宅配を受け取るために、急いで帰る必要はもはやない。
撮影:今村拓馬
人手不足が深刻な物流業界、それに逆行するように、早朝、夜間に1時間単位で、荷物を配達してくれるサービスがある。しかも、手がけたのは物流企業ではない。ソフトバンクの社内ベンチャーで誕生した「Scatch!」(スキャッチ)だ。
ユーザーはドライバーの位置をマップで見ることができ、配達時間を細かく把握、結果的に待ち時間を減らすことができる。ドライバーにとっても、配送先の在宅率が高まり、ストレス軽減につながる。早朝、夜間に仕事ができるため、副業ドライバーも出てきているという。
受け取り待ち時間に、サクッとコンビニ
早朝や夜間に荷物を受け取れる。働く女性にも多く利用されている。
IT企業に勤める女性、Aさん(41)のある日の使い方はこうだ。
金曜日午後11時から午前0時、クリーニングの宅配を受け取ろうと、家路に付く。「帰り道でコンビニに寄る時間あるかな」。寄り道をしたいが、「ドライバーさんが来ていたら、申し訳ない」と宅配の時間が気になる。
そこでAさんは、スマホを取り出し、宅配ドライバーの位置をマップで確認する。「車の位置から自宅まで、あと20分くらいある」、そう分かると、サクッとコンビニに寄って帰宅する。
そんな宅配体験を可能にするのが、スキャッチだ。Aさんは平日に終電で帰宅することもあるほど、多忙な日々を送っている。以前は、土日の貴重な休みに、宅配の荷物を受け取っていた。「結局、荷物を受け取るまで2時間、3時間と拘束されていた」(Aさん)。彼女は2018年4月ごろからスキャッチを利用するようになり、金曜日にクリーニングや日用品の宅配を受け取るようになった。
AIで配送を最適化
Scatch!の提携先。eコマースやサービス、空港での荷物配送などに対応する。
出典:Scatch!
スキャッチは、ソフトバンクの社内ベンチャーで生まれたサービスで、2015年6月にサービスインした。午前6時から午前10時、午後8時から午前0時まで1時間ごとに配達を指定できる。また、午前10時から午後8時までは、2時間ごとに指定が可能だ。
日用品や家電などの通販「LOHACO」(ロハコ)や宅配クリーニング「Lenet」(リネット)など5つのサービスと提携している。提携先のサイトから、早朝や夜間の配達時間を選ぶと、自動的にスキャッチを利用することになる。料金は提携先の配送料に含まれる。利用エリアは、都内や大阪市内の一部。
Scatchのマイページで、トラックの位置が確認できる。
出典:MagicalMove
ユーザーは短時間の指定をできるだけでなく、ドライバーがユーザーの直前の配達先を出発すると、「今から伺います」というメールを受け取れる。ドライバーの車両位置は、GPSと連動して、マップ上で確認できる。ドライバーは簡単なアプリの操作で、集荷・配送の連絡をできる。
配送を担うのは、都内の複数業者だ。配送の効率化には「AI(人工知能)」を使っているというが、詳細は非公開。訪問先のデータから、誰がどこに配達をするか、最適な組み合わせを計算し、限られた人数で配達が可能になっている。
物流の大きな課題「再配達率」を減らす
国土交通省が大手3社に調査した「再配達」の割合。
出典:国土交通省
スキャッチが解決した物流の課題は、「再配達率」を減らしたことだ。
早朝、深夜に荷物を受け取れるだけでなく、30分単位で配達時間がわかるため、働いている人も、荷物の待ち時間が減り、在宅率が上がる。
荷物の再配達率は、東京23区の都市部で、配達個数全体の2割近くに上る(国土交通省「宅配便再配達実態調査」、調査対象は大手宅配業者3社)。
都内でドライバーをする男性は「通常(の宅配)は、20%弱が不在」という実感を持つ。男性はスキャッチの仕事を担当し、「スキャッチの場合、不在は何日かに1回くらい」と言う。不在率が減ることで、「不在時のショックがなくなる。ストレスがすごく減ります」と男性は話す。早朝や夜間にピンポイントの時間で配達ができるため、玄関先での客の反応も良いという。
副業ドライバーも誕生
男性はドライバー歴4年。周りには、副業でドライバーを始める人もいるという。
スキャッチは、eコマースの拡大で深刻化する物流業界の人手不足も解決しようとしている。
国土交通省によると、宅配便の取扱個数は、2018年度は約40億個、20年前の2.6倍ほどに増えた。一方、ドライバーら「自動車運転の職業」の有効求人倍率(2018年5月)は、2.77倍と全職種の1.33倍と比べて高く、人手不足が顕著だ。
スキャッチでは、早朝や夜間に短時間で仕事ができるため、副業としてドライバーをする人もいるという。客のライフスタイルの変化に合わせ、ドライバーの働き方も多様化している。既存のドライバーにとっても、「日中の仕事プラスオンで収入が増えるメリットもある」と上記の男性は言う。配送先の在宅率を上げ、ドライバーのストレスを減らすことで、離職率の減少も期待できる。
「インフラのイノベーションがないと、ECは限界」
「Scatch!」を立ち上げた武藤さん(中)と運営会社「MagicalMove」のメンバー。
スキャッチは、社内起業制度「ソフトバンクイノベンチャー」で、武藤雄太さん(現・スキャッチ社長)が2013年度に提案した。スキャッチは当初、新規事業を手がける「SBイノベンチャー」内でサービスを始めたが、2017年5月に「MagicalMove」という社名で分社化した。同年度に募集のあった約1400事業のうち、分社化したのは、スキャッチのみだ。
武藤さんは以前は、ソフトバンクの店舗で新サービスを始める際のオペレーション設計という業務を担当していた。社内起業は業務とは直接は無関係だった。個人の立場から「ECサイトがいくら便利でも、インフラのイノベーションが起きないと、ECに限界がある」という課題を感じていた。自身も一人暮らしをし、荷物を平日に受け取れない実体験も重なった。
武藤さんは「ネット時代に新しい(物流の)仕組み作りを」とスキャッチを発案、「スマホを使ってドライバーの負担を減らし、オペレーションのしやすさを追求した」。現在の提携先の配送業者は非公開だが、増加傾向にある。
会員数も伸びており、「働く女性が多い印象」と武藤さん。提携先のサービスの利用者層と相関があり、20〜50代の男女が中心という。
早朝、夜間にピンポイントの時間で集荷・配達が可能なスキャッチは、提携先のeコマースやサービス業者にとっても、顧客獲得につながる。従来は、大手宅配業者が行う時間帯のみ集荷・配送していたが、対応時間帯の幅を広げることで、共働き世代やビジネスパーソンの顧客獲得につながる。
今やスキャッチの提携先は、ネット上のサービスにとどまらない。スキャッチは、2018年6月に、「JALエービーシー」と提携、成田空港と羽田空港の窓口から都内に荷物の発送が可能になった。「提携先は物販のECサイトから始まり、サービスEC(クリーニング)、店舗型にも対応するようになった。物流のプラットフォームが解決できる課題が増えてきている」(武藤さん)。
(文、撮影・木許はるみ)