだった。もう1つの仕事である薪割りも、こんな状態では当然できるわけもない。

加えて、ヤギたちは時おり面倒を見るパートタイムではなく、専属のお世話係を必要としているようだった。わたし自身も、リモートワークのライターの仕事がメインだと考えていた。しかも、2匹いるヤギのうち1匹は、ことあるごとにわたしの太ももを角で突いてくるので、青あざが絶えなかった。

このヤギたちの面倒を見る期間は当初、2、3カ月という約束だった。しかし、始めてから12日でわたしはギブアップした。短い期間ではあったが、わたしは1つ、重要な教訓を得た。デジタルノマド生活を続けるために、ヤギの世話をする必要はないのだ。ヤギの代わりに、わたしはスイスのさまざまな街を訪れてみることにした。その後は1カ月ごとに滞在する国を変えて、数カ国を渡り歩いた。その中でわたしが得た教訓をいくつか紹介しよう。


1. 計画が途中で変わっても、問題ない。

プレジャマ城

スロベニアにあるプレジャマ城(Predjama Castle)にて。

Natalia Lusinski

ヤギの世話は無理だと悟った後、わたしはロサンゼルスに戻ることも考えたが、計画を変えてもかまわないのだと気づいた。リモートで仕事をしていたので、行ったことのない街を旅する自由があった。昼間は城や教会を見て回り、夜はカフェやコワーキングスペースで仕事をすればいい、というわけだ。それからまもなく、デジタルノマドとしての生活をテーマにした「ノマディック・ナタリア(Nomadic Natalia)」という旅ブログを立ち上げた。

2. 人間として成長するには、自分の殻を破ることが大事

シーカヤック

クロアチアのドゥブロヴニクでは、シーカヤックに挑戦。

Natalia Lusinski

デジタルノマドとしての生活が長くなり、さまざまな国を訪れるにつれ、わたしは自分の殻を破るような行動が増え、それが人間としての成長につながった。クロアチアのドゥブロヴニクでは、全く面識のない人たちとともに夕日の中、シーカヤックに出かけることになった。だが、この日は強風で波も荒く、カヤックツアーは全てキャンセルになった —— わたしを除いては。

荒れた海を見て、わたしはガイドの男性に別の日にしたいと伝えた。だが、彼は「ノー」と言った。「あなたなら、このくらいの波はものともしないはずだ。こちらからあちらの岸に渡るだけだ」と。確かに彼の言うとおりだった。波はかなり荒かったが、そんな海を渡りきったことで、最後に目にした夕日がよりいっそう記憶に残るものになった。

3. 新しい経験の一番良いところは、人との出会い

トルテリーニ作り

イタリア、ボローニャでパスタの一種、トルテリーニ作りを体験。

Natalia Lusinski

絶え間なく移動し続ける生活の一番良いところは、さまざまな人と出会えることだ。貴重な(あるいは最悪の)体験ができるのも、人との出会いがあってこそだ。イタリアのヴェネツィアでは運河に面した女子修道院に滞在し(門限がある!)、修道女たちと仲良くなって、静寂の中で生きる術を学んだ。

イタリアのムラーノ島では、ジュエリーデザイナーにガラスを溶かす技法を教わり、彼らの作品に対する思い入れを改めて思い知らされた。デザイナーの助けを得て作った、花をモチーフとしたムラーノガラスのネックレスをお土産として持ち帰ることになった。

同じイタリアのボローニャでは、女性シェフ数人と一緒に急遽トルテリーニ作りを体験することになった。英語を話せる人は誰もいなかったが、料理と友情に言葉はいらないことを学んだ。

4. 旅の収穫は経験であり、モノではない

洗濯

クロアチアのドゥブロヴニクにて、洗濯中の1コマ。

Natalia Lusinski

もちろん、デジタルノマド生活は楽しいことばかりではないし、Wi-Fiのつながりの良いところを探し回ることもしばしばだ。2017年にクロアチアに滞在していた時には、朝起きると100カ所ほどベッドバグ(トコジラミ、南京虫)にかまれていたこともあった。ベッドバグを一掃するには、全てを頻繁に乾燥機にかけなくてはならない。だが、クロアチアでは洗濯物は天日干しするのが一般的で、乾燥機はあまり普及していない。ということで、わたしは持ち物の大部分をあきらめ、どうしても必要なものだけを乾燥機が見つかるまで、封をしたゴミ袋に入れて持ち歩く羽目になった。

とはいえ、これも貴重な経験になった。リモートワークをしながら暮らすためにはノートパソコンさえあれば良く、捨ててしまったモノは必要なかったのだ。

わたしが片道チケットでスイスに向かってから1年半が経つ。それ以来、何度も飛行機に乗ってきたが、それは常に新しい目的地へと向かうフライトだった。確かにヤギとは長続きしなかったが、自分との絆は強くなった。ヤギはいわば、わたしが行きたい場所へと連れて行ってくれるきっかけだった。加えて、リスクを取ることが人生に不可欠であることにも、何度も気づかされた。そうでなければ、人生は何のためにあるのだろう?

こうして祖母の死は、予想外の形で人生の教訓へと昇華されていったのだった。

[原文:I bought a one-way ticket to Switzerland to take care of goats, and it was the best decision of my life]

(翻訳:長谷睦/ガリレオ、編集:山口佳美)

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